第17話 レッツゴー宿場町!

「ゆめじーこっちなのだー! 早く来るのだー!」

「急がなくても宿場町は逃げないでしょ?」


 昼となり、僕はピーニャさんと共に宿場町へと繰り出す事となった。

 昨日の約束を反故にしてしまった代わりにと。


 ちなみに宿場町というのは、旅館の入口から出た所にある小さな商店街の事。

 宿泊中のみ訪れられるというので、二泊する事にして来てみたのだ。


 本当はレミフィさんも同伴する予定だった。

 だけど彼女の宿泊予定は今朝までで、おまけに手持ちが足りないらしく延長は不可能だった模様。


 なのでお帰りの際はとんでもない騒動に発展。

 全力で足を引っ張るエルプリヤさんと、それに必死に抵抗するレミフィさん。

 互いの力は拮抗していて、床面にレミフィさんの爪痕が深く刻まれるほどだったのだ。

 そして外まで運ばれてしまった時のあの絶叫と言ったらもう。

 最後の最後まで僕の名前を叫びながら血涙まで流していたし。

 相変わらず愛の重いレミフィさんだったのでした。


 ――という訳で今回はピーニャさんと二人で楽しむ事に。

 早速と最初のお店へ案内してもらった。


「ここはお土産屋なのだぞ! 帰る前にはここに寄っておいた方がいいのだぞー」

「へぇ、『えるぷりや饅頭』に『えるぷるや最中』、『えるぷりやマカロン』……もう和洋とか関係無いのな」

「『えるぷりやズボルネ』とか絶品なのだ」

「ほら、だからまた知らない名前が出てくる。というかこれ、どこで造ってるの……」

「旅館の地下に製造工場があるのだ」

「妙にリアルゥ! 異世界観台無しだよ!」


 やっぱり最初はお土産屋だ。

 旅館に一番近い所にあるので必然と寄る事になる。

 最初に見繕うだけ見繕って、あとで欲しい物を吟味するという感じで。


 なのにピーニャさんがもう一箱抱えて僕に差し出しているという。


「『えるぷりやズボルネ』とか絶品なのだ」

「つまりこれを買わない限り、そう言い続けるって事ね?」

「小さいサイズ八個入りで八〇〇円はお得なのだ」

「もう一つ小さいサイズの四個入りがあるけど?」

「四個入りは邪道なのだ。これじゃないとピーニャは満足しにゃい」

「欲望に忠実だよね、君」


 そんな訳で仕方なくそれを購入する事に。

 店員さんがピーニャを睨みつけている訳だが、当人はまったく気にしていない。

 そりゃ客前で邪道とか言われたら怒るわな。


「支払いはどうするね?」

「現金がいいですかね」

「カードもいけるよ。電子マネーも大丈夫だ」

「異世界なのにやけにハイテク! じゃ、じゃあマッハペイで」


 にしてもこのお店、なかなかの利便性だ。

 まさか異世界旅館で電子マネー使えるとは思っても見なかったんだけど。

 そもそもここで支払ったお金ってどこに行くんだ……?


「キュィィィ……」

「呻いてるけど? そのズボルネとかいうの、なんか呻いてるんだけど???」

「そういうものなのだ。ムグムグ」


 それで次はお隣のお店へ。

 今度は輪投げ屋――随分とレトロな雰囲気のお店だ。

 異世界でもこんなお店があるもんなんだなぁって感心してしまった。


「これも楽しいのだ」

「君がやりたいだけだよね?」

「見本を見せたげるのだー! おやじ、ワンコイン分!」

「ピーニャおめぇ、まず自分でツケを払ってからにしろや。話はそれからだ」


 だが店自体は決してゆるくも優しくもなかった。

 おかげで店主の正論に心を撃ち抜かれたピーニャさんが崩れ落ちる。

 

「で、お客さんはやっていくかい? 五投三〇〇円だよ」

「安い……! じゃあ一回だけやってみようかな」


 その代わりに僕がやろうとしたのだけど、その値段設定には驚きだ。

 今だと一回五〇〇円くらい取られそうなものだし、旅館の宿泊費といい全体的に良心的な値段だと思う。


「この輪を向こうに並んでる商品に投げて通せばいいんだっけ」

「いいや違うぜお客さん。景品に投げ付け、場外へ弾き飛ばすんだ。縦投げがコツだぞ」

「輪の意味!?」


 ただしゲーム性があきらかに地球と違う!

 なんだこれ!? 輪投げっていうかもう輪当てだよね!?

 なにこの射的と輪投げをミックスしたようなシステム!?


 とりあえずルールに従って、さっそくと良さげな人形へ向けて輪を投げてみる。

 すると人形が輪を受け止め、僕に投げ返してきた。


「どういう事……」

「良かったなお客さん。リリースは回数が減らないんだ」

「でも理不尽さを垣間見たよ」


 他の人形にも投げてみたけど、やっぱり返ってくる。

 再チャレンジ権は嬉しいけどさ、人形狙いだとこれ永遠に終わらないよね?


 という訳で安直にお菓子を狙って投擲。

 見事『えるぷりやジョンニニ』という謎の土産物を得て場を後にした。


「ギョギョギョ」

「鳴いてるけど? そのジョンニニとかいうの、なんか鳴いてるんだけど???」

「そういうものなのだ。ムグムグ」


 次のお店は散髪屋。

 入らないまでも、ピーニャさんが説明してくれる事に。


「ここなら自由に髪を切れるのだ」

「そりゃまぁそれしか無いだろうし?」

「そうでもないのだ。髪を伸ばすのもここでやるのだ」

「伸ばす!?」

「散髪屋は髪を伸ばせるって知らないのかー?」

「頭髪に悩む全人類へこのお店を紹介してあげたい」


 だが異世界の散髪屋はやはり次元が違った。

 発毛・育毛魔法とか、きっと頭髪に悩める人達が願ってやまないものだと思う。


「キュキュィィィ……」

「ゆめじも食べるか?」

「いや、僕はもうお腹一杯だから。気持ち的に」

「ゆめじって何も食べなくてもお腹一杯になれるのかーすごいのだ」


 ちなみに宿場町はここが最奥となっている。

 なので今度は向かいのお店へ。

 これまたちょっとレトロな喫茶店がお目見えだ。


 それで入ってみれば、どこか懐かしい洋式の内装が待っていた。

 うん、この雰囲気はなんだか落ち着くなぁ。


 もっとも、謎メニューな所は旅館の食事処と一緒だけど。


「ご注文は何になさいますか?」

「『アゥズゥルンベ・オブプロブドゥンバ』がいいのだ」

「よく舌噛まずに言えるね!? そして相変わらずどんな料理かまったく予想できない……! あ、僕は水で平気です」

「かしこまりました」


 実は僕もあまり持ち合わせがないので今回は我慢。

 でもピーニャさんには昨日迷惑かけたから、彼女の分は大目に見る事にしよう。


「これはこの反り立った棒の先っぽを噛むと白いクリームが吹き出すようになっている、見た目と味で二度美味しいスイーツなのだ」

「いいから顔を下げるんだ。それ以上はいけない」

「ひゃんっ!」


 少しハプニングに見舞われたけど、幸い無事に完食できた。

 それで少し休んでからまた隣のお店へ。

 看板を見たら「異世界ふれあい動物園」って書いてある。なんか面白そうだ。


 ――だけど僕は速攻で素通りをキメた。


 だってふと窓から覗いてみたら、なんかもう口にも表せないおどろおどろしいナニカしかいなかったんだもの。

 ピーニャさんが立ち止まって僕を呼ぶけど、これだけはちょっと勘弁願いたい。


「残念なのだ。『グモップ』の触り心地はとてもいいのだがー」

「ちなみにそれどんな生物?」

「足が九本あるのだ」

「それだけもう僕の想像力の範疇を越えている……ッ!」

「嫌なら仕方ないのだ。次が最後のお店なーのだー」


 あ、もう最後のお店か。

 ゆっくりと回ったつもりだったけど、やっぱり店舗が少ないとあっという間だ。

 さて、最後のお店はどんな物があるのだろうか


「『ディスカウントストアえるぷりや』なのだ」

「異世界観が仕事してなぁぁぁい!!!」


 それで最後がもう生活感溢れるお店ときたもんだ。

 そりゃね、あると便利だもんねディスカウントストア。店舗自体は小さいけど。


 とはいえ一応は気になるから中に入ってみる事に。

 すると予想を遥かに超えた店内が僕を待っていた。


 中がすさまじく広い!

 前も左も右も、どこ見ても奥が見通せない!

 おまけに天井も五、六人分くらい高く、それくらい大きい棚も無数に並んでいる!

 あの駄菓子屋クラスの建屋のどこにこんな空間が収まっているんだ!?


「ここにはありとあらゆる世界で仕入れた食材が売ってるのだ。しかも永久に腐らないのだ」

「それもしかして、異世界ファンタジーでよくある『無限に入る鞄』と同じ仕組みなんじゃ……」

「ちなみに移動する時はちゃんと入口の場所を覚えておくのだ。じゃないと迷ったら最悪、二度と生きて出られないのだ」

「迷宮か!」

「あと奥にはダンジョンコアもあるから壊さないように注意するのだ。壊れるとこのお店が倒産するのだ」

「やっぱりダンジョンだった!!」


 そう説明したらピーニャさんが早速買い物カートと一緒にどこかへ行ってしまって。

 そしてそれから二時間くらい経ったけど、彼女は帰ってこなかった。


 それで途方に暮れていた時、突然こんな店内放送が流れる。


『ピンポンパンポーン。当店より、迷子の、お知らせです』

「あ……」

『地球、よりお越しの、秋月、夢路さま。お連れの従業員、ピーニャさま、が現在、当店にて迷子、になっております』

「やっぱり?」


 これでやっと状況を把握できた。

 薄々予想はしていたけどね、やっぱり期待を裏切らない人だったよ。


『ですが、問題ありませんので、どうぞ、お帰り下さいませ』

「店側も薄情だね!? ま、まぁいいか。ピーニャさんだからきっと大丈夫でしょ」


 ともあれお店側からこう言われたので、ここは潔く退店する事にする。

 どうせ怖くて入り口前で立ち尽くしていただけだし。


 それで旅館に帰ろうとしていたのだけど。


「ちょいちょいお客さん、ちょっと話があるからこっちきな」

「えっ?」


 そうしたらさっきのお土産屋の店員さんが僕を手招きしていた。

 どうやら何か用があるようだ。一体なんだろう?


「実はな、ピーニャの分の支払いは自動的に別口座支払いになるんだ。女将さんがそうなるよう仕込んでいてな」

「えっ、そうなの!?」


 それで何の話かと思えばピーニャさんの話題。

 やっぱりここの皆さんは彼女の事もよく知っているようだ。

 しかもあまり良くない意味で。


「アイツすぐ客にせびるからな。女将さんも手を焼いてるんだこれが」

「な、なるほど……」

「つう訳でアイツの為に買ったモンはお客さんに支払いが行かないようになってる。だから安心してくんな」

「あ、はい。どうもありがとうございます」


 ピーニャさんはやっぱりおねだりの常習犯だったらしい。

 お店側がしっかり対策するくらいだし、よほどやらかしてるんだろうね……。


 本当なら昨日のお詫びで払ってもよかったけど仕方ない。

 お店側がそれを許さないのなら、ここは大人しくピーニャさんの自業自得という事で収めておくとしよう。


 せっかくだし、この浮いたお金をレミフィさんの延長料金に充ててあげようかな?


 ――なぁんて目論見つつ、僕は一人で旅館へと戻ったのだった。

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