第2話

第2話

「──やります」


震える声を押し殺して、俺は答えた。心臓は喉元で脈打つ。それでも、もう決めた。


「……いいわ」


ユリはパッドを操作しながら頷いた。


「すぐに検査を受けてもらう。逃げられる前にね」


「理由が物騒すぎる……」


思わず呟いたが、ユリはまったく気にした様子もない。


「そんな顔すんなって」


ゴウが横から笑いかけてきた。ジュースパックを潰しながら、無造作にゴミ箱へ放る。


「健康診断みたいなもんだ。ただ、ぶっ倒れたら保険は効かねえけどな」


「それ、全然安心できないんすけど」


文句を言いながらも、俺は立ち上がる。やると決めた以上、もう逃げるつもりはなかった。


訓練棟への通路は、無機質な白い壁と、むき出しのパイプライン、足元から伝わる微かな振動に満ちていた。


「ここで、検査を行うわ」


「安全なんですか?」


「死人は出てないわ、今のところ」


「"今のところ"って言い方やめてください」


ゴウが小さく笑う。


「俺の知ってる範囲じゃ、骨が変な方向に曲がったやつが一人だけだな。……たぶん、大丈夫だ」


「全然大丈夫そうに聞こえませんけど!!」


まともに突っ込む暇もなく、検査は始まった。


体力測定、反応テスト、バランスチェック。一見普通の内容だが、次第に体に異変が現れる。呼吸が重い。手足が痺れる。空間が、わずかに歪んで見える。


「……なんだこれ」


苦しさに耐えながら呟くと、ユリが冷静にパッドへメモを取った。


「異常アノマリー反応、軽度」


「なにそれ……やばいんですか?」


「普通の人間なら感知できない微量のアノマリー成分に反応してるだけよ。良い反応だったから大丈夫」


「悪い反応だったらどうなるんですかっ!?」


ゴウが肩をすくめた。


「まぁ、死にはしねぇよ。びびんな」


そんなことを言いながら、ゴウは俺の背中を軽く叩いた。……軽く、のはずが地味に痛い。


検査はさらに進み、最後のテストに入った。


変異環境シミュレーション──。空間がぐにゃりと歪み、重力の向きが狂うような感覚。耳元でノイズのようなささやき声が絶え間なく流れる。


気持ち悪い。立っているだけで吐きそうだ。それでも、俺は踏みとどまった。


「ふん」


腕を組んだゴウが唸った。


「普通なら三分ももたねえな。坊主、見た目よりしぶといじゃねえか」


「適応率、予想より高め」


ユリも淡々と評価を下した。


「アノマリー耐性、一定以上。訓練次第では実戦投入も可能」


ゴウがにやりと笑う。


「おめでとう、坊主。仮免許皆伝だ」


「それ、正式なやつじゃないですよね?」


「まぁ、臨時登録だな。ゲート局の補助員扱いってとこだ」


ゴウは軽く肩をすくめる。


「いいか。ここから先は──全部、自己責任だ」


言葉の重さに、俺は短く頷いた。


どんなに怖くても、引き返すわけにはいかない。そんな気がした。


「よし」


ゴウは満足そうに笑った。


「明日から、地獄の訓練だ。泣きたくなっても知らねえぞ」


「……泣きません」


俺は強がるように即答した。でも、本当は心臓がバクバクとうるさかった。


こうして、俺──アサヒナ ジンは、

アノマリーに満ちた未知の世界へ、最初の一歩を踏み出すことになった。

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