第68話 亡霊

 船内探検中の紫水はある気付きを口にした。


「想像以上に広いなこの飛行船」


 乗客者が立ち入り可能なスペースの多さに向けての言葉だった。

 1人用映画シアターやカラオケボックス、足湯にオシャレなバーまで。

 改めて最近の技術は発展したと強く実感できるものばかりだ。


「みんな各々の自室にいるみたい」

「とりあえず、俺は宮内さんに話を聞いてみるよ。ミユは白薔薇とこのまま船内を調べてくれ」


 ミユと白薔薇はこくりと息ぴったりに一つ頷き、一度別行動を取ることになった。


「今、お時間大丈夫ですか~? 宮内さん」


 紫水は『宮内様』と札に書かれた部屋の扉を丁寧に3回ノックしたが、返事はなかった。何なら物音一つ聞こえてこない。

 きっと音楽でも聴きながら外の景色でも見て楽しんでいるのだろう。

 1分ほどその場で何もできずに、そんなことを考えて待っていた紫水は、限界を迎え、他の部屋の人に話を伺うことにした。

 ……。

 展望デッキ。

 タバコを吸いながら景色に浸っていた男を見つけた。


「ちょっとよろしいですか? 山下さんですよね」


 ミユの書き記したメモの特徴にあった『金髪の男』から、紫水は容姿と名前を一致させた。


「あの小娘のツレか?」

「兄です。単刀直入に聞きたいことが1つあるのですが」

「いいぜ、俺も何か面白そうなことに首をつっこむのは好きだ」


 紫水はふと山下の手を見ると赤く腫れた跡があったのに気が付いた。


「その手、どうしたんですか?」

「スーツケースに手を挟んだんだよ……。部屋のロッカールームに何でか知らんが、ヒヨコの大群がいてな……驚いて後ろに飛んだら、もうこれよ」

「それは災難でしたね……」


 山下はタバコの火を消し、近くのテーブルに腰掛けた。


「それで本題ですが、さっき友達がこの招待状を拾ったんですが、人数が合わない気がします。幹事の神田さんは今日来てないのですか?」

「……は?」

「?」


 紫水は山下の反応に驚いた。

 話を続けると、どうやら山下は幹事をたまたま目にしていないだけで、来てはいるのだと思い込んでいたらしい。


「じゃあ、他の人たちも幹事の神田さんは来ていると思い込んでるってことですか?」

「それは……聞いてみないとわからん」


 船内には寒いほど冷房が効いていた。

 それなのにだ。

 山下の頬には滝のような汗が流れていた。


 紫水は夏休みに入る直前に、堂本に簡単に修得できる読心術を教えてもらっていた。

 しかし。それを遣うまでもなく、紫水は目の前の山下を見て断言できた。


「何か隠してますね?」


 やはり神田という人物に何かあるのだと確信した紫水。

 黙り込んでしまった山下をさらに問い詰めようとした瞬間だった。


「ちょっと! 誰か来てええ~~!!」


 客室の方から本日2回目の悲鳴が聞こえたのだ。


 現場に紫水と山下が辿り着くと、そこには乗客全員が既に集まっていた。

 星新菜の部屋。

 悲鳴の原因は、部屋の床に広がり続けていた水だった。


「水道管が故障したのか??」

「いえ、紫水様。おそらくですが、流れないティッシュペーパーなどの固形物が配管に詰まったのかと」


 白薔薇はトイレからあふれでていた水を指差して、説明した。


「止まるのか?」

「はい、私にお任せを」


 白薔薇はそう言いながら部屋のベッドの上でしくしくと泣いていた星を外へと抱き抱えて運んだ。

 紫水や他の人たちも扉の手前まで下がり、白薔薇を見守ることにした。

 すると、しばらくして。

 白薔薇は手でグッドサインを作り、ゴム手袋と清掃マスクを外して笑った。


「凄いよ! 朝ちゃん」

「一応超一流のメイドですので!」


 白薔薇のお陰で水漏れ事件は解決した。

 しかし。

 またしても、疑問が残った。


「しかしおかしいですね……」

「何がだ?」

「詰まっていたのはやはり大量のティッシュでした。泣いていた星さんに聞いたんですけど、そんなの流してないし、トイレにはまだ一度も行ってないと」

「誰かが故意にやったと?」

「はい……」


 紫水は廊下を出て、辺りを見渡すと、周りに誰も居ないことに気づいた。


「他のみんなは?」

「裏デッキにいるよ」


 ミユが言った裏デッキとは先ほどのレストランに付随していた広いなデッキとは反対の、小さなバーのあるデッキのことだ。


「あんたがやってるんでしょ! こんなしょーもないこと!!」


 裏デッキに向かうと、先ほどまで泣いていた星が落合と思わしき特徴の男の服を掴んでそう問い詰めていた。


「証拠はあんのかよ! 証拠は!」


 犯行を疑われた落合は当然ヒートアップし、声を荒くしていた。


「落合、あんた小学校の頃ずっとイタズラしてたじゃない!」

「そんなの昔の話だろ? 俺らもう二十歳越えてんだぜ?」

「じゃあ誰がやったのよ……!」

「はいはい、落ちついてよ~」 


 ミユが間に挟まり、2人は少し距離を取った。


「神田だろ……これ」


 それを見ていた山下がボソリと呟いた。


「「…………」」


 全員が神妙な顔つきで下を向いていた。


「どういうことですか? 幹事の神田さんは今日来てないんですよ?」


 紫水は先ほどの山下との会話の確認をみんながいるここでまた再確認しようとした。


「そういえば、俺は見てないぞ?」


「私もだわ……」


 ……。


 誰も見てない。

 船内を探しても見つからない。

 幹事の神田さんはやはり不在。


「じゃあやっぱり、神田が死んだって話は本当だったの…………?」


「!?」


 誰も見てないと知った時、神田さんはおそらく体調不良か急ぎの仕事が入ったのかと思っていた紫水だったが、星の今の「死んだ」という言葉を聞き、鳥肌が全身に走った。



「犯人は神田の……」



 刹那――


 船内はたしかな緊張感に包まれた。

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