第31話 あやしげな影
――時は遡る。
ミュージアム・エッグサファイア展示会場に取り残されたミユは人々の混乱をただ眺めるばかりだった。
怪盗レーツェルの姿を確認せずとも、エッグサファイアが再び盗まれたという声と豪快に破壊された会場の壁によって、彼が来たということをその場の全員が察知した。
『本物』を一目見ようと人々は外へと押し流れていったのを靖国は仕方ないという表情をしている。
「やられたな」
「エッグサファイアは返ってくるよ。レンが大丈夫って言ったんだもん」
絶対に本人の前では話さない信頼の言葉をミユは自信満々に言った。
『怪盗レーツェルにエッグサファイアをただいま盗まれました。怪盗は既にこのミュージアムのどこにも潜んでいませんのでご安心ください。外に混乱を出さないためにも、どうかお静かにご対応をお願いします』
全館避難誘導をするべきところを、靖国は1つのアナウンスで済ませてしまった。怪盗を追うなとも、騒ぐなとも伝えずに。
「ほら、みんな外に行っちゃったじゃない。これじゃあ混乱でしょ?」
「これは混乱じゃない。例えるなら、推しのアイドルをどこまでも追いかけようとするファンだ。館内の安全は全員が理解している。ならば後は好きにさせるさ」
やっぱり変な人だとミユは思った。
ミユにとっての『変な人』とは褒め言葉だ。普通の人にはできない、効率や利益を優先させない、何か大事な考え方を持っているのは素敵なことだから。
「――――?」
外の様子を見に行った靖国に目をやるミユは違和感を感じ取った。
客の混乱でも、緒方の仲間が現れ不審な行動を取り始めたわけでもなく、怪盗レーツェルが戻ってきたわけでもない。
それは。
文字通りの違和感だった。
全ての客がどこかに電話をかけ、現状を伝えるか、写真か動画を撮ろうと外へ駆け出している中、その流れを無視しながら奥のロボットコーナーへと急ぐ者たちがいた。
進行方向は明らかに出口とは逆。上から下まで黒を身につけた2人組は共通して銀色のアタッシュケースを手にしていた。
そこには黒く描かれたカラスのような鳥の模様がとても印象的だった。
「カラス……じゃない……?」
ミユは目を細めてもう一度よく見ると、それはカラスによく似た鳥、空想上のキャラクターのようだった。
「足が……3本……? とにかく追わなきゃ!」
ピー♪ ピー♪ ピー♪
足を1歩踏み出した瞬間、ズボンのスマホから着信が聞こえ、その場で立ち止まった。
それは紫水からの電話だった。
『ミユか? エッグサファイアが盗まれたらしいな。優奈ちゃんとレンは無事か?』
『それは大丈夫なんだけど、今怪しい黒服の男たちがいて……』
『レンは今何してる?』
『怪盗を追って……。優奈も行っちゃった』
『ってことは今1人か。なら駄目だ。それが例え二次事件だとしてもだ』
『わかった』
◇◇◇
しばらくして、レンと優奈はミュージアムの、ミユのところへと戻った。
レンは靖国に取り戻せたエッグサファイアを預け、簡単に事情を話した。
「ありがとう、黒瀬レン。怪盗の捕縛ではなく、エッグサファイアを優先してくれて」
「ホントは両方コンプリートしたかったんだけどね~。怪盗レーツェルとの死闘でね……」
「え?! 戦ったの? レン!!」
ミユはレンに言い寄る。
「もちろん! 名探偵VS怪盗……そのお約束は戦いがずっとこの先も続くこと。今回はボクが優勢だったね! エッグサファイア取り返したし!」
レンはスラスラと話した。
「でも……死闘ってわりにどこもケガしてないけど、」
「ふふっ、ミユったら純粋~!」
「――――え、噓?」
ミユは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でレンを見た。
「冗談だよ~ん! また引っ掛かったの~!!」
「このおちゃらけ女!」
「ベ~っだ!」
こうして、緒方と怪盗レーツェルのエッグサファイア騒動は幕を閉じた。
ミュージアムはセンサーの強化および壁の修復とそのもろもろにより、1週間の休業を全国に伝え、今回の騒動をまとめた。
緒方、怪盗レーツェル両名による、被害者は0名。
混乱での転倒による軽い負傷者は2名。
損害は怪盗レーツェルによって破壊されたクレーン型ロボット1機と新型超小型ハングライダージェット1機……。
そして。
エンジニアAIロボット1機。
いわば。
ロボットを作るロボットだ。
この1機のみどういう経緯で無くなったのかが依然判明していない。
◇◇◇
「組織の任務外の行動は慎め」
「これは今後の任務で絶対に役に立つよ」
「だからこれは任務内と言いたいのか?」
「そそ! それに僕たちはタッグ。行動は常にともに、だよ」
(4章終わり)
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