第5話 まず話す

(う~ん。ざまぁ経験値を上げるって言われてもどうすればいいんだろ?)


 腕を組みながら、春は西谷高校の廊下を歩く。


 相変わらず春の頭上にはざまぁレベル1いった文字と経験値のラインがあった。


 昨夜の出来事は夢でも幻でもなかった。立派な現実だった。


(ざまぁに直面するっていわれてもな~。そんなのラノベや漫画の世界だけだと思うしな~)


 正直な気持ちを口から出さずに、春は吐露した。徐々に頭は斜めに傾く。


 そうこうしている内に、春はクラスの教室前に辿り着いてしまった。


(もう教室かよ。歩きながらの方が色々考え浮かぶんだけど)


 わずかにがっかりしながらも、春は慣れた手つきで戸を開放した。


 クラスメイトからの視線が一気に集中した。しかし、毎度の出来事などで春は特に気にならなかった。


(それにしても、俺以外はざまぁレベルが表示されないんだな)


 クラスメイトの頭上にざまぁレベルは存在しなかった。以前の春と同様に何も無かった。


 そんな感想を抱きながら、春は自席に就いた。


「どうしたの?そんな深く考えるような素振りして」


 視線を向けながら、隣人の女子生徒が疑問を投げ掛けた。


「久保か。ちょっと考え事があってね」


「あ!春君!いつも言ってるでしょ!私のことはなぎって呼んでって。私だけ下の名前で呼んでるの変じゃん」


 不満そうになぎは唇を尖らせた。


「いやいや。ハードルが高すぎるよ。それにいくら1年から席が隣だからって馴れ馴れしすぎるだろ!」


「そ、それは。もういいもん!春君のバカ…」


 不貞腐れたように、亜麻色のロングヘアと青の瞳を揺らしながら、なぎはそっぽを向いてしまった。


「おーす」


 春となぎの掛け合いが終了した直後、時岡と吉岡が共に教室に姿を現した。


「おっ!時岡と吉岡!おはよう!!」


 先に登校していた陽キャが先立って朝の挨拶をした。陽キャであるため声はでかい。


「おう!おはよう!!」


 先に時岡が挨拶を返した。次に吉岡も似たような挨拶を返した。


(…あいつら)


 春の心に燃え上がるよな怒りが生まれた。リアルに昨日の出来事が脳内にフラッシュバックした。


 そんな春を時岡と吉岡はすぐに視認した。


 すると、いじわるそうに、にひっと口角を上げた。


 その行為がより春の怒りに油を注いだ。


 そんな気持ちなど露知らず、すぐに時岡と吉岡は友人達と会話を始めた。


 春の存在など忘れたかのように。


 高らかな笑い声が教室に響き渡る。


 当然、癪に触る笑い声は春の鼓膜を刺激した。受け入れたくないのにも関わらず。


(絶対に。絶対にお前らを痛い目に遭わせてやる)


 胸中で春は強く決心をする。ここが教室でなければ全力で机を叩き付けていたほどだ。


「春君?怖い顔になってるよ。何か良くないことがあったの?」


 普段見ぬ春の表情に、なぎは心配そうに瞳を揺らす。先ほどまでの不貞腐れた姿はもう消えていた。


「ああ。実はな」


 怒りからか。昨日の出来事を春はいつの間にか打ち明けた。人生で最悪の出来事の話を。


「昨日、時岡と吉岡と一緒に相席屋に行ったんだ。この学校の最寄駅近くにある」


「あぁ。あのやたら存在感のある店の」


 見当がつくのか。なぎはこくこく首肯した。


「なんで春君がそんな店に行ったの?しかもTHE陽キャの2人と」


 当然気になるだろう質問を繰り出すなぎ


 確かに、春と時岡の組み合わせは不自然すぎた。それほど彼らは今まで接点がなかった。


「時岡に誘われたんだ」


 春は淡白に答えた。


 実際に少なからず相席屋に興味があった事実を口にするのは憚られた。羞恥心がそうさせた。


「うん。それで?」


 相槌を打ち、なぎは話が進むように促した。続きがあると理解していたのだろう。


「その後、うちの学校の相川さんと他の女子と相席したんだけど…」


 そこで春は言葉を区切った。


 意図的ではなかった。から自然と口が止まった。


(ダメだ。ここで止まっちゃ。それにここで話せば少し楽になるかもしれない)


 春は期待をほんのり抱いた。


「そこで時岡を中心に陰キャであることや年齢=彼女いない歴をバカにされたんだ。しかも明らかに見下した感じで」


 相席屋での場面を回顧しながら、春はつらつら言葉を紡いだ。春の予想した通り言葉が口から紡がれるたびに不思議と心が楽になった。

 

「相川さんを含む女子達も軽蔑した態度を示したんだ」


「…へぇ~」


 一方、なぎは黙って話を聞いていた。そして、途中から目のハイライトが消えた。表情も話が進むごとに硬くなった。


「久保?」


 なぎの表情の変化が気に掛かり、怪訝そうに春は名前を呼んだ。


「ああっ。ごめんね」


 なぎはすぐに表情を戻した。目のハイライトも輝きを放ち始めた。


「ああ。それでな」


 最終的に、朝のホームルームが始まるまで春は話し続けた。蓄積した鬱憤を晴らすように。


 だが、なぎの表情やハイライトは時おり変化していた。


 しかし、今度は一瞬で消えたから春の目には映らなかった。


 さらに、しゃべりに夢中になっていた点も大きな要因だった。

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