第19話
周りからの視線を受けつつ更に進むと、地上に剥き出しになったままの洞窟が現れる。
都会のど真ん中にいきなり洞窟があるのは不自然ではあるが、これがダンジョンへの入口である。
この洞窟もダンジョン協会が直接管理しているものであるため、予算の関係上洞窟が剥き出しのままなのだ。
洞窟の前では数人の職員と思われる人が入り口付近でダンジョン内部へと入るための手続きを行っていた。
さっそく俺と雪も手続きへと向かうことにする。
「雪様……!このダンジョンに来られるのは久しぶりですね。今日はプライベートでしょうか?」
「そう。私とお兄ちゃんの手続きをお願い。」
雪に会えたことで破顔している職員のお姉さんを前にして、雪の応答は冷たい態度に思えるが、これが雪の通常運転だ。
口数が少ない訳ではないが、どちらかというと笑顔は少なめ。
兄としては真面目かつ自分に正直なだけだと思うのだが、世間からは素っ気なく冷たい人物として認識されているようだ。
しかし氷魔法を使うということもあって、むしろそういうところは雪が人気である要因の一つであり、もしかするとダンジョン協会によるプロモーションなのではないかとさえ思えてくる。
珍しく雪が職員のお姉さんに能力者用のカードを渡したため、俺もならって先ほどもらったばかりの黒いカードを差し出した。
「……お兄さまも能力者だったんですか!?これは初耳です!」
俺の黒いカードを受け取って興奮したようにお姉さんが言う。
「最近覚醒して、今日登録したばかりなんですけどね。」
「なるほど。それで聞いたことがない訳ですね!兄妹揃って能力者なんてかなり珍しいですし、雪様のお兄さまなら頼もしいです!」
お姉さんの言う通り、確かに能力に覚醒する確率はとても低いため、家族や兄弟で活躍している能力者というのは世界でも数えるほどしか知られていない。
日本の能力者で俺が知っている中では、関西に姉妹で能力者として活躍する2人がいると聞いたことがある。
能力者全員が使える能力を持ち、全員が有名になるわけではないので、単に他が無名であり聞いたことがないだけかもしれないが。
自分だけではなくて兄も話題に上がっていることが嬉しいのだろうか、俺ではなくなぜか雪が得意げな表情をして少し口角を上げていた。
雪の笑顔を見て、雪が能力者用のカードを差し出したのはこのためだったのかもしれないと、内心ほほえましく思った。
さて、3分ほどで手続きを終えた俺と雪は早速ダンジョン内部に侵入した。
抱いた感想は規模の小さいホーム拠点、だ。
入り口付近のスペースの広さはホームとしている拠点と変わらないが、取引所に見える受付の窓口の数が少なく、店もやや狭めで品揃えもそこそこといった感じである。
(寂れてる、なんて思っちゃいけないよな。)
これでもここは地方の過疎地域にある攻略拠点と比べると大規模な攻略拠点だ。
それでも俺が寂しく感じてしまうのは、いつもの攻略拠点に慣れているからで、そこと比べるとどうしても随分ぽっかりとスペースが空いているように感じてしまうのも仕方がないことだろう。
雰囲気の似たダンジョン内の攻略拠点が電車と徒歩合わせて30分以内の距離にあるわけだが、俺のホーム拠点の方が攻略本の充実、店の品揃えの充実、ダンジョンの外の飲食店の充実などで全ての面において一歩も二歩もリードしている。
それでもここがそれなりに人気があるのは、メインの魔物が人型ではなく動物型であることにあり、人型は倒せないが動物型ならという層が一定数いるからであった。
(時間もあると思うけど人気拠点にしては人が少ないな。俺たちにとってはラッキーなことだ。)
人気拠点とはいえ、今は平日のお昼頃。
この場所から見える人の数は両手の指で十分足りる程度だ。
攻略者にしてみれば、戦闘エリアも混まないし、トラブルも発生しにくいので人が少ないのは決して悪いことではない。
さらに雪と一緒に来ている俺としては有名人の雪が注目を集めずに済むというメリットもあった。
「行こうか。」
取引所で買った地図を片手に、俺と雪は攻略拠点を出発する。
攻略拠点周辺の地図に魔物分布だけが書かれた非常に簡易的なものだ。
「お兄ちゃんが能力者になって言えることが増えたのは嬉しい。ダンジョン協会からの極秘任務であれば話すことは出来ないけど、ダンジョンの情報は能力者間で共有することが望ましいとされているから。」
「……極秘任務なんてものがあるのか。そういえば雪が先週言っていた任務はどうなったんだ?」
「緊急事態だったから他の人にお願いして代わってもらったの。新しく緊急の任務が入らない限りはしばらくお休みの予定だから、明日からは普通に学校に行くつもり。」
俺が入院したため任務から離脱したとだけ雪から聞いていた俺。
代わりの人には申し訳ないが、この数日間はいつも忙しく動き回る雪にとっても良い休日になったことだろう。
俺はダンジョンに関することを次々と質問して、雪に教えてもらう。
必要だからというよりは、単純に興味があってのことだ。
「関東ダンジョンの最前線は関東北部だね。もっと詳しくいうと栃木県にある洞窟から入った攻略拠点の先、かな。2カ月前に私を含めた5人のパーティーで攻略して解放したの。」
俺は以前聞いて機密だから、とはぐらかされてしまった問いにも答えてもらった。
栃木県にある攻略拠点の先と言えば、巷で言われている予想とそこまで変わらないようである。
「それにしても北部の攻略拠点が最前線なのは意外だな。」
人口分布的にも東京や神奈川地域の、関東ダンジョン南部の攻略者の数の方が圧倒的に多い。
関東北部が最前線ということで、数は力ではないのかと単純に疑問に思った。
「その辺りは難しい話だね……。」
一旦渋い顔をしてから雪が切り出した。
「お兄ちゃんの言う通り関東南部の攻略者の方が圧倒的に多い。だけどそのせいで企業が所有しているダンジョンの入口が南部に多くて北部に少ないの。」
「つまり関東北部はダンジョン協会が直接所有するダンジョン入口が多いということか。」
「そういうこと。ダンジョン協会は意図せず、なんだろうけどね。」
俺の住む東京がある関東地方は日本の中で一番人口が多い地域だが、東京都と神奈川県の2つだけでその半分以上を占めている。
ダンジョンをビジネスチャンスとして捉えた企業が、多くの集客が見込める地域のダンジョン入口を買いたいと思うのは自然な流れだろう。
「ダンジョン協会専属とフリーの最上位の攻略者を比べると今は圧倒的に前者に軍配が上がるかな。専属はダンジョン協会の依頼で北部を攻略して、フリーは企業に所属して南部の攻略を進めてるの。」
「なるほど……。」
ここに来て雪の話に専属とフリーという言葉が登場してくる。
フリーの能力者もどこかの組織に所属するとのことだったが、洞窟を買ったいくつもの企業が攻略拠点の安定化のためにフリーの能力者を雇っているということなのだろう。
「でもフリーの能力者も弱いわけでは無いし、こっちの理由の方が本命かな。」
最初に雪が渋い顔をした理由がいまいち分からなかった俺だったが、雪が本命、という理由を聞いて納得することになる。
「お兄ちゃんも知っての通り新エリアの攻略はリスクを伴うものでしょ?下手に強い魔物を刺激すると近くの攻略拠点に危険が及んでしまうから。もしそうなったときに周りの攻略者の数が少ないほうが被害が少なくて済むってことらしい。」
雪の話を聞いて、きっと俺もさっきの雪と同じような渋い顔をしているのだろうと思った。
つまりは事故が起きたときのリスクが、攻略者の多い関東南部だと大きすぎる。
人の命は平等だが、命の危険を常に伴うダンジョン攻略では割り切ることも必要だ。
俺も雪も、ダンジョン関連の話ではこれに限らず、頭の中で理屈を理解することはできても、心情的には納得できない部分がいくつもある。
これ以上この話題を掘り下げることはせずに、俺は他に気になる部分を聞いてみることにした。
「ところで2カ月前から攻略を進めていないというのはどうなんだ?いつもこんな感じなのか?」
「いや。次回の予定はまだ一切聞かされていないし、今回はいつもより間隔が空くって。」
(予定すら決まってないのか。)
一気に広いエリアを解放するわけではないから、調査に2ヶ月も3ヶ月もかかるなんてことは考えづらい。
機密に関わっていそうなその辺の事情を聞いてみると、意外にも雪はすんなりと答えてくれた。
「今はどの国も似たような状況だから様子を伺いつつ競い合って攻略を進めてるんだけど、他の国のフィールド型ダンジョンで一番手の攻略パーティーが全滅したらしいの。だから最近はその情報を詳しく調べているところみたい。もしかしたらパーティー構成から考え直すことになるかもしれないって聞いてるよ。」
フィールド型ダンジョンは世界に3ヵ所しかない、とても珍しいタイプのダンジョンだ。
雪の話から考えると、そのパーティーは何かしらの魔物によって全滅させられたという説が一番自然に思える。
ただ以前のような無理な攻略を進めなくなった今、強力な能力者のみで構成されたパーティーが壊滅するなど聞いたことのない話であった。
だからこそ日本のダンジョン協会も警戒して、慎重になっているのだろう。
(これは当分最前線の動きはなさそうだな……。)
ただでさえ慎重なダンジョン協会の姿勢が、更に慎重になりそうだ。
最前線の攻略や新エリアの解放は、ニュース速報が流されることもあるくらい話題性があり、一般の攻略者にとってもロマンのある話だ。
そのパーティーはとてつもなく強い魔物に遭遇したのか、それとも相性が悪かったのか。
そもそも他国のフィールド型ダンジョンで強い魔物が現れたからと言って、日本でも強い魔物が現れるとは限らないのだが、念には念をといったところだろう。
それほど上位の能力者を一気に失うことの影響というのは大きく、今頃その国は戦略を練り直しているに違いなかった。
雪もいずれ挑むことになるかもしれないと考えると心配にはなるが、この前のオーガを簡単に屠って行った姿を見た俺としては、どんな魔物でも倒してしまうのではないかという予感がある。
雪の様子からも不安といったものは一切感じられず、むしろ早く行きたいとワクワクを抑えられないような表情だ。
ダンジョンに関する色々なことを話していると、ここまで一回も戦わずに目的のエリアまで辿り着いた。
人が多いホーム拠点ならまだしも、平日の昼間ということで人の少ないここで全く接敵しなかったことを不思議に思い雪に聞いてみると、どうやらこの辺りは魔物との接敵率が他の場所より低いようだ、とのことであった。
「雪、これは俺が能力に覚醒してからの実質初戦闘だ。相手も相手だし、ここで命を落とすということもないだろうから色々試してみたい。雪には危ないと思ったら介入してほしい。」
「うん、分かった。魔狼中心のエリアだから、相手の素早さだけには注意してね。」
この場所自体は初めてだが、魔狼とは他の場所でも戦ったことがある。
魔狼は魔力を持つ狼もどきで素早さが特徴だが、直線的な攻撃が多いため攻撃を受け止めることは、そう難しくない魔物だ。
俺は雪の一歩前に出てから、ゆっくりと周りを見渡して確認し、魔狼の痕跡を追うことにした。
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