第25話 二人だけだからこそ言える事

 エルプリヤさんの突然の訪問には驚かされた。

 しかも不備が多かったからと半額返金までしてくれるなんて。


 けど僕は返金に応じても、タダで済まそうだなんて思うほど薄情じゃない。


「それでですね、返金を受け取る代わりにちょっと話を聞いてもらえます?」

「えっ? あ、はい。なんでしょう?」


 だから受け取った封筒をそっと一八〇度回し、エルプリヤさんに向けて机に滑らせる。

 ただし手からは離さないままで。


「確かに旅館側は不備に思ったのかもしれません。ですが僕は何一つ不満が無いって事だけは知っておいて欲しいんです」

「えっ?」


 僕のその意図も、返した言葉もエルプリヤさんはわかっていないようだった。

 謎の万能感のある彼女でも、さすがにそこまでは読み取れないらしい。


 なら僕はそのすべてを理解してもらいたいから語ろうと思う。


「いきなり重い話で申し訳ないんですが……実は両親は子どもの頃、不慮の事故で他界しました」

「まぁ……」

「でも健気な姉と元気な妹、この二人がいただけで僕は救われていたんだと思います。四年前までは、ですが」


 でも決して僕の理屈を押し付けるつもりは無い。

 お金をそっくり返すつもりなんてまったく無いんだ。

 それはそれでエルプリヤさんに失礼だし。


「多分、僕はその四年でかなり擦り切れそうになっていたんだと思います。だから癒しが欲しかった。また昔みたいな想いをしたいって。姉や妹とまた一緒に過ごしたいって」

「懐かしかったんですね」

「そうなんです。だから僕にはきっと、最初に妹みたいなピーニャさんが選ばれたんだって思います。性格こそ違いますけどね、でも一緒にいれてなんだか楽しかった。振り回される所はなんだかそっくりに思えたから」


 僕は旅館えるぷりやを裏切りたくはない。

 だから返金を受け取っても、その片想いまで受け取る訳にはいかなかったんだ。


 たとえ失礼であっても、それが僕にとってはなによりの癒しだったから。


「ロドンゲさんも世話好きな所が姉さんにそっくりだ。容姿はまったく違うけどね」

「姿が違っても、似ているって思えるのは素敵です」

「メーリェさんもお母さんを思い出させてくれた。これにはもう感謝しか無いです」

「そうでしたか……そこまで強く想ってくれていたなんて」

「まぁお父さんは思い出すとなると……ゼーナルフさんしか思いつきませんけど」

「ふふっ、あの方は皆のお父さんですしね」

 

 それで僕はありのままの感想を今ここでぶちまける事にした。

 旅館ではなかなか言えなかった、ここだけの、僕達だけの秘密として。


「そんな思い出を一杯くれたから、僕はもっと頑張れたのだと思う。それは嘘偽りでなく本当の事なんです。だから、僕は――」


 そんな想いがふと、封筒を手放して彼女の右手を取らさせる。

 そして両手でギュッと掴み、想いと共に解き放つのだ。


 今日まで僕の心を解放し続けてくれた感謝のために。


「僕はえるぷりやが好きだ。これからもきっと、ずっと!」


 やっとこう言えた。

 いつもエルプリヤさんには直接言えなかったこの言葉を。

 今日まで言いたくてたまらなかったこの一言を。


 さすがにちょっと大胆過ぎたから、エルプリヤさんは恥ずかしがっちゃってるみたいだけどね。


 それでも今日だけは聞いてもらわないと。返金をしてもらった返礼として。

 じゃないと釣り合わないんだから。一人の旅館えるぷりやファンとして。


「あああの……その……」

「うん?」

「う、嬉しいです……私も、夢路さんの事、とととてもよく想っていますっ!」

「良かった。内心嫌われてたりとかしたらどうしよう~なんて思ってたりもしてたもので。手間のかかる客だからさぁ、ははは……」

「いえいえ! 夢路さんはとても素敵なお客様ですっ! これ以上ないくらいにっ!」

「ありがとうございます! これで遠慮なくまた会いに行けますね! このお金を使って絶対に泊まりに行きますから!」

「ぜぜぜひまたきてくださいっっっ!!!!! おおおばぢしておりまつっ!!!!!」


 なんかエルプリヤさんの顔がやたら赤くなっている気がするけども。

 最後はろれつ回って無いし、リピート宣言がそんなに嬉しかったのかな?


 それで彼女の手を離し、封筒を大事な物入れにひとまず入れておく。

 するとその途端、言い得もしない音が場に響いた。


 まるで車が急ブレーキをかけたような激音だ。

 あたかもすぐ傍で事故があったかのような。


 これはとても嫌な予感がする!


「今の音は一体なんだ!?」

「あ、すいません、私のお腹の音が鳴ってしまいました」

「今の、お腹の音なの!? お腹の中で事故が起きたの!?」

「朝から何も食べていないものでして……あはは」

 

 でも勘違いでした。

 どうやらエルプリヤさんはお腹の構造まで異世界規格だったらしい。


「あーじゃあ、良ければ晩御飯でもご一緒しません? なんならごちそうしますよ? 今返ってきたお金で」

「ふむ……地球の料理をリサーチする意味でも良い機会かもしれませんね。でしたらぜひとも! あ、でもお代の方は平気です。この世界の貨幣もしっかり持ち合わせていますから」


 とはいえ彼女も乗り気だし、きっと食べ物が合わないという事はないだろう。


 そんな訳で僕達はさっそく、夜の街へと繰り出す事になった。

 これは結果的にデートと呼ばれるものになるとは思うのだけど、今は片思いみたいなものだしノーカンだよね。

 なんにせよ気になる女性と食事に行けるなんて、今日の僕はきっとツイてるんだろうなぁ~……!




 ――ただこの時、僕はまだ知らなかったんだ。

 エルプリヤさんの秘めたるその力の一端を。真価を。


 彼女は人であっても、地球人とは一線を画した存在なんだって。

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