4/9(日)「シャンプー」

まず丁寧に毛を解してからぬくいお湯で全体を濡らし、それから特別な髪洗液で毛を泡立てる。

「痒いところはないですか?」

『あぁ、素晴らしい』

虎人族の里に連れ去られた時にはもうダメかと思った。どうやら彼らは身体を洗う事に並々ならぬ執着があったらしい。

今日もまた、髪結屋は繁盛している。


【おまけ】

 幼い頃から人が髪を整えられていくのを見るのが好きだった。両親の店を継ぐために、街に出て、床屋の修行をする。だが、壊滅的に鋏を捌く技量が足りず、何年も何年も髪を洗う仕事ばかり。もう俺には髪結の才能がないのかな。諦めて他の職についた方が良いのかな。両親の店も弟が継いだといっているし。

 そう草臥れてくたくたとしながら帰り道を歩いていると、突然硬い剛毛が生えた腕に捕らえられた。

長い間剛毛の腕に抱えられて野原や山を幾つも越える。

胸毛に埋まりつつ顔をあげると、それは狂暴で獰猛と恐れられている虎人族のようだった。

死んだ。

喰われる。そう死んだ魚の目で気絶した。

 目が覚めるとそこは広い小屋のようだった。

ごわごわとした虎人族は起きた青年に嬉しそうに尻尾を震わすと、街に髪洗いを専門とする髪結屋がいるらしい。我が一族は水浴びが大好きだ。だが、一度しゃんぷーを体験した狼人族の男にしゃんぷーの素晴らしさを自慢された。そこで、一族の願いとして仕事を貴方に依頼したい。どうか我が一族にしゃんぷーをして、毛をふわふわのもこもこにしてくれないか。

洗うことしかできなかった、否洗うことを極めた青年のゴッドハンドに虎人族はメロメロの夢中になりごろにゃん状態。かくして彼は虎人族の村でたいそう人気な髪結となったそうな。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る