第13話 潜入開始


 欠け始めた満月が黒いビルを照らしていた。夜の帳が下りてから、数時間が経過する。呑み屋の賑わいが落着き始めた頃、シスターはユグドラシル同盟ビルの正面玄関に佇み、月を見つめていた。何かを確認し深呼吸をすると、エントランスへ足を運ぶ。


 近隣のビルは大抵、一階がコンビニやコーヒーショップ、もしくは飲食店になっている。これは東京の高い地代を、日銭を稼ぐ事で少しでも緩和させるための方策であった。

 しかし同盟ビルには店舗が入っておらず、広いフロアの二十階全てに他の事業所も無い。エントランスの案内図にも、ユグドラシル関連団体の名称しか入っていなかった。

「東京の繁華街で、この大きさの建物を維持するのに、どれだけの費用が必要になる事やら。教会わたしのところも人の事は言えないけど、ビルを見ただけで胡散臭い」


 エントランスの自動ドアが閉まった。ふと気が付いて戻ってみるが、ドアは開かなかった。広いエントランスには、六機のエレベーター以外の出入り口が無い。その時ゴウンという音と共に、正面のエレベーターが地下階から上昇を始めた。

「閉じ込められた上に、何者かの登場か」


 ユリアは腰に手を回し、一本鞭を取り上げる。エレベーターの扉が開き、うっすらと微笑んだ中年女性が現れた。声をかけるか迷った末、一歩下がって道を開く。

 女性はユリアの事が見えているのか分からない様子で、エレベーターを降り

フラフラと玄関出口に向かって歩き始めた。


 ブ・ブー……


 天井のスピーカーから、耳障りなビープ音が響く。女性は足を止め、微笑みながら振り向いた。半拍後、恐ろしい勢いでユリアに襲い掛かってきた。その速度と破壊力は、アメフト選手のタックルにも匹敵する。


 シュビ!


 ユリアの鞭が女性の足首に巻き付いた。バランスを崩した彼女は、コンクリート製の床に頭を強打する。グシャリと嫌な音がするが、フラリと立ち上がった。

「シッ!」

 シスターは女性の腰に蹴りを叩き込んだ。天使は堪らず、エレベーターの中に叩き込まれる。内部の閉ボタンを押したユリアは、エントランスに戻った。


 ガンガンガン


 中からドアに拳を叩きつける音が、何時迄も続く。恐らくビープ音が攻撃衝動を与えるスイッチで、自分で何かを思考する事が出来なくなっているのだろう。コントロールパネルの開ボタンを押す事が出来ないのも、その証拠だ。


「今の天使は、地下から来ていたな」


 ユリアは以前に取り寄せていた、建物構造を頭に思い浮かべる。地下三階まで有る筈だ。他のエレベーターの呼び出しボタンを押すが、反応しない。恐らく建物のどこかに管理センターがあり、エレベーター運行をコントロールしているのだろう。

 これまでの行動も監視カメラで、観察されていると考えておいた方がいい。


 ユリアはポーチから細長い金属片を引き抜くと、エレベーター扉の上部にある穴に突き立てた。何度か動かすとカタンという音がする。

「よし」

 ドアを押すと呆気なく、扉が開いた。ボックスの無いエレベーターホールは、縦に長い洞窟の様である。ボックスを吊るす太いワイヤーロープに、鞭を絡ませる。そのまま縦長の洞窟に身を躍らせた。


 ストン


 ユリアは地下三階に停まっている、エレベーターボックスの天井部分に降り立った。少し背伸びをして、地下二階の扉を内柄から操作する。呆気なく扉が開くが、足元が激しく揺れた。


 ズアァァ


 急スピードでエレベーターボックスが上昇を始めた。シスターは眉ひとつ動かさず、鞭をワイヤーロープから外すと地下二階のフロアへ降り立った。ボックスが彼女の上になくて良かった。ホール内で上部から降りて来るボックスに、ペシャンコにされている所である。


 地下二階のフロアは、最低限の照明しか使われておらず薄暗かった。ユリアの足音だけが広いスペースに響き渡る。出来るだけ挟み撃ちに合わない様に、広い場所を探し回ると、階段スペースを発見する。

 シスターは迷わず地下へと階段を降りた。


 地下三階へ到着した所で、天井のスピーカから音がガチャガチャと音が響く。暫くすると吸血鬼の声が聞こえてきた。


『シスター、お待たせ』

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