第5話
洞窟を抜けてダンジョンの中に入ると、光に包まれるようにして、着ていた服が自然と自分の装備に切り替わる。
装備自体は全ダンジョン共通であり、他のダンジョンで装備を更新したとしても引き継ぐことのできる、ありがたいシステムだ。
「相変わらずすごい装備だな。」
「まぁね。でもお兄ちゃんも全身を装備更新したみたいだね。」
最近更新したばかりではあるが、茶色や灰色といった地味な色の防具をまとった俺とは違い、青と白を基調とした美しい防具をまとった妹。
見た目は俺の防具に比べて薄いものだが、耐久力に関しては俺のものより遥かに優れていることだろう。
「何か足りないものはありそう?」
この前の攻略拠点とは違って、ささやかに開かれているダンジョン内のお店の商品ラインナップを見ながら雪が言う。
体力や魔力の回復薬、自分にバフをかける効果のあるポーション。
どれもがピンチに備えて持っておくべきものだ。
「いや、全部そろってるから俺は大丈夫かな。」
俺は腰に掛けたアイテムポーチを指さしながら言う。
空間拡張が施され見た目の何倍もの容量を誇る優れものだが、宝箱からは良く出るためそこまで貴重なものではない。
容量に違いはあるにせよ、ダンジョン攻略者なら誰もが持っている必需品だ。
「OK。さぁ、行きましょう!さっき聞いたエリアまで素早く駆け抜けるよ!」
「おうっ、了解!」
いくら人が少ない攻略拠点とはいえ、誰もが通ることになる攻略拠点の周辺は目視ができる範囲に魔物の姿を確認することはできないようだ。
と思ったところで、進行方向すぐのところの木の脇に水色のスライムがいるのが見えた。
1匹だけのところを見ると、はぐれスライムらしい。
「10メートル先にスライム!」
前衛を務め、斥候も務める俺が雪に接敵しそうなことを伝える。
戦闘に備え剣を抜こうとしたところで、後ろから氷の弾丸が鋭くスライムに向かって飛んで行き、着弾した瞬間スライムがはじけ飛ぶ。
「さ、さすがだね。」
「ここは駆け抜けるって言ったでしょ?」
得意げな表情で微笑む雪。
ここで妹の雪の能力について簡単に説明しておこう。
能力者である雪が使える魔法とは、特殊属性の氷魔法。
その名の通り氷を自在に扱う魔法だが、水属性の上位属性であり、攻撃手段がとても豊富だ。
今のことろ日本においては氷属性の使い手は雪のみで、魔法の美しさも雪が人気を集める要因の一つだ。
雪という名前の妹が氷属性を使えるようになったのは運命だと思うのだが、陽向という名前の俺が火属性を使う能力者でないことは、からかいネタの一つとなってしまっている。
(まぁ、そんなことは気にしてないけど。)
宣言通り、たまに敵が現れると間髪入れずに氷魔法で敵を倒していく雪。
時々すれ違う攻略者たちも雪が氷属性魔法を使っていることに気付いているのだろう、近付いてきたり声をかけてきたりすることはないが、こちらの方をチラ見しながら通り過ぎていくのがわかる。
そんな視線にも慣れているであろう雪は、気にすることなくどんどん進んで行く。
その速さからいつのまにか前衛と後衛という概念はなくなっており、気付くと先程受付で聞いたスライムがまとまって発生しているというエリアまで辿り着いていた。
基本的なスライムの攻撃は体当たりがほとんどで遠距離攻撃手段を持たないため、いつもは遠距離中心に魔法で戦う雪も剣で戦ったりと楽しんでいるようだ。
(やっぱりすごいなぁ……)
能力者であるためそもそもの身体能力が向上している雪は、剣を使って戦っても十分に強い。
姿勢やスタイルも良いせいか剣を振るう姿も様になっており、普段から剣を使う俺としては自信を喪失してしまいそうだった。
休む暇もないまま、入ったときと変わらない表情の雪が、一切躊躇することなく最初の目標であるスライムの群れに突っ込んで行く。
攻略拠点の特質上、訪れる攻略者のほとんどが初心者である。
そのため偶に訪れる中級者や上級者の攻略者にこうして初心者にとっては危険度が高いかもしれない魔物の討伐が依頼されるのだ。
雪に続いて向かうと森の中の少し開けた場所に固まって動いているスライムがいた。
目視で確認できたのは火、水、風、光、闇、各属性のスライムが2体ずつほどだ。
危険度が高いといっても初心者向けのエリアならこんなもんだろう。
「やっぱりお兄ちゃんにも準備運動は必要だと思うし、私は援護に回るね!」
「分かった。」
予想以上に弱そうな群れを見て気が変わったのか、雪は体勢を反転させて当初の作戦通り援護に徹することにしたようだ。
ここ数日ダンジョン攻略を休んだため久しぶりの戦闘ではあるが、高校生の頃からダンジョン攻略をかじってきた俺にとってはスライム程度の相手なら手慣れたものである。
さっきは抜きそびれた愛剣を手に取り、一番近い赤色の火属性スライムに向かってとびかかる。
(数日くらいじゃ、なまらないか。)
とびかかった瞬間に妹の方からは魔法を唱える呪文が聞こえると俺とそのスライムを囲むようにして氷の壁が現れた。
これは俺が出来るだけ魔物と1対1で戦えるように妹が開発した魔法だ。
壁の耐久力は決して高い訳ではないのだが、氷の壁が崩されるまでの間に俺が魔物を仕留めるというのが、基本的な俺たち二人の作戦だ。
俺がとびかかると同時にスライムも攻撃の態勢を作るが、俺のスピードの方が随分勝っている。
攻撃態勢で隙だらけのスライムの核を狙って一突き。
何かの素材を落として消えて行くが、俺は素材の正体を確認することなく、次のスライムへと向かう。
この調子で一度も苦戦することなく、一撃で全てのスライムを倒して行く。
「よしっ!」
最後に残った闇属性スライムを倒し終わると、後方から援護を続けていた雪と合流だ。
「お疲れ様。お兄ちゃん、また動きが鋭くなったんじゃない?」
「俺もずっとダンジョン通いしてたからな。やっぱり一人じゃないから戦いやすいよ。」
普段ソロで戦っている俺にとっては1対多数の状況が作られないことは、パーティーの羨ましさを感じる瞬間である。
本来は10体のスライムであれば、少し時間は掛かりつつもソロで倒すことができるのは間違いないが、久しぶりとなる連携の確認のためにも、いつものスタイルで戦ったのだ。
「じゃあ次のポイントに移動しよっか。」
「そうだね。上位種がいるかもしれないって言ってたし俺も警戒しながら行くよ。」
当初の予定では自由に攻略拠点周りを動き回るつもりだったが、よほど信頼できる中級者以上の攻略者が少なかったのか、いくつかのお願いという名の半強制的な依頼を受け取っている。
ただこれほどまでにまとめて依頼してきたのは、普通の中級攻略者ではなく上級者の中の上級者である雪が現れたからだろう。
実際にスライムとはいえ上位個体ではなくて上位種というのは俺一人なら躊躇するかもしれない警戒すべき相手だ。
「上位種ねぇ……。」
少し面倒そうな声で雪がつぶやく。
討伐されない期間が長かったり攻略者などの上位存在を倒したりすることで魔物の格も上がっていくことは今となっては常識である。
スライムの上位個体であれば物理攻撃耐性が更に高まったり、自分の属性の魔法を使えるようになったりするのだが、上位種は種族として進化した魔物となり上位個体とは比べ物にならないくらいの強さとなる。
上位種が現れた場合は、原因や環境の調査のためにダンジョン協会所属の上級攻略者が調査することになっているらしい。
雪が面倒そうだったのは彼女自身がそれであるため、遭遇して倒すと同時に自分に仕事が回ってくることを予感したからだろう。
少し嫌そうな感情を押し殺すようにして話す雪と上位種が現れたときに備えて作戦会議をする。
目標のポイントはすぐそこまで近付いていた。
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