Fiction(フィクション)

「真実の塔」

 ――いさむは、どうして自分がこの場にいるのかわからなかった。


(おかしいな、俺は帰るための電車に乗り込んだはずなのに)


 肩にかけたショルダーバッグ、厚い封筒の入ったクリアケースもそのまま。


 ――しかし、目の前に広がるのは奥行きのある建物。


 ステンドグラスから陽光が差し込み、廊下に立つ修道服を着た女性を囲むかのように周りには勇を含めた五人の人間が立っていた。


『皆様は、当医療教会の定める治療プログラムに参加していただきます』


 褐色の肌を持つ修道女シスターの言葉に「いや、ちょっと待て」と、慌てたように一人の男性が進み出る。


 見れば男性は白衣を着ており、首から下げた聴診器を揺らし、話しかける。


「俺は医者だが、医療教会なんて団体は聞いたことがない。クリニックに予約している患者が待っているんだ。今すぐに帰らせてくれ」


 その言葉に『不可能です』とシスター。


『当方は治療の必要な方を呼んでおります。プログラムのお済みでない患者さまは帰せない決まりとなっております』


「帰せないって…俺は医者だし、健康そのものだ!」


 声を上げる医者を名乗る男に『プログラムを終えた方のみ帰っていただく決まりです』と、例外は認めないと言わんばかりにシスターは周囲へと向き直る。

 

『では、プログラムを始めます』


 ついで、祈るように両手を合わせると――途端に足元が揺れ動く。


「あ、なんで?」


「やばい、足元が」


 周囲から湧き上がる声、声、声。


 気づけば、勇たちのいる足もとの大部分が崩れ去り、ぼんやりとしたあかりの灯る空間に勇たちは取り残されていた。


『ここでは【真実】を話されることをお勧めします』


 上から聞こえるのはシスターの声。


『また、【不安感】や【不信感】は身を滅ぼします、ご注意ください』


 暗闇の中で目を凝らせば、明かりの正体はパソコンやスマートフォンといった電子機器であり、バランス悪く積み上げられたそれらは底なしの谷から勇たちの足元を支える、危うく歪な塔のように見えた。


『――それでは、三名様。帰還をお待ちしております』


 聞こえなくなる、シスターの声。


(…なんだ。まるで、悪夢でも見ているかのようだ)

 

 呆然とする勇に「ねえ、誰かドスちゃんを助けてよお!」と声がした。

 見れば、勇の近くにある塔の上で女性が自身を撮りながら声を上げている。


「なんかあ、ドスちゃん気づいたら【医療教会】ってところにいてえ。治療プログラムとかいう訳のわからないものに参加するために拉致(?)されているかもしれなくてえ、誰でも良いから情報ちょうだいよお…!」


「あ…上の画面」


 別の女性のものと思しき、か細い声。

 それに従い上を見れば、天井からは三面のモニターが下がっている。


 ――そこには勇たちの顔や全体が表示されており、どれもライブカメラのように横に文字が浮かんでは上に流れて行く様子が映し出されていた。


「え、マジ?画面的にはいつものチャンネルっぽいけれど…あれ、これ。どっかの番組がやってるヤラセとか?」


 だが、彼女がそうつぶやくと同時に足元が大きく揺れ、積み上げられた機器の一角が崩れる。


「ふわぁ!?」


 声を上げるドスちゃんを名乗った女性。


「…なるほど【真実】か」


 みれば、勇の立つ場所のちょうど斜め向かい。

 アロハシャツの男性が足元のバランスを取りつつ、顔を上げる。


「ここではなるべく本当のことを言った方が良いだろう。さもないと足場が崩れて全員下へと真っ逆さまだ」


「なんだと?」


 その言葉に驚いた声を上げる医者だったが「…それ、本当かもしれません」と、先ほどから、か細い声を上げていたフードで顔を覆った女性が上を指す。


「上の文字…視聴者からのコメントが流れているみたいなんですけど…そこで、さっき彼女が言っていた【医療教会】の名前が何度か出てるみたいで…」


「え?」


 見れば、確かに画面には『医療教会、ホンモノ?』や『【医療教会】…ヤバいこと課してくる宗教団体。指示に従わないと死んじゃうらしい』と外部から寄せられた情報が流れていく。


「…『シスターの言うことは多分、事実』、『ヤラセと言ったとき揺れてたのは目の前で起こっていることが事実だったから?』って…じゃあこれ、冗談じゃなくて、マジなワケ?」


 途端に怖くなってきたのか、自身の持つ自撮り棒を強く握りしめるドスちゃんに「…いや、そもそも」と医者がアロハシャツを睨みつける。


「お前、何か知っているんじゃないのか。まさか、その【医療教会】とやらの回し者とか?」


 しかし、それを言い終わる前に地面が大きく揺れ、足元の一部が崩れる。


「…まさか、俺を疑っているのか?【不信感】は持つなと言われていたのに?」


 不敵に笑うアロハシャツに「当たり前だろ?」と吐き捨てる医者。


「こんな場所にいる以上、冷静になんてなれる方がおかしいんだよ。なのに妙に場慣れしたような口調で命令なんか出しやがって…」


 それに「残念ながら、こっちはしがない記者でしかねえよ。お医者さま」と、肩をすくめるアロハシャツ。


「それと、これ以上は下手なことを言わない方が良いと思うぞ…腕、見ろよ」


 医者はそれに「腕…?」と袖口を見るも途端に「あ!」と叫んで振り回す。


 見れば、いつしか医者の腕は鉄板とスプリングがごちゃまぜになったような、不恰好な代物へと変化していた。


「おそらく、この場で【不信感】や【不安感】を持ち続けると周りのガラクタのように体がスクラップ化しちまうようだ」


 冷静なアロハシャツの言葉に「ちょっと待ってよ。何を根拠に…ゲッ!」と声を上げるドスちゃん。


 みれば、地面にうずくまるのは先ほどのフードを被った女性。


 …だが、その顔の大部分がすでにスクラップ化しており、ネジと歯車に侵食されながらも整った顔立ちを保った彼女はポロポロと涙を流す。


「私…人じゃ、無くなるの?」


 その横顔に勇はなぜか胸のざわめきを覚え、医者は「ありえない、こんなことはありえないぞ!」と声を上げながら彼女に詰め寄る。


「このまま無機物になることなんてありえない。非科学的で非合理的で、こんなことは、決して、あり得るはずがなくて…おい、女。その顔は何かの間違い…」


 叫ぶ医者に反し、何度も揺れる足場。

 電化製品の山はますます崩壊を起こし、勇たちの周囲が狭まっていく。


「ぐっ…ん?ちょっと待て。お前、まさか…」


 そして、医者がフードの女性に手を伸ばす直前。


「さっきから、テメエ。間違い、間違いってうっせえんだよ!」


 怒号とともに棒が伸び、医者の顔面を強打した。

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