田中角栄を肴にの巻(八話)
へなへなと、毛沢東は老子に喝を入れられ、しょげ返ってしまった。
まったくもって歯が立たん。新中国建国のわしでも、赤子の様じゃたわいと。
鬱憤晴らしに誰かに当たりたい、そう思ったのである。
誰がいい、大物がいいな、この際は外国のにしたろかいな。
ここは総理、子飼いの周恩来に相談やな、ってな感じで……
毛沢東「おい、お前の手引きで老子様と謁見することは出来たがな、その……」
「大恥を掻いたわい。陰陽二元論を教わったはいいが」
「わしの色ボケが見抜かれて、喝を喰らったわい。主席に喝ぞ」
「下界にいた頃は勿論、まさか天界でな、こいは青天の霹靂じゃて」
周恩来「毛大兄、諸氏百家の一人に会えただけでも、充分ではありませぬか」
「そもそも、若返りの術、素女経の奥義を聞こうとすることが、すでに」
「あの性書は、やはり、まずかったんでは、まして、老子様にとなると」
毛沢東「うん、今は大いに恥ておるわい。穴があったら入りたい」
周恩来「天界に来てまでも、欲あり。まあ、そのうちに昇華されましょう」
「その、まだしも老子様だったからいいものの、これが孔子様だったらと」
「大恥では済みませんぞ、日本で言うところの、あれもんですぞ」
毛沢東「ん、何、日本。そかそか、いい事を思い付いたわい」
「我が国侵略の小日本めの、誰かに鬱憤晴らししたろかいや」
「話はこうなったわいな。周恩来よ、誰がいい?」
周恩来「したらば田中角栄は如何かと。中日国交正常化の井戸掘りの恩人ですけど」
毛沢東「いや、あの男は農家の出じゃ。わしと同じで、土の味を知っておる」
「米一粒の有難味をな、わしかて麦の落穂拾いに精出したもんや」
「それに、わが中国の白酒をこよなく愛してくれておる」
周恩来「でも、大兄、あの男は中国侵略でやって来ましたぞ」
「はたして人民に、いかなる所業をしでかしたか、この際、聞いてみては」
「それに、まさか東条英機と喧嘩する訳にもいきますまいに」
毛沢東「田中先生には大恩がある。中南海での小一時間のやり取りが懐かしいわい」
「いい四川のマオタイを呑ませてやったわ、75度のな」
「今から思うと、泥酔いさせて戦時賠償するなんて、言わせれば良かったな、はははっ」
「今のは冗談や。先生は苦労人だ。すぐ中国に飛んで来てくれた」
「お互いにとっての、まさに大同小異についてくれたのう」
「では、やんわりと、大陸での悪行、いやいや所業について聞いてみよかいな」
周恩来「私の思いのなかでは、国交正常化の調印式の時、思いっ切りと握手されました」
「癌で病身でしたぞ。いやー、本当に嬉しかった、これで中日が始まると」
「あの、ご迷惑をお掛けして発言には、怒り心頭でしたがな」
「まあ百歩譲って、あれは日本政府の原稿の、そのまま読みとしましょう」
「田中先生の真意を確かめてはくれませぬか。あの下りで癌が悪化しました」
毛沢東「わかったわい。三八銃が何人に命中したか、娘子どれだけ泣かせたか、聞くわいな」
「周恩来よ、お前の為にも田中先生と会う事とする」
「近いうちに手筈を頼むぞ。やんわりと、聞いてみるわい、待っておれ」
周恩来「はあ、お任せくだされ……」
毛沢東は、一度だけ田中角栄と会っている。
国交正常化交渉がまとまるとみて、田中ら三人を中南海の書斎に招いた。
部屋の前で立って出迎え、開口一番、冗談で場を和ませた。
愛用のタバコには手を触れず、終始、大布団の様に振る舞った。
田中は会見の後、廊下で鼻血を出した。毛沢東の風圧にやられたのである。
さて、今度は天界での会見となる、喧嘩にならなければよい。
まあ、二人は色好きである……
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