アンドロイドな秘書

しん

第1話 金のなる木

1ー1

 産業用ロボット大国、日本。

 その中で業界トップを走り続けるのが、スパークル機械工業株式会社、私の勤め先だ。物流、環境エネルギー、インフラ、災害……、様々な現場に貢献するロボットだが、最近は掃除や調理など、家庭内で活躍する人型ロボット、つまりアンドロイドの取引が伸びている。

 そんなアンドロイド製作の心臓部は、なんといってもロボット開発事業本部内の研究所だ。

 当研究所では目下、過去のヒット商品「アンドロイド受付 コンチャー」、「家事手伝いロボット メイディー」に続く新型製品「アンドロイド秘書 アンディー」の開発に取り組んでいるが、新型として求められる水準も非常に高く、未だ商品化には至っていない。

 アンディー開発は、今やアンディー開発事業部として独立。もとあきら社長が直接率いる直轄の部署となり、開発は社内の至上命題となっている。

 製品の特性上、秘書課からも協力者が必要との事で出向いているのが、私。  

 今朝は大事な儀式があるから、早起きして準備している。


 それにしてもこの2ヶ月、あっと言う間だった。

 様々な場面に適応させ、秘書としての役割をインプットさせる必要があるから、常にアンディーと行動を共にする必要があった。

 一緒に社内会議に出席するばかりか、学校や保育園、病院や役所、駅やショッピング施設等、あっちに出掛けてはアップロード、こっちに出掛けては報告書作成で、息つく暇もなかった。

 だからこうやって、バルコニーでゆっくり朝の景色を眺めるのだって、いつぶりだろう。せっかく買ったマンションなのに、忙しすぎて家を満喫できていない。それだけ無我夢中で働いていた証拠だが。

 そう言えば、初めて研究所内の「秘書塾」に行った時は1月でまだ寒かったのに、もう春の気配がする。            

 ゆっくり伸びをしながら眼下に広がる公園を眺めていると、一人で体操をしているおじさん、犬の散歩中の夫婦、自転車通学中の学生、それぞれの朝を迎えていて、穏やかに一日が始まろうとしている。

 部屋に戻り、コーヒーを飲みながら今日の儀式のために雪乃さんからもらったメモを確認する。

 河合かわい雪乃ゆきのさんは研究所で副所長をしている。ひと昔前のいかにも研究者って感じの風貌で、50代前半くらいだろうか、髪はボサボサで丸眼鏡、でも肌は真っ白で綺麗だし、実は美人だと言う事、私は気付いている。研究熱心で、一緒に仕事をしていると私まで触発されて、頑張らなきゃと言う気持ちになる。すごく素敵な女性。


 メモには4つ、今日の注意事項が書いてあった。

1、髪はストレートにセットしてね

2、化粧はナチュラルに、口紅は赤系だけど派手過ぎない色

3、着替えやすい服装で来てね、研究所で服を支給します

4、靴は黒、ヒールは4~5センチ


 アンディーは、ゆくゆくは顧客の好みに合わせたカスタマイズも可能になるだろうが、初期設定としては万人好みの外見とするらしい。

 鏡の前で自分の顔を見ていると、その手の外見は確かに私向きかもしれないと、少し自惚れてしまう。

(要するに、清楚系秘書を求めているのよね)

 メモ通りの外見に整えて、部屋を見渡す。

 やっぱり自分の城っていい! と、改めて思う。

 以前住んでいた賃貸マンションも住み心地は悪くなかったが、キッチンの狭さ、セキュリティの甘さ等、少しずつ不満が蓄積されて、思い切ってマンションを買った。インテリアにもこだわって、腰窓には木製ブラインド、掃き出し窓にはベージュのカーテン、チーク素材のダイニングセット、好きなものに囲まれた空間に住むだけで、仕事の励みになるってものよ。

 そうだ、金のなる木にお水をあげなきゃ。

 同期の瀬川せがわ建志朗けんしろう(ロボット開発事業本部の営業担当)から、引越し祝いでもらったのだけど、ぷっくりした葉っぱは可愛いし、水遣りの頻度も少なくて良いから管理もしやすく、とっても気に入っている。

「たーくさん、お金が舞い込みますように」

 水遣りを終え、時計を見るともう8時を過ぎている。出る時間だ。

「いってきまーす」

 誰もいない部屋に向けて声を出し、玄関扉を開ける。

 私、あんの、長い長い一日の始まりだった。

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