第14話 イチャイチャ?スキンシップ?

「春、一緒に帰らない?」


 春が校門に差し掛かった後、長く歩を進め、住宅地の公園近くを通過した辺りで、天が声を掛けた。


「…天」


 鼓膜が刺激された瞬間、春は天だと認識した。凛としてどこか落ち着かせる声色。そのような特徴があった。


「よっと」


 公園に設置されたブランコから降り、天は春の元に歩み寄った。


「いつも通りの公園にいたんだね。それにしても、なんで毎回ここで待ってるの? 先に帰ってればいいのに」


 そう。天はほぼ毎日、放課後にこの公園で春を待っていた。大体、天の方が帰るのが早いにも関わらず。


「それは…。別にたまたまよ」


 頬をわずかに赤くしながら、ごまかすように天は視線を逸らした。


(たまたまにしては頻度が多すぎる気がするけど)


 決して口には出さず、さらりと春はツッコミを入れた。声に出せば、火に油は必至だ。


「それにしても、なんだか今日は嬉しそうね。良いことでもあった?」


 さすが幼馴染というべきか。春の変化に敏感に反応した。


 案の定、今日の春は気分が良かった。


「ちょっとね。自分が成長した感覚を味わえたんだ」


 実際は少し異なるが、あながち間違ってはいなかった。さすがに、時岡のざまぁが最高だったとは口が裂けても発言できない。

 

「ふ〜ん。良かったじゃない。あんまりそういった経験なかったでしょ?」


「確かにそうだけど。もうちょっとオブラートに包んでよ」


 そんな掛け合いをしながら、春と天は住宅地に沿って仲良く隣を歩く。昔ながらの付き合いなためか。歩幅はほぼ同じ大きさだった。


「春だけ気分が良くてずるい。あたしも高揚したいんだけど」


 理不尽と言うべきだろう。不満そうに天は唇を尖らせた。


「すごい言い掛かりだな。まったく筋が通ってない」


 再び掛け合いは始まる。


(まったく。天は昔から変わらないな)


 こんなことは昔から日常茶飯事なので、春は既に慣れていた。


「春の身体に触れたらあたしも気分上がるかも。だから…触れさせてもらえない?」


 一瞬逡巡したが、即座に天は首を左右に振った。


(え…。天…どうしたんだ)


 衝撃の出来事に、春は開いた口が塞がらない。信じられない顔で、天を一点に見つめる。


「らしくないのは十分承知よ!!でも、ダメ?」


 甘えるように上目遣いで、天はおねだりした。ほんのり頬や耳は赤い。


(ぐほっ。なんじゃこりゃ〜。天…、キャラが崩壊してるぞ!)


 正直、天は可愛い。幼馴染の春からも客観的にそう思う。


 しかし、ツンツンして素直ではない。そこが欠点だと、密かに春は評価していた。


(だけど、その天がおねだりをしてる。身体を触りたいと。そして、一生見れない可能性のある天の儚げな表情。これはやばい)


 最終的に、天の可愛さに春は屈した。


 どこでも好きに触って良いと、求めていないことまで勧めた。


「では、…失礼するわよ」


 恥ずかしそうに、天は春の手を握った。


 1本1本の柔らかい指の感触が春に伝わった。


(なんか落ち着かないな)


 幼馴染といっても手を繋ぐない。幼稚園の頃はたまにしていたが、小学生からまず皆無であった。


「ふふっ」


 天は学校で絶対に見せない幸せそうな笑みを浮かべた。そんな表情を春も目にした経験は過去に存在しなかった。


「あの〜。天…さん?」


 思わず、春はさんづけで呼んでしまった。それほど、今の春の顔はらしくなかった。その上、別人のように魅力的でもあった。


「はっ。なんでもないわ!」


 強引に首を左右に振り、幸せそうな表情を抹消した。いつものツンツンした表情に戻った。


「絶対にさっきのは忘れなさいよ!忘れなさいよ!」


 繰り返し焦りながら、天は念を押した。決して他言しないように。


「わかった。わかったよ」


 両手を胸の前に出しながら、抑えるように春は雑に返事をした。


「ったく。今日は本当についてないぜ」


 たまたま部活がOFFだったこともあり、イライラしながら時岡は帰路に着いていた。その際、気晴らしに普段通らない住宅地を使っていた。


「ったくよ〜。クラスメイトの奴らめ。俺の話を話題のダシにしやかって」


 ちっ。


 全力で地面に転がる石ころを蹴り上げた。石ころはころころ音を立てた。


「って。あっ!?綾瀬さん?まじで!」


 電柱に時岡はさっと隠れた。向こう側から天の姿が見えたためだ。


 流石にフラれた相手と対面するのはプライドが許さない。


「誰かといる?綾瀬さんが。あいつって—」


 時岡は驚きと同時に動揺を示した。目は大きく拡がり、口元はわなわな震える。呼応して身体全体も振動した。


「なぜだ。あの陰キャの。相席屋でいじめてやった早川がなぜ綾瀬さんと。しかも…、手を繋いでやがる〜」


 信じられないという感情が、時岡の心を支配しているようだった。その事実は一目で理解できる。


「クソ。俺はあの陰キャより魅力がないのか?ありえない。ありえない」


 春と時岡が手を繋いで歩く姿を、ただ羨ましげに時岡は見届けるしかなかった。


【キュィィー--ン】


 春の経験値のラインが青く染まった。限界まで達するなり、もう少しでレベルが上がりそうなところでストップした。


(もしかして、時岡が近くにいたのか?)

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