竜を追いかけてⅡ〜囚われの竜たち〜

依月さかな

0章 プロローグ

人生最悪の日に出会った運命のひと

「キミはボクの運命のひとなんだ」



 朝起きると、すぐ目の前に美少女が立っていた。

 彼女はにこりと笑うと、ぽかんと口を開けたままのおれにそう言ったんだ。


「……はい?」


 いやいやいや。意味が分からない。そもそもこの子、誰……?


 おれより少し年下、なのかな。

 水色のワンピース姿の彼女は華奢な身体で、明らかにおれと同じ子どもだった。肩より長い藍色の髪に、おれをまっすぐに見つめてくるきんいろの瞳。そして、なぜか靴もはいていなくて裸足だった。


 印象的な……っていうか、インパクトが強すぎる女の子だ。


「えっと、人違いじゃないかな」


 言っておくけど、おれに女の子の知り合いなんかいない。異性の知り合いは母さんくらいなものだ。


 普通じゃない暮らしをしてきたせいか、おれは友達が一人もいない身の上なんだよね。……うん、自分で言っててだんだん悲しくなってきた。


「ううん、違わないよ。だってキミ、アサギでしょう?」

「たしかに、おれはアサギって名前だけど……」


 どうして、知っているんだ。まだ一度も、名乗っていないのに。


 背筋が一気に凍った。心臓が波打ち、指先が震えた。


 何だこの子は。

 あいつらおれをこんなところにだけじゃなく、彼女を使って何をするつもりなんだ。


 警戒して、おれは彼女と距離を取ることにした。座り込んだままじりじりと後退する。彼女はおれを見てるだけで動く様子はない。


 女の子を牽制しつつ、さらに距離を取ろうとした時だった。


 手に触れてたシーツの感触が急になくなった瞬間、おれは背中から床に落ちた。


「うわあ!」


 後頭部に激痛。ゴチンと鈍い音が聞こえた。


「アサギ、だいじょうぶ? すごい音したけど」


 しまった。忘れてたわけじゃないけど、おれは今起きたばかりでベッドの上にいたんだった。

 どうして得体の知れない女の子の前で、おれは無防備な姿をさらしているんだ。


 首を傾げて、気遣うような声で彼女はさらに距離を詰めてくる。


「近づくな!」


 ここで武器のひとつでも持っていたらよかったのに。

 ないものねだりしても仕方ない。せめて声を張り上げて、牽制するしかない。


「おまえ何者だ。知り合いじゃないのに、どうしておれの名前を知ってるんだ」


 強く、睨みつける。

 人さらいの仲間なんかに屈するものか。両親からおれを引き離し、友達の竜を奪った悪党なんかに。


 きんいろの両目を丸くして驚いた顔をした彼女は、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。まるで、機嫌の悪い子どもをなだめる母親のように。


「……ずいぶんと辛い目に遭ったみたいだね。心配はいらないよ。ボクはキミの味方だから」

「そんなこと、信じられない」


 そうだ、信じられるものか。

 いくら可愛い女の子が相手でも、すぐ信じるほどおれはマヌケじゃない。


「ウソは言ってないよ? ボクはアサギの力になるために来たんだ」


 そんな優しい顔で言ったって、おれは誤魔化されないぞ。味方なんているはずないんだ。


 それに。


「おまえが一人で来たからって何ができるんだよ。おれもおまえも大人の前では非力な子どもだ。どう抗っても今の状況が良くなるはずはないよ」

「誰かに、そう言われたの?」

「……!」


 なにも返せなかった。完全に図星だった。


 目をそらして押し黙っていると、女の子はしゃがみ込んでおれの顔をのぞき込んできた。

 不満げに見返すと、彼女は花が咲いたように可憐に微笑んだ。


「ボクが来たからには大丈夫だよ。アサギはボクにとって運命のひとだから」


 また〝運命〟か……。つくづく、おれはその言葉と縁があるらしい。


 だけどこの時、おれはまだ分かっていなかった。いや、分かろうともしていなかった。

 彼女は間違いなく、人生最悪の日の出会った運命のひとだったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る