第9話




 しかし不愉快なのはセレスも同じだ。勝手に憐れまれ、恩返しの真っ最中である教会を悪と断じ、秘密を抱えてはいたけれどそれでもそれなりに交流を深めてきた相手に不信感を抱かせる物言い。わりと今の時点でセレスの忍耐は限界だった。


「たしかにビックリしましたし、王太子殿下の護衛だなんて思いもしませんでしたよ! だってあの人この二年間ずっと教会に顔を出してたんですよ? 騎士様がそんな暇だなんて思わないじゃないですか! いや警邏隊の人だって暇じゃないですけど!! ってちがう、そうじゃなくて、そうなんだったらせめてこれで最後ですねって言う時に教えてくれてもいいんじゃない!? ってはなりましたけど!」


 言う必要が無かったから、というよりも。隙あらばセレスをからかって遊ぶ彼の性格からして、これは単にセレスを驚かせたいというくだらないにも程がある理由からだろうと思う。きっと、おそらく、そうに違いない。


「でも本当に必要なことなら言うだろうし、実際そうだし、そんな人が言わなかったのならわたしには特に必要のない話というだけです。なので、その必要のない話をわざわざあなたから聞く気はありません」

「それ程までに彼を信じているんですか?」

「そりゃあなたよりは信頼できますよ」


 またしても言い過ぎた。青年の顔が見る間に険しくなる。あまつさえ、紳士にあるまじき舌打ちをしセレスに向かって忌々しげに言い放つ。


「こっちが優しくしてやってる間に従ってればいいものを……調子に乗りやがって」

「従おうにも、初手から胡散臭さ全開だったし、口を開けばボロが出るし。それを取り繕うのも下手くそだし、むしろどうやって口車に乗れと? って感じなんですけど」

「随分と口が達者じゃないか聖女様。そうやって祈りを求めるって大義名分掲げた連中相手に、もう一つの達者な技をお披露目してやってたんじゃないのか?」


 下卑た笑いを浮かべて青年はセレスの身体をねっとりと見つめる。


「男を虜にするには貧相な体つきだが、その分締まりがいいなら別の話だな」

「そうやってすぐそっちの方向で侮蔑の言葉投げてくるのって逆に語彙力少なくないです? あと短絡的。もう少し煽りの種類増やしましょうよ」

「お前……!」

「ええええこの程度の煽りで頭に血が上るのあんまりにも三下ぁっ!」

「その口今すぐ閉じねえと酷い目に遭わせるぞ!!」

「脅しの仕方も三下以下だな」


 突如割って入る声。それと同時にセレスの視界は真っ黒になった。驚きで思わず身体が傾ぐが、その背を優しく支えられる。


「ご無事で何よりです」


 耳元でそう声を掛けるのはヘルディナだ。ああ良かった、とセレスは安堵の息を吐きつつ頭に掛かったマントを引き剥がす。


「外に出るとやっぱまだ寒いですね。聖女サマも寒いでしょ? それに包まってていいですよ」

「……寒いと言えば肌寒いかなっては思いますけど」

「それ、俺のなんで。なんなら差し上げますよ」

「いらないです」

「そこは俺の香りがする、とかでときめくとこでしょ聖女サマ。乙女心騒がないんですか?」

「あなたの香りでときめくとかないですしなによりこの状況で騒ぐなら乙女心より恐怖心です!!」


 セレスが視界を奪われた一瞬の間に、青年はシークに地面に倒されて身動きを封じられている。腕を背中側で捻りあげられ、膝で押さえ付けられている。あげく、抜き身の剣が首の横に突き付けられており、少しでも抵抗しようものなら問答無用で絶命させられる状態だ。


「こわいこわいこわい! この状況で暢気に話しかけるあなたがやっぱり一番こわいんですけど!!」


 いつぞやの再現と言わんばかりの光景だ。セレスは隣り立つヘルディナに必死にしがみつく。その姿にシークは軽く片眉を上げるが、ややあって「やれやれ」とわざとらしく頭を軽く振る。


「少しでも聖女サマの恐怖心を緩和しようというお気遣いなのに」

「むしろあなたがトドメさしてますね!」

「まあ今回ばかりはちょっと俺も頭にきてるんで」

「イカレ具合はいつもと同じでは?」

「そっちの頭にきてる、じゃないですよ腹が立ってるってやつです聖女サマ今日キレッキレですね俺への悪口」

「色々鬱憤溜まってるっていうか八つ当たりっていうかまあ八つ当たりもあるけど半分はあなたが原因なんで甘んじて受けてください」

「それは勿論喜んで」

「えええ気持ち悪い」

「だからひでえな聖女サマ。なあ、お前もそう思うだろ?」


 膝下にいる相手にそう問いかけるが、当然苦悶の声しか返ってこない。


「脅しなんてチンタラしてるからこうなるんだよ。やるなら口動かす前に身体動かせっての」

「殺人教唆! ヘルディナ様今あの人わたしへの殺人教唆しました!!」

「なに言ってんですか聖女サマ。そんなのさせるわけないでしょ俺がいるのに」

「そうやって急に真面目な声で言うのやめてもらえますか!? 小動物は温度差ですぐ死んじゃうんですよ!」

「確かに聖女サマ小動物っぽいですよね。警戒心剥き出しのくせに餌だけ食べるっていう」

「ヘルディナ様あの失礼な人も一緒に捕まえてください!!」


 ポンポンと繰り広げられるやり取りにヘルディナは苦笑を浮かべるしかなかった。


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