第45話 監視カメラ



 弁天島の騒動から数時間後の深夜。


 都内の真ん中で五名もの死亡者が出た大事件に、闇に包まれた現場は忙殺されていた。赤色ランプを点灯させているパトカーの間を縫い、ウンザリした表情のヤマさんが辯天堂に到着する。愛ちゃんと一緒に、遺体へ向け手を合わせた。

「シスターが仰った通りです。大事件が発生しましたねぇ」

「遺体の損傷がエグイっす。マルB暴力団が四名と若い女性が一名、全員死亡。幾ら何だって酷すぎませんか?」

 未だに損傷の激しい遺体を見ると、気分が悪くなる愛ちゃんは眉を顰めた。どうやら暴力団員は、大量の違法薬物も所持していたようで、現場の混乱は一層深くなる。


「一番若いマルBの損傷が激しいですねぇ。銃創や刃傷だらけじゃないですか。解剖してみないと分かりませんが、腕や足の骨も複数折れていそうです」

「こんなになるまで痛めつけられるって、彼は何をやったんすかね。仲間割れだとして、この現場から逃げ出したマルBは何人くらいいるんでしょう?」

 疲れた中年男は肩を竦めて、辯天堂の社に設置された監視カメラを指差した。

「それに金になる違法薬物を、置き去りにしている点が不自然です。とりあえず、カメラの画像を回収してみないと、何とも言えませんねぇ」


 そこに苦い表情を浮かべた鑑識係が合流する。ヤマさんと同年代の彼は、社に設置されている監視カメラに、視線を飛ばすと舌打ちした。

「参った。付近の監視カメラのデータが全部、蒸発している」

「えぇ! そんな事、あるんですねぇ」

「ネットワークカメラならハッキングされれば、データを全部飛ばす事は出来るっす。でもそれは理論上で、相当なハッキング技術が無いと広範囲のデータ除去は出来ない筈っすけど」

 愛ちゃんの言葉に鑑識係は無言で頷く。

「今時アナログ監視カメラなんて、ほとんど無いからな。一体どうなっているんだ」


「ちょっと待って下さいよ。古いカメラなら画像が消されていないんですか?」

「そうっす。ネットワークと繋がっていないなら、画像データは物理的に消去しなければなりませんから」

 ヤマさんは付近で事情聴取されていた、寛永寺の係員を見つけて話し始める。そして二人は社の中に消えて行った。


「やっぱり有りました」

 数分後、戻って来たヤマさんは、鑑識係にSDカードを手渡す。

「こりゃ、何だい?」

「以前、こちらにお邪魔した時、旧式の監視カメラが社内にあった事を覚えてまして。係の方は設置してから今まで、データを確認した事がなかったので、存在すら忘れていたようですが」


「……でかした! 早速データの確認を」

 SDカードを握りしめた鑑識係は、そのまま上野署まで走り出しそうな勢いだった。その袖を愛ちゃんがチョイチョイと引く。

「そのタイプのカードなら、持ってるデバイスで対応できるっす」

 魔法の様に取り出したタブレット。愛ちゃんは受け取った、SDカードのデータを読み込ませる。


 そしてタブレットを三人で覗き込んだ。社の奥から境内に向かう画角。その中で断片的ではあるが、五人の動きが把握できる。更に金髪の短髪の人物も映り込んでいた。

「……これは、サクラっすよね」

 あまりに凄惨な画像を見て、顔色を悪くする愛ちゃん。

「何だ、マル被容疑者を知っているのか?」

「イヤイヤ、まぁまぁ。ちょっとしたカク秘機密事項なんですよ。申し訳ありませんが、このデータごと数日間忘れて頂く事はできませんかねぇ?」


 鑑識係は気味悪そうな視線を、ヤマさんに飛ばした。それから周りをキョロキョロと見渡し、わざとらしい咳払いをする。

「前回の大騒動でもお前さん、何か不思議な動きをしていたもんな。何も言わなくて良い! 俺は何も見ていないし、監視カメラなんて知らん」

「すいませんねぇ。説明できる状況になったら真っ先に、ご報告に上がりますから」

 両手を胸の前に出し、それ以上の発言を封じる鑑識係。その後、小走りで逃げ出す彼を見て、ヤマさんは小さく頭を下げた。


「流石、ヤマさん。管内の同業者に、抜群の信頼関係を築いていますね。私じゃこうは行かないっす」

「イヤイヤ、信頼関係じゃないでしょう。彼は道連れに、なりたくなかっただけですよ。しかし鑑識係さんには借りが出来てしまいました」

 下げていた頭をポリポリと掻いた。愛ちゃんはポケットからスマホを取り出すと、ユリアへの連絡を試みる。


「あれ? 飛ばしの携帯も電源が切れているみたいっす。折角、最新のサクラの情報を伝えようとしたのに、何してるんすかね」

 大騒ぎの真っ最中の現場。二人の周辺だけが一瞬、真空状態のように静まり返った。



 愛ちゃんがユリアに連絡を使用とした同時刻。


 谷中霊園近くのワンルームマンションの無機質な部屋。サクラがノートパソコンの、エンターキーをパチンと叩いた。

「これで良し。教会本部は明日、これまでの数十倍の人で溢れるだろう。マルタの一人に火を点けさせてもいいな。これでシスターは日本に居辛くなるだろうし、バチカン市国での評判も落ちるだろう。精神状態が不安定なればなるほど、付け込む隙が大きくなるってもんだ」

 品の良くない笑顔を浮かべて、サクラは伸びをする。


 そして大事件に発展しそうな、事件のタネを探し始めた。ユリアの教会本部の様に一から事件を作る事もあるが、それでは効率が悪過ぎる。大事件の予兆がある案件や人物をチェックして、それを突き回す方が時間も手間も短縮できのだ。

 そう考えると簡単な事のようだが、そうではない。ユグドラシル同盟で称号を得られる程の、実績と特殊能力がサクラにはあった。


「今の所、大きくなりそうなタネは無しっと。もう少しで夜が明けるな。ん?」

 ベランダから気配を感じた。分厚いカーテンをソッと小さく開け、外部の様子を伺う。特に気になる物は見当たらなかった。小首を傾げながら、窓の外に足を運ぶ。

 真夏の夜明け前。気温が一番低くなる筈の時間帯であるが、ジットリと蒸し暑い。舌打ちしながら、部屋に戻ろうとして彼女は眉を顰めた。

「……あの野球帽」


 どこかで見た事のある野球帽を被った男が、マンションの下の路地を歩いていた。時間帯を別に擦れば、特に不自然な事では無い。東京は二十四時間眠らない街である。何時に誰が何処を歩いていても、何の不思議も無い。

「何かキナ臭い。嫌な予感がする」

 彼女は自分の第六感に全幅の信頼を置いていた。外れれば只の取り越し苦労であるが、この予感は余り外れた事が無い。サクラは野球帽の男を眺め降ろし、暫くしてピシャリと窓を閉じた。

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