第15話 行き過ぎる暴力沙汰はご法度です

 暴走するエルフ男ジニスの前に、あのエルプリヤさんが立ち塞がった。

 突風が吹き荒れていようとも構わずに。


 でもその瞳からはいつも見せる慈しみがまったく感じない。

 厳しい目を向けてジニスを睨みつけているんだ。


「ここでの争いはご法度にございます。しからばどうかお引き取りを」

「貴様……!」


 しかも彼女はこの突風の中であろうとも関係なく歩み寄っていく。

 まったく意にも介していないのか!?


 だからジニスも顔をピクピクさせて怒りを見せている。

 きっとあいつの魔法でもエルプリヤさんを止める事ができないんだ。


「貴様のような人間に誰が従うものか!」

「なぜそのように怒りを振り撒くのです!? ここはその怒りを溶かし流す場だというのに! なぜそれがわかっていただけないのですか!?」

「わかるものかッ! この怒りが! 貴様のような奴に!」


 それでもジニスの支離滅裂な言葉は止まらない。

 まるでバグに支配され過ぎて、誰の命令も届かなくなった機械のようだ!


 もう、その動きを止めるまであの暴走機械は止まらない……!


「ならば貴様を最初の奴隷にしてやる! 泣き叫んで! 命乞いをして! 俺の子を孕んで産み落とせ! そして奴隷を増やして新生エルフ王国の礎としてやるゥ!」

「なんて救いようのない……そんな怒りに呑まれて、一体何を得ようというのですか……」

「それが復讐だ! 我等の故郷を一度のみならず幾度も燃やし、同胞を捕まえて奴隷とした貴様ら人間へのォォォ!!!」


 すると途端に風が止んだ。

 ――いや違うぞ、何かジニスの手に集まっている!?


「まずはその手足をォ!!」


 そうして浮き出て来たのは緑色の巨大な槍みたいなもの!

 それをジニスがすかさずエルプリヤさんへと投げ付けた!


 だけど彼女に当たった途端、その槍が溶けるように消え去っていく!?


「ちぃ!? ならば直接殴ってわからせやるまでだあ!」

「ッ!?」


 ただその直後にはジニスが駆け飛び、エルプリヤさんへと拳を振り被っていた。

 これには彼女でも動揺を隠せない!


「人間風情がァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」


 飛び掛かるジニス。

 振り下ろされる拳。

 その狙いは確実で、エルプリヤさんへと奮われる。


 だが、その拳は彼女には届かなかった。


 それは僕が身を挺して庇っていたから。

 ただ思うがままに彼女を守ろうとして、無我夢中で飛び出していたんだ。


 それゆえに背中に強い衝撃が走る。

 あまりの威力に吹き飛ばされ、エルプリヤさんをも巻き込んでしまうくらいに。


 でも、それでも僕はもう無我夢中で彼女を抱き、頭を守るように抱え込みながら地面へと転がった。

 そうできたのはきっと、温泉や料理のおかげで頭の回転が速くなったからだろう。

 おかげで彼女を守る事ができた……多分ね。


 とはいえ僕自身はもう体中が痛くてたまらない。

 頭もガンガンと痛みが走ってとてもつらい。


「大丈夫……? エルプリヤさん……」

「ゆ、夢路様……あ、ありがとうございます!」


 だけどまだだ。

 僕はまだ彼女を守り切れちゃいない。


 だから僕はまた立ち塞がった。

 大手を広げ、あのジニスに、臆さないために!

 奥手でも、気弱でも、ここだけは引き下がれるもんか!


「貴様ァ……! なら望み通り、貴様から殴り殺してやるッ!」


 お前の怨みなんて知らない。

 怒りも憎しみだとか、そんなの知った事か。

 関係の無い人を巻き込んで暴力を加える奴の事なんか!


「そんな事しか考えられないから……だからやり返されるんじゃないかあ!」

「――ッ!?」

「だったらお前もその恨んだ人間も、結局は同じだっ!」

「な、何ィ……!?」


 ジニスはそんな単純な事にも気付いていないんだ。

 あまりにも未熟で、単純だから。

 今の僕が嘲笑してしまいそうになるくらいにさ。


「問答無用で無抵抗の人を襲ったお前達なんて誰が敬うものか! 恥を知るのは、お前の方だバカヤロォォォーーーーーーッ!!!」

「うるさい黙れこの劣等種がァァァーーーーーーッ!!!」


 それでもジニスはまだ拳を奮おうとしてる。本当に愚かな奴だ。

 こんな奴、本当にいるのかって疑わしいくらいにね。


 だからこんな奴を殴る事さえ必要無い。

 それだけで僕の拳の品位が落ちてしまうから。


 こんな奴の為に僕が下がるなんて、死んでもごめんだね。


 ――そう思っていたのだけど。

 ジニスの拳が僕へと当たる事は永遠になかったんだ。


 いや、厳密に言えばちょっと違うか。


「え、お、俺の腕が、腕が無いーーーッ!?」


 なにせジニスの右腕の方が消えていたのだから。

 それもまるで砂のようにバサバサと崩れ落ちて。


「な、なんだこれ、なんなんだこれはーーーッ!?」

「……残念です。お客様にはこの旅館を最後まで堪能していただきたかったのですが。それも叶いそうにありませんね」

「え"ッ!?」


 しかもその進行はなお続いている。

 今度は左腕もがボサりと落ち、地面でグズリと崩れていた。

 その異様な光景をジニスも、その後ろにいたアリムもただ怯え戸惑うばかりだ。


 そしてふと僕が振り向くと、そこにはまた厳しい眼を向けたエルプリヤさんが立っていて。


「さようならジニス様。またのご来店は――お諦め下さいませ」

「そ、そんな嘘だ、俺は、俺はあぁぁぁぁぁ――」


 再びジニスへと振り向けば、もうその体もが崩れ落ちている。

 それで遂には頭がボロりと落ち、床に当たってバッシャアと砕けてしまった。


 人が、砂になってしまったのだ。


「ご安心ください。ジニス様は元の世界にお戻りいただいただけ。ただしこの場所の事に関しての記憶を一切失って」

「えっ……!?」

「命を奪う事まではいたしません。殺しはこの旅館の理念に反していますから。ですがもう二度とこの場には来られないでしょう。残念ですが、致し方ありませんね」


 とはいえ死んだ訳ではないという事なので、それが救いかな。

 そう知って安心したのか、僕は思わず尻餅を突いてしまった。


 するとそんな僕の肩に、そっと触れる感触が伝わって。


「大丈夫ですか? 夢路様」


 それで見上げたら、いつものエルプリヤさんが待っていた。

 ニッコリとした優しい微笑みを浮かべながら。


「うん、おかげさまでね。ここの料理も温泉もすごいから、ついできちゃった」

「ふふっ、それは何よりです」


 なんだかもうそれを見られただけで元気が溢れてくるかのようだ。

 ちょっと頭がクラクラするけど、きっとまだ平気さ。たぶん。


「夢路様」

「はい?」

「助けていただいて、まことにありがとうございましたっ!」

「……うんっ」


 けどこんな一言を貰えたからもう僕としては満足かな。

 自分的にも本当によくやれたって思ったし。


 だったら、もう一息くらいはついてもいいよね。

 まだ問題はちょっとだけ残っているけれども。

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