第十夜 私に跪きなさい

 今度こそ本当に危険だと感じた。

 メイドの亜美さんとの逢瀬の営みは天国だったが、今は地獄への階段を降りている気分だ。

 直美様の嬲るような軽蔑的な視線が俺を貫いている。

 あの薄暗闇でははっきりと判らなかったが、直美様の眼の色は、まるで常闇のような黒さだった。ただ少しだけ光る眼がまるで黒猫のように感じた。

 今は、その黒猫よりも、もっと凶暴な黒い豹かそれに近い猛獣に睨み付けられた鼠というか、兎というか、そんな気分だ──。

 直美様の今宵の姿は、深紅のドレス。

 まるで血の赫のような色のドレスだ。

 彼女は更に言葉で俺を嬲り始める。


「松下さん? あなたと亜美が何をしていたのか、当ててあげようかしら? 二人して愛欲に溺れていらしたんでしょ? 亜美がこんな場所で、中途半端に下着をずらして微睡むような人ではないもの──」

「……」


 しかも、あんな恰好でへたり込んでしまっている──。亜美さんはソファに不自然な形で身体を投げ出し、気をやっているのだ──。

 しかも幸福感に溢れた表情で、しかも寝言で俺の事を話す。


「松下様──もっと私を愛して──」


 この館で『愛する』という意味は、そのままセックスを意味する──。

 もうこれでバレた。

 直美様は確信したように口にした。


「フフッ。決定的ね。亜美としていたんでしょ? 気持ち良かった──? 松下さん?」

「え、ええ──」


 俺は言葉を濁すべきか、それともあからさまに自慢話するか、まるで迷路に迷うように混乱している。

 人間は、後で、ああすれば良かった、こうすれば良かった──と後悔するもの。

 今の俺もまさにその通りなのだ──。

 

「どうしたら赦して戴けるのでしょうか?」


 やっと絞り出した言葉だった──。

 口の中は極度の緊張で渇いて、喉が異様に渇く。水を一口でも飲みたい──。

 直美様は俺の「赦して戴けるか?」という問いに答えをくれた。呆気ない程に、しかしそれは屈辱的な仕打ちだ──。

 得意気な傲慢な言葉が飛んできた。


「私に跪きなさい──。這いつくばって、私に謝罪し、その代償を払いなさい──!」

「それは──」

「細かく説明しないと解らないのね? 私の靴に謝罪の接吻キスするの。そして背中を踏ませて、雄犬みたいに私に奉仕をするのよ? ついでに首輪も着けて、散歩もしてあげようかしら?」

「クッ──」


 まるで犬だ。いや、犬そのものだ──。

 それも雄犬と罵る。くそっ──。いい気になりやがって──。

 微かな怒りが顔に出たのだろう。

 直美様のビンタが、俺の左頬に飛んできた!


「くうっ!!」

「フフッ。あなた、自分自身の立場を判っていないようね──? あなたは売り男なのよ? 客を悦ばせるのが仕事なのよ? それをメイドなんかを相手にするなんて──!」


 赦せないって事か──。

 だが、ここで投げ出したら、俺の今までは何だったんだ?

 跪き、赦しを請うしかない。

 俺は、床に膝を付き正座をする。

 直美様は紅いハイヒールをそのまま俺の口に近づける。

 これに接吻キスしろって事か──。

 俺は恐る恐る、唇を這わす。

 すると──ハイヒールに履かれた足が顔面を蹴った。


「ぐあっ」

「フフッ、ごめんなさいね。癖になってるから、蹴りを入れるの」


 俺は蹴られた所に手をやる。歯は折れてないようだ。少し口の中は血の味がする──。


「どうしたの? 接吻キスしてくれるのでしょう?」

「は、はい」


 今度は少しは誠意を込めて、まるで絡めるような接吻キスをハイヒールにする。

 しながら直美様の顔を見つめた──。

 直美様の歪んだ笑顔が上にある。


「上手じゃないの──流石、松下さん」

「靴、外して、直にしても良いのよ?」


 俺は差し出された右足のハイヒールを外す。

 タイツに覆われた足だった。

 その爪先に恭しく接吻キスを捧げる──。

 右足がキスで満足すると、俺の股間に伸ばされた。そしてグリグリ踏みつける。

 

「フフッ。ほら、早く勃たせるのよ? 私の可愛い愛犬さん」

「うアッ!」


 今度は胸板を蹴って、無理矢理、仰向けに倒された──! そして股間を踏みつけ、嗜虐的な声と言葉で、俺を玩弄する。

 

「ほら。ほら! 早く勃たせたらどうなの? いつもは獣みたいに素早く勃っている癖に!」

「うアッ! ぐうっ!」


 だが──呻く俺を観て直美様は興奮しているのか──嗜虐的な笑顔で、愉悦に歪む。

 心底愉しそうにしている──。

 直美様の旦那様だった人は、よくもこんな人を選んだな──。

 余計な事を考えていないと、俺は壊されてしまう。精神的に、肉体的にも──。

 身体は妙な反応を示した。

 こんな足攻めで、下半身の象徴シンボルは勃起してしまっているのだ──。


「フン。やっと勃ってきたようね」


 冷たい物言いとは裏腹に、俺を喰らってやるという昏き欲望が透けて見えた。

 鮎川直美あゆかわなおみの真の姿だろう──これが。

 まるで西欧にいるという淫らな精を喰らう悪魔──サキュバスと云われる淫魔に見えた。

 直美様は命令する。


「自分からそれを出しなさい。立派な息子をいじめて欲しいのでしょ?」


 くそ──どうにでもなれだ──。

 俺は堂々と見せてやった。見せつけてやった。お前はコレが無いと生きてもいけない女だものな──!

 呆れる程に勃起するそれは直美様の嬲るかも視線で犯される。視姦とはよく言ったものだ──。


「ああ──立派な息子──コレを入れたら最高の快楽よ──」


 ドレスを捲くると、驚いた事に何にも穿かれて無かった。とんだ淫乱な奥様も居たもんだ。

 そして早々に自分の花びらに突っ込んだ。

 暴力的な騎乗位のセックス。

 俺がそこでどうなろうと奴にはどうでもいいんだろう──。

 欲望のままに俺を喰らって、はしたなく精を喰らう悪魔が、この夜──俺を喰らい続けた──。

 俺は床に倒れて、視界が何処か遠くへ──暗い世界へ連れて行かれるのを──意識と共に遠くなるのを──感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る