彼女は大帝に至るようです          

早急重複

プロローグ

 「大帝」レン・マリウェア。その名は歴史書に書かれた文字以上の意味を、人類世界にもたらした。ドゥシニカ朝の皇帝の血を引きながらその支配に終止符を打ち、異教徒との争いを生涯にわたって続けた烈女としての一面……そして、当時は恐るべき敵とみなされていた異種族との関係性もまた、彼女の人生を語る上では見逃すことができない。

 「大帝」などというおくりなは、その流血に満ちた人生を覆い隠すための欺瞞に過ぎない。そう主張する者もいる。だが、分裂し、崩壊の一途をたどっていた人類帝国を再建するために、流血は必要不可欠であったのも確かである。


 レンが生まれたのは人類暦九八五年のことである。人類帝国レミトゥナ・ディスカを構成する七大州の一つエリエイドにおいて、彼女は産声をあげた。父はエリエイド公カルキシュ・マリウェア、母は先帝の妹の娘──皇族に連なる女であった。

 若き日のレンについて、わかっていることは多くない。十七歳の若さでエリエイド公位を継承することとなる以前、帝都において学業に励んでいたという記録が残っていること、その頃の経験が彼女に少なからず影響を与えたということ、その程度である。

 彼女が敬虔な人教徒であったこと、そして人類帝国という国家に対して、絶対的な忠誠を誓っていたことはよく知られている。異教徒を憎みながら、弾圧や虐殺に走らなかったことも、現代の価値観では評価されるものであろう。


 彼女の存在が、人類文明の存亡を分けた。過大評価との批判もあるだろうこの言説は、ある側面では確かな事実なのだ。彼女の行動が、人類の未来にさまざまな変化をもたらしたこと、彼女が存在しなければ、人類はいまだに中近世のレベルで停滞していたであろうこと、それは確かなのである。

 

 彼女は一〇五三年、六十八歳で没する。当時としては長寿な享年である。終生のライバル、異教の「残虐王」よりも早く世を去ったのは、彼女にとっては敗北であったかもしれない。


 レンの人生は波乱の連続である。彼女の名が世界に轟くようになったのちは、同時代の人間がこぞって彼女の言行、業績、失態を書物や絵画に記した。彼女の人生が非常に正確に現代まで知られているのは、そのおかげとも言えるだろう。

 彼女の人生を描くにあたって、セオトア・カッサーク著『帝国記トゥサ・レミトゥア』および『新帝国記トゥサ・レミトゥア・ラーム』を多く参考した。「大帝」の忠臣の最大の功績は、その著書にあるといっても過言ではない。

 

 物語は、レン・マリウェア十七歳、人類歴一〇〇二年の春からはじまる。

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