思い出の国のイブ
凪司工房
1
腰まである背の高い草をかき分けて歩み出ると、くすんだ白の太い支柱が二本、そびえていた。アーチ状になったゲートだ。そこかしこが縞模様に
五分ほどで前方に大きな円に十基のゴンドラがぶら下がった観覧車の姿が見えてきた。まだ落ちることなく、風に揺られている。元は何色だったのだろう。塗装が剥げ、錆びついて、全体的に黒ずんで見える。
舗装路は広場に繋がり、木製のベンチが二脚現れたところで夢月は空からふわり、と何かが落ちてくることに気づいた。
――
そう思ったのだけれど、見上げた視界に入ったのは紫の埃に似たそれではなく、虹色の輝きを表面に浮かべたシャボン玉のような球体だった。それがゆらゆらふわふわと降下してくるのだ。やがてベンチの後側へと落ちて一度だけ、跳ねた。それが転がる。
夢月はバレーボール程の大きさのそれの前に屈み込むと傘を置き、両手でそれを掴む。球体の内側で何かの像が動いていたからだ。ぐっと顔を突き出して覗き込むと、吸い込まれるような感覚で周囲にその光景が広がった。
全身が震えるような大きな震動だった。花火が上がったのだ。それに対して集まっていた大勢の人たちが大きな口を開けて喜ぶ。誰もマスクなんてしていないし、中には抱き合っている人たちもいる。多くは家族連れだった。観覧車の内側の円が向日葵のように黄色く光って見える。それで夢月にはかつての遊楽園なのかな、と思えた。人の輪の中心にいたのは頭の薄くなった一人の男性だ。特徴的な団子鼻で、細い目をもっと細くして微笑んでいる。
これは何なのだろう。声こそ聞こえないが、何かを祝っているイベントなのだと想像できた。奥の観覧車乗り場の前には行列ができていて、係員が旗を振りながら何か叫んでいる。
それは夢月の知らない景色だった。もうずっと昔、それこそ夢月たちの生まれる前に、この世界では外を気軽に出歩けなくなってしまった。
――あっ。
鳴り響いた警報で我に返る。町内アナウンスが近所のスピーカーから割れて聞こえた。穢れ雪警報が出たのですぐに屋内に入って下さい。繰り返します、すぐ屋内に入って下さい、と。
夢月は慌てて傘を構えると、逃げ出すようにしてその場を立ち去る。一度振り返ると、空から落ちてくる紫色の綿ぼこりに混ざって先程見たあの不思議なシャボン玉が幾つか落ちてきていた。
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