第8話 調査再開
激動の夜が明けた。掘っ立て小屋の窓から、朝日が射し込む。来客用のソファーの上で、ユリアは身じろぎをした。吐息からは、濃厚な酒気が漂う。掛けられていた薄手の毛布を剝ぎ取ると、身体に異常がないか手早く確認した。
特に問題が無いことに安心した所で、此処が何処であるか必死に思い出す。
朝日を背にスチールデスクへ、足を乗せ俯いている見覚えのある大男が居た。どうやら、その態勢で眠っているらしい。
「ここは…… ブルーバード探偵社か」
そう呟く彼女に猛烈な頭痛が襲い掛かった。呻き声が聞こえたのだろう。奥のドアが開き、マロウがペットボトルの水を持って来た。
「おはようシスター。大丈夫?」
差し出された水を貪るように飲むと、次に吐き気が来た。吸血鬼はもう一つのドアを指差す。
「あそこがトイレだからね」
ユリアは口を押えて、トイレに駆け込んだ。
トイレに篭った彼女は二日酔いと云う名の病魔を祓い、人間に戻るための儀式を執り行う羽目になった。五分後には何とか態勢を整える。部屋に戻ると、珈琲の香り高い匂いが漂う。
「はい、どうぞ」
マロウが差し出す珈琲を有難く受け取る。何口か含んでから、シスターは頭を振った。
「昨晩は迷惑をかけた。どうやって、ここまで来たのかを覚えていないのだが……」
「タクシーに乗せようとしたら、『絶対に吐く』って乗車拒否した事は?」
「覚えていない」
「歩けないシスターを礼が背負っていたら、『狼男と吸血鬼に誘拐される』って、大騒ぎした事は?」
「……覚えていない」
マロウが口を開く度に、シスターは小さくなって行く。
「事務所についてから……」
「マロウ、もういい」
目を覚ました大男は、大きく伸びをすると吸血鬼の追及を止めた。大振りのマグカップに入った珈琲を受け取ると、旨そうに飲み始める。
「起ってしまった事は仕方ない。大体、白酒を勧めたお前が悪いんだぞ」
明らかに小さくなっていた、シスターはホッとした様に溜め息をついた。
「本当に済まなかった。現金が余り減っていないようだが、清算させて貰いたい」
「食事代は払って貰ったよ」
「随分安いんだな」
「新しい
「
……そんな事まで話してしまったのか。シスター・ユリアは撃沈し、暫く顔を上げる事が出来なかった。
「そう言えばスマホとタブレットが、昨晩、ピコピコ鳴っていたぞ。大丈夫か?」
礼に言われたシスターは、慌てて端末のチェックを行った。暫くデータを読み込み、霞が掛かりそうな頭を強く振る。
「山口に動きがあった」
「どうして分かるんだ?」
「昨日の報告書は、受領時にデータとして本部に転送してある。それを元に他の調査員が、先に調べ始めたのだろう」
二日酔いの身体を押して、シスターは立ち上がった。しかしすぐふら付いてしまう。彼女はソッと大男に支えられた。
「契約期限は、あと一日残っている。アンタの酒が抜けるまで、調査を手伝おう」
礼が洗顔と着替えに奥の部屋へ入った。シスターはニコニコ笑っているマロウに声をかけた。
「そういえば朝でも、君は元気だな? 吸血鬼なのに日光を浴びても大丈夫なのか」
「真夏の直射日光を浴びると、酷い日焼けになっちゃうかな。冬の曇りの日位なら、全然平気だよ。でも日中は眠くてどうしようも無くなるから、僕は留守番しているね」
暫くして、着替え終わった礼が現れた。短い時間で髭剃りまで行ったようである。昨夜大騒ぎした気配は、綺麗に消えていた。
「流石は狼男。タフだな」
「シスターは着替えなくて大丈夫か? 滞在先で着替えてからでも良いぞ」
思いがけない大男の繊細な申し出に、ユリアは苦笑を返す。
「折角、君達が稼いでくれた時間が勿体ない。現場に急ごう」
人狼とシスターは朝日が照らす、ビルの陰へと消えて行った。
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