Forget - 忘却(2)
家に到着するなり、制服女子は履いていたローファーを脱ぎ散らかし、二階へと続く階段を慌しく駆け上っていった。
「ただいまー。からっぽさんは奥の部屋に入って待っててー」
「えっ? あっ!? ちょ……っ!?」
呼び止める間すらも与えられずに、玄関に取り残された私は、呆気にとられながらも指示に従って奥の部屋へと続く扉へと進む。
「赤の他人を自宅に招き入れておいて、目を離すなんて……まったく無用心だ……な?」
「……っ!? お前……誰だ……!?」
リビングらしきドアを開けて足を踏み入れてすぐ、キッチンらしき奥まった暗がりから声が聞こえ、私はそちらに視線を向ける。
そこには、私のことを困惑した表情で見つめている、寝巻き姿の少年の姿があった。
「あ……え~っと……“誰”か……。私は……誰だろう……?」
「誰」と聞かれようと、私自身がその情報を持ち合わせていないため、私はそう答えることしかすぐには思いつかなかった。
こと今という状況においてはもう少し言葉を選ぶべきだったとすぐに自省するも、その失言は少年の不信感を増長させる要因となったことは明白だった。
「なんで水着……? 泥棒……じゃなくて、変態……? 何のつもりでうちに……?」
「変態ではないけど……この格好じゃ、否定しても説得力無さそうだな……」
少年は私の様子を窺うように睨み付けながらも、流し台の近くにあった包丁に手を伸ばし、それを両手に構えて切っ先を私に向けた。
「とりまソレ、危ないからしまいなよ。私は人畜無害な善人だから安心して」
これほど防御力皆無で無防備な服装であろうと、刃物を向けられても恐怖や焦りなど沸くわけもなく、私は事が大きくなる前にと少年と距離を詰めてゆく。
「勝手に家に入ってきた人間の言葉なんか信用出来るか!? 俺に近寄るな……!! 出ていけ……っ!? こっちは本気だからな!?」
考えてもみれば、水着姿の見知らぬ人物が何食わぬ顔でリビングに侵入してきただけでなく、自分の正体を隠しながら善人面して詰め寄ってこられれば、子供でなくとも恐怖を感じるだろうし、敵意を向けられても致し方なしであると言えた。
しかしながら、このまま放っておけば変態不法侵入者などというレッテルを貼られることになってしまうため、誤解を解いておく必要があると判断した私は、さっそく弁解を試みる。
「少しは話を聞いてもらえると助かるんだけど」
――ガチャッ!
「おっ待たせー♪ 着替え持って来たよー♪」
緊迫した空気をぶち壊すように、ご機嫌な様子で再登場を果たした制服少女は、満足気な様子でその服を掲げていた。
それが誰のために持参されたものなのかをすぐに悟った私は、全てを悟ってうな垂れることとなった。
「な……っ!? 遥……さん!? き、来ちゃダメだッ!?」
「あれ……? なんでここに……? 着ちゃ……ダメ……? ああーっ!? こ、これってもしかして
「まあ、これはこれでちょうどいっか」
「ちょうど良い……? そうそう♪ コレちょうど良さそうでしょー? からっぽさんに似合うと思うんだー♪」
弁解を聞き入れてもらうためには、この家に招き入れた張本人に証言を得るのが得策であり、それが正攻法である――そう考えた私は、これ好機とばかりに制服女子に向けて歩を進める。
しかし、私のとった行動は、少年にとっては別の目的を持った行動に思われたようだった。
「そういうことを言ってるんじゃ……」
「それ以上、近付くな!! う……うわあああぁぁぁぁあああっ!!!!!」
少年は前屈みになりながら腰を低くし、息を荒くしながら一直線に突進してきた――それはさながら野生の猪のようだった。
このままいけば、少年の構える刃物が私の背中を貫く――そう悟っていながらも、私は振り返ることも避けるようなこともせず、成り行きに任せた。
――ドスッ!
「
「……っ!?」
握っていたはずの包丁は忽然と姿を消し、少年は困惑した様子ながらに自らの両手を見つめていた。
「なん……で……? どこに……?」
私はそこでようやく振り返り、少年に近づいて耳元で呟く。
「力を扱う者には、責任が付き纏う。君の行動で親しい誰かを助けられるかもしれないけど、君の行動が親しい誰かに悲しい想いをさせることになるかもしれない。覚えておくといい……なんて、記憶喪失の私が何言ってるんだって話だけど」
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