第4話 一緒に温泉へ入ろう!
この突然のアクシデントにはもう諦めざるを得なかった。
まさか女の子に服を剥かれるとは思っても見なかったから。
ピーニャさん、あまりにも強引過ぎました……。
それで今は二人で浴場に立っている。
やっぱり恥ずかしいので股間だけはタオルで隠したままで。
「あれ、夜なのに全然寒くないなぁ」
「ここは室外だけど大気を遮断しているから室内温度のままなのだ」
「え、なにその超技術。聞いた事無いんだけど……」
どうやら普通の露天風呂かと思ったらそうでもないらしい。
一応外は見えるんだけど、もう景色が真っ暗で何も見えやしない。
というか柵から見下ろしても何も見えないんだけど? ここどうなってるの?
もう外は眺めなくてもいいかなって思えるほどの絶景だ。隔絶という意味での。
あまりに断崖絶壁過ぎて怖くて腰が引けてしまった。
「それじゃ体を洗うのだ。背中流してあげるのだー」
「う、うん、ありがとうございます……」
それにピーニャさんが手招きまでして待っている。
もう温泉に浸かる気満々だし、逆らっても逆らえそうにない。
だからと渋々、彼女の好意に甘える事にした。
……こうして体を洗ってもらうのはいつぶりだろうか。
小学生くらいの頃、妹に背中を流してもらった時以来かな。
今思うとなんだか懐かしくって、あの時みたいについ背中を預けてしまう。
ピーニャさんの背中を擦る力はそう思い出すくらい心地良いんだ。
別段いやらしい手つきだとかそういう訳じゃなく、なんだか洗い慣れているという感じで。仕事だからかな。
「それじゃ前も洗うのだ」
「さすがにそれはいいですぅ! 自分で洗えますから!」
「そうなのか? なら仕方ないのだ」
とはいえ一線を越えるのはさすがによろしくない。
だからここはしっかりと断っておく事にする。ちょっと残念だけど。
でも、して貰いっぱなしは僕の性に合わない。
背中を流してもらったのなら、ちゃんとお返しもしてあげないと。
「じゃあお礼にピーニャさんの背中も流しますよ」
「わーい嬉しいのだー! ゆめじは優しいオトコなのだなー」
幸い、妹にも同じように背中を流し返した事がある。
だから同じ感覚で洗えばきっとなんて事は無いさ。
――だなんて思っていたけど、やっぱり緊張する!
なにせ妹や姉、母さん以外の女性には触れた事も無いんだ。
一応は女性馴れしていたつもりだったけど、思った以上に神経使いそう。
「ん……あ」
「あ、喘がないでくださいよぉ~」
「シシシ、ゆめじはウブさんなのだー」
ピーニャさんもこうイタズラ好きみたいだしね。
一体どこからどこまで本気なのやら。
「前も洗って欲しいのだー」
「それは自分でやってくださぁい!」
「ちぃ!」
舌打ちしてもダメな物はダメです。
さすがに年頃の女性の肢体を洗うのは心に響く。
というか僕が我慢できそうにないので前に振り向かれたくないのが実情かな。
――という訳で洗いっこも終わり、ピーニャさんもすぐ体を洗い終える。
それでさっそく二人で湯舟へと身を沈めた。
ああ、気持ちいい。
今までの疲れがスッと抜けていくかのようだ。
まさに極楽とはこういう事を言うんだなぁ~……。
どうやらその感想はピーニャさんも同じらしい。
僕同様に肩まで浸かり、「あ"~~~」なんてだらしない声まで上げて堪能している。
にしても大の字で浸かるとか、水着着ているからって無防備過ぎじゃありません?
「ピーニャさん、ちょっと聞いていいです?」
「なんなのだー?」
「ピーニャさんって従業員ですよね? なのに客と一緒にお風呂に入っててもいいんです?」
「問題無いのだ。互いに同意していればこうして一緒にお風呂に入る事も許されているのだー」
「そ、そういう旅館なんですね……」
「ピーニャ達も生き物だからなー、休める時に休んでいいって言われているのだ。自主性を重んじてくれるホワイト旅館なーのだー」
これもきっとピーニャさんという個性の在り方なのだろう。
旅館自体も緩いから、こういう事も許されるって知っててやっている。
だからちゃんと意思表示をすれば身を引いてくれるし、強引に事を進めようとはしない。
さっきまで僕が成す術も無かったのは、単に「嫌だ」って言わなかったからだしね。
まぁ、食事の時にだけ半ば強制だった感があったのは否めないけれども。
「もしかしてゆめじ、ピーニャに欲情しているのかぁ~~~?」
「いやいや滅相もございません。さすがに僕もそこまで節操なくはありませんよー」
「クシシ、本当かにゃ~? 確かめてみようかにゃ~?」
「ダメです。それだけはダメです」
「いくじなしーなーのだー」
こうからかってもくるけど、引き際もわかってくれているのだと思う。
実際、言っても手出ししようとはしてこないし。
僕が意気地なしなのはわかっている事だから反論の余地もない。
だから後は、互いの疲れを癒すために静かに湯に浸かる。
僕にとってはそれだけで充分嬉しいのだから。
火照った笑顔を向けてくれればなおさら、ね。
こうして僕はピーニャさんと温泉を心行くまで楽しんだ。
だけど途中から意識が薄れ始め、その後はよく覚えていない。
一瞬だけ「ゆ、ゆめじー!?」なんて叫び声が聞こえたものだけど。
――そして気付けばもう朝だった。
とはいえ浴衣は羽織っているし、布団も被っている。
どうやらピーニャさんがしっかりとお世話をしてくれていたようだ。
体は小さいしイタズラ好きだけど、ちゃんと仕事もしてくれるいい子だったんだな。
なので心の中で献身的なピーニャさんに感謝を。
それで布団から出ようと思ったのだが。
「……えッ?」
そんな時、僕の懐が不意にもぞりと動き、柔らかな感触を伝えてくれる。
それに気付いてそっと布団を開けば、懐にはなんとそのピーニャさんの姿が。
なんか丸まってさぞ気持ちよさそうに眠っているんですけど!?
しかも昨夜の水着姿のままで、僕に寄り添うようにして!
さ、さらには尻尾が僕自身に触れ――あ、やば、気持ちい……!
「あ、待って、朝は待って!? 尻尾巻き付いたらアッ」
「んうーゆめじーしゅきい」
「ダ、ダメだから! それはちょ、ま、あああ――」
――拝啓、今は亡きお母さんへ。
僕は今日、名前しか知らない子に半裸で添い寝をしてもらいました。
それがあまりにも気持ち良過ぎたもので、今すぐあなたのお傍に行けそうです。
ですが安心してください。ちゃんと決壊は防ぎましたから。
自慢の息子は、自身の息子を守る事に成功したのです。
だからどうかこれからも見守っていてくださいね。
また同じような事があっても間違いを犯さないように、と。
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