第9話「満点取って」

 黄金週間も終わり、新学年にも慣れてきただろうある日の放課後。

 この日は中間テスト前ということで、皆で部室で勉強会をしていた。


「ううううう、テストなんて無くなればいいのに」

 哲也は一足早く梅雨を迎えていた。

「あのねえ、あんたいつもそれよね」

 千恵が問題集から目を離し、呆れながら言う。


「うるせえ、大輔は毎回一位でお前も何気に毎回二十位以内にいるからいいけどさ、俺はいつも赤点なんだぜ」

「だからもうちょっと勉強しなさいって」

「そんな暇あったら稽古してえんだよ」

「この空手バカが」


「……土橋君、あなたずっとその調子じゃ留年するわよ」

 離れた席にいた結衣が近づいてきて、呆れ顔でそんなことを言う。

「え、なんで? 俺授業はちゃんと受けてるし、追試じゃ合格点になってるし」

「知らなかったの? うちの学校ではね、二年からは赤点五科目以上三回で留年なのよ。追試で満点取るか特別な事情があれば考慮されるけどね」

「えええええ!? じゃあなんで金村先輩が進級できてんだよお!」

 哲也が真向かいにいる徹を指して言った。

「俺、頭悪いけどテストはどれもギリギリセーフの点数だし、追試はマジの病欠で一回だけだったぞ」

 徹が目を細めて言う。

「そうなんですかい! って、出席日数とかもあるだろ!」


「意外にもサボってないのよね、この子。腫れ物扱いだったけどわたしの授業じゃ一生懸命してたわ」

 結衣が徹を指して言った。


「……先輩、分かりやす過ぎだぜ」

「先生は結婚してるのに?」

 哲也の隣にいた優希が首を傾げると、


「憧れるくれえいいだろ」

「ふーん、いいもん。どうせ私は大人っぽくありませんよ」

 徹の隣にいたまどかが拗ねていたら、

「いや、どっちもぺたんこだからじゃねえか?」




「あの、そろそろ勉強再開したいので、そのへんで」

 大輔が止めに入った。

「あらそう、じゃあこのくらいで許してあげるわ」

「あの、やり過ぎじゃないですか?」


 哲也は結衣の回し蹴りをくらった後、サソリ固めをかけられていた。


「この子ならこのくらいどうって事ないでしょ」

「ごめんなさい! もうギブアップ!」

 哲也は床を叩きながら言った。


「お姉ちゃんも強いもんね」

 美瑠が近づいて言うと、

「わたしは護身術習ってただけよ」

「それ違う」


「ほんとに折れそうだからやめてくれー!」




 哲也が解放された後、やっと勉強再開となった。

「ところでさあ、優希も頭いいはずなのに、なんでいっつもどれも平均点なのよ?」

 千恵が優希の方を向いて言う。

「え? なんでって言われても……うーん」

 優希は自分でも分からないようで、首を傾げた。


「不思議だよね。皆で問題出し合ってるときは全問正解してるのに」

「まさか手え抜いてるとかじゃねえだろな?」

 大輔と哲也が続けて言うと、

「そんな事しないよ」

 優希は苦笑いして手を振った。


「風間さんどうしたの? さっきから元気ないけど」

 まどかが気になったのか声をかけると、

「……やだ、優希君が平均点だなんて」

「は?」

 そして美瑠が優希に詰め寄り、

「あたしが教えてあげるから、全部満点取って!」

 優希の肩をゆすって声を上げた。

「そ、それ無理! だって大輔君ですら全教科満点なんて無いのに!」

 怯みながら言う優希。


「てかさ、美瑠はどうなの? あんた頭いいのは知ってるけど」

 千恵が尋ねると、

「あたしいつも全部満点だったよ」

「ええ本当よ。前の所から聞いてるわ」

 美瑠が答えた後で結衣が肯定した。


「す、凄え、文武両道じゃねえか」

 哲也が身震いして言い、

「言い訳させてもらいますが、僕が満点取れないのは国語だけで、大和先生がいつも意地悪問題出すからですよ」

 大輔は結衣を軽く睨んだ。


「そんな、酷い。生徒のためを思ってなのに」

 結衣が心外とばかりに言う。

「……どう考えても先生の趣味でしょ、ボーイズラブを題材にしてるし」

「それも試験のうちよ。社会に出たらもっと難問が待ち構えているのよ」

「そうかもしれませんが……なんか違うような」


「あたしは数学がちょっと不得意なのよね。他はその時によりけりだけど」

「それでも90点以上だろ、充分だってば」

 哲也が千恵にツッコんだ。


「とにかく勉強しよ。さ、優希君」

「う、うん」

 美瑠は優希の肩を掴み、席に座らせた。


「さて、わたしは職員室に戻るわね」

 結衣が部室から出ようとすると、

「え~先生、テストの問題教えてくれよ~」

 哲也がそんな事を言った。

「だーめ。そんなえこひいきしません」

「えー、じゃあ優希を好きにしていいから」

 ドゴオッ!


「そんな事させないよ~」

 音がした方を見ると、美瑠が机を叩き割っていた。


「じ、冗談だよ……」

 震えながら言う哲也だった。


「み、美瑠ちゃん、それ後で勝頼さんに言って弁償してもらうわね。それじゃ」

 結衣は逃げるように部室から出ていった。

 ちょっと気持ちが揺らいでいたようだ。


「あ、ううう。パパに怒られるよ~」

 美瑠が頭を抱えて蹲り、

「いやあのさ、机割るってどんだけなのよ」

「お、俺もやろうと思えば出来るが、あんな綺麗に割れねえわ」

 千恵と哲也が顔に縦線走らせていて、


「……僕、満点取らなかったら叩き割られる?」

 優希が要らん心配をしていた。

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