そんな朝
「貴方、大丈夫!」
「大丈夫だけど、どれくらい寝てた?後、高槻先生、胸から手をどけてください。」
驚いた顔の高槻は、素直に俺の胸の上から手を引き、代わりに聴診器や触診で脈や身体を調べている。声もそうだが、ベッドの上に座った時点で、座高が前より低くなっている事から、あれは夢ではなく現実だったんだとわかってしまう。
時計をチラリと見れば、時刻は0時20分頃。変わって起こされるまでに20分、覗くなと言った鶴の気持ちが少し分かったような気がする。
「莉菜、嘘じゃなかったろ?」
「司・・・、よね?中身も。」
「あぁ、見てただろ?外見は変わったが、中身は黒江 司。君の夫だ。」
そう言うや否や妻が高槻を押しのけて、泣きながら胸に飛び込んでくる。泣いている妻の背をトントンと、優しくあやす様に叩いていると嫌でも目に入ってくるのは、毛の一本も生えていない小さな白い手。
元の身体への愛着は過ごした年数分有るけれど、歳のせいか出た腹と、疲れの抜けにくくなっていた身体から、おさらば出来たのは素直に嬉しい。これだけ変わったのだ、今の状態で無事に職業が習得出来たのだと思うが、生憎と今は確かめるすべがない。
ある程度泣き止んだ妻は、しかし離れる事なく抱き着いたまま離れようとしないし、俺も離れたくはない。しかし、ここには他にも人がいる。イチャ付くのは退院してからでいい。
「高槻先生、明日検査が終わったら退院でいいですか?」
「良い訳は無いですよ黒江さん。それに、明日は検査だけではなくて、警察からの聴取も有ります。2、3日は缶詰だと思ってください。」
「・・・、分かりました。」
時間が無い。日が変わったので約2日後にゲートが開通し、9日後にはシュンヨウゲンでモンスターが溢れる。ゲート開通は、対象しようにも規模が大き過ぎて個人では無理だ。しかし、何かしらの警告・・・。あぁ、個人でできる範囲ならそれがいい。
「検査は受けますが、出来れば明日で終わらせてくださ。後、検査より先に警察と話をさせてください。色々と話が込み入って、対処しないとまずい重要な事があるので。」
「お約束はできませんが、検査の方は出来るだけ優先して早く済ませましょう。警察の方はとりあえず、今回撮影した映像に付け加え私と奥様との証言で、貴方が黒江 司さんで有る事を信じて貰うし所から始めないといけません。」
そう言いながら高槻は、テキパキとビデオカメラと三脚をなおし、去り側に『今日はゆっくり休んで下さいね。』と、言い残して看護師達を連れ。スキップでもしそうなくらい嬉しそうに出ていった。察するに、面白いモルモットが、手に入ったとでも思っているのだろう。
「莉菜、そろそろ落ち着いたかい?」
「まだ。このままがいい。」
「・・・、そうか。」
眠気はないが、精神的に疲れた。事が事だけについつい、ゲートの問題を先に考えてしまうが、優先事項はそれよりも、妻や子供達と居る日常だ。知らない誰かより、自分の家族。変に上を見すぎると足元を掬われる。ひと一人の救える範囲は少く、手は短い。
でも。誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。例えば、あの時俺ではなく、佐々木が中に入っていたなら、また別の未来があったのかもしれないが、その佐々木の仕事に納得出来るかは別である。
何せこの自己格言の正体は、究極の身勝手なのだから。ただ、ifの考えを続けるなら、もし佐々木が中に閉じ込められ、俺が外で置いてけぼりを食らったなら、きっと俺は自分が許せなかっただろう。行かせた事にではない、この仕事を押し付けた事に対してだ。
時刻は1時半になり、辺りは静かだ。タバコを吸おうかと思ったが部屋には禁煙の貼り紙が貼って有るので、喫煙室まで行かないと吸えない。喫煙者諸君、日々肩身は狭くなってるぞ。妻の背に手を回したまま、そんな事を考えていると漸く妻が離れた。名残惜しい。
「落ち着いた。司の匂いはしないけど、いい匂いと落ち着く声で落ち着いた。」
「そりゃ良かった。これからどうする?泊まるか帰るかだけど。」
「ん〜、時間も遅いし、那由多も高校生だから1人でも大丈夫なはず!よって。泊まります。」
そう言うと莉菜は靴を脱ぎ、ベッドに入ってきた。普通に考えてシングルサイズのベッドに、大人2人はキツイが縮んだ身体のおかげで大丈夫そうだ。
「分かった、一服して俺も休む。」
ベッドから降りスリッパを履いたが、身長も縮んだ上手足の長さも変わったのだ、多少ふらつき、転けそうになった所を莉菜に掴まれた。
「大丈夫って、軽!なに、軽石でも入ってるの?」
「あぁ、身体の中身が無いからなぁ。その事は、明日検査が終わったら話すよ。」
「・・・、分かったわ。でも、喫煙所までは付いていく。」
薄暗い病院の廊下を、妻と2人手を繋いて歩く。前なら俺が妻を見下ろす形になっていたが、今では逆で俺の方が頭1つ半程、身長が低くなっている。
それに、体付きも変わったせいで、患者衣のズボン、更に言えばパンツまで緩くなってしまったので、パンツは紐で腰に縛り付け、ズボンは履かずワンピースを着たような状態で歩いている。
リノリウムの床に影2つ、他の患者は寝ているのだろう。すれ違う事もなく、ナースステーションの前を通り過ぎる。宿直のナースからは何処か、微笑しいものを見るような視線を感じたが、俺は夜のトイレが怖い小さな女の子では訳では無いぞ。いや、小さな女の子には数時間前に、なってしまったのか。
「服、買わないとね。身長は130〜140くらい?」
「140丁度のはずだ。後のサイズは黄金比になってるらしいけど、数字までは知らないな。」
「ふ~ん、服は何時もの感じ?思い切ってゴスロリとか着る?」
「必要なら着るけど、普段着は何時もの感じで頼む。あと、何か結ぶものない?今まで短髪だったから、髪が邪魔で仕方ない。」
「今は無いからな諦めて。」
「・・・、はい。」
他愛もない話をしながら進み、喫煙所に到着。妻は外のベンチで待ち俺だけ中へ。タバコを加え火を付けて一服。中身が無いが喫煙は出来るようだ。五感は残っているのでタバコの味は分かるが、重さは感じない。肺が無いせいだろう。
マシュマロボディから、不思議ボディにランクアップしている。紫煙は狼煙のように上がらず、分煙機に吸い込まれていく。奥には先客が居たようで、タバコを吸いながらじろじろと見てくる。
「君は成人してるんだよな?」
「・・・、今年で43になりますよ。」
そう言うと先客は怪訝な、顔をしながら出ていった。こういう所は人に不干渉な日本人の良いところだ。時間にして数分の喫煙を終え、外に出るとベンチに座った妻が、何やら真剣な顔でスマホを見ていた。いつ来たか知らないが、横にお婆さんも座っている。多分眠れないのだろう。
「部屋に戻って寝よう。何をそんなに、真剣に見てるんだ?」
そう言って歩き出すと、妻も立ち上がり横に来て手を繋ぐ。もう、ふらつく事は無いが、止める気は無いらしい。
「服を・・・、可愛くなった司に着せる服を、見ていたのです。着たきり雀の貴方の服の一新だからね、可愛くしないと。遥はあんまり可愛い系の服の着てくれなかったしね。」
「普通のでいいよ。着て生活し易いなら何でも。」
「市民、貴方はそれで幸福ですか?」
「やめろ、ウルトラヴァイオレット。まだ死にとうない。服は好きなの買ってもいいけど、俺の要望の服も買ってくれ。」
「了解〜♪」
そんなにバカ話を小声でしながら、廊下を進み部屋に戻ってベッドに妻と潜り込む。そう言えば、俺は眠れるのだろうか?中身が名入れと言う事は、脳も無いはずだが。まぁ、目を閉じるだけでも休息にはなる。
俺には抱き着いたまま、寝息をたて始めた妻の腕からスルリと抜け出し、クローゼットとの中のボックスとベッドの下の槍を槍を指輪の中へ回収。ソーツの言った通り、職業を習得したおかげで頭痛はない。
後は、これも試しておくか。備え付けの食器棚を漁ったが、プラスチック製のマドラーは有ったものの爪楊枝は無かった。何かないか、流石にあの警棒で自分は叩きたくない。三目を殺した警棒はおかしなほどの威力があった、あれを自分に試すなど、死ぬかは分からないが自殺行為だ。他は・・・。
「あぁ、あれがあったか。」
クローゼットを開けると、制服が畳んで置いてあった。頭痛軽減の為に急いでボックスを出して、しまい込んでしまった為、ここに有る事に気付かなかったのだろう。制服のネームプレートは安全ピンという、安全でもなんでもない普通に刺さるピンで止めている。
ネームプレートを制服から外し、自らの指へプスリと軽く刺して引き抜く。血は出ない、傷跡も無い。ただ、刺さったという一瞬の痛みだけが、感覚として残ったがすぐにそれも消えた。捧げモノは上手くいったようだ。実験を終えて再度ベッドに潜り込み就寝。
「司、起きて。朝よ。」
「ん〜、おはよう、莉菜。」
眠れるか不安だったが、結果として爆睡した。多分、外の生活と言う部分と、渡した知識で人間らしい生活は出来るのだろう。証拠に空腹感はないが、看護師が運んで来たであろう朝食を見れば、食べようかと言う気になる。
莉菜は既に起きて身支度を済ませ、ベッドの横の椅子に座りスマホをいじっている。部屋備え付けのテレビが点いていたので、目を向ければ、あの輪っか・・・、世間ではリングと呼ばれているらしい物の特集をしており、誰とも知らない有識者が仕切りに超古代文明の遺産だと連呼しているが、他の人パネラーは冷めた感じで見ている。
「名前は出てないけど、貴方の事も放送されてたわよ。」
「マジで?なんて言われてた?」
「リングに入った会社員が、昨日の夕方頃の出てきたって一言だけ。」
「情報規制かな?有り難いけど。」
「かもね、顔洗ってご飯食べちゃっ・・・、食べれる?」
「多分、大丈夫。」
「そう、私はこれから一旦家に帰って、色々と準備してくるわ。お膳は多分もう少ししたら下げに来ると思うから、それまでに食べてね。」
俺がベッドから降りるのと一緒に、妻も立ち上がり洗面所の方へ向かう。最も妻の行き先は洗面所では無く、その先の出入り口だ。『じゃ、後で。』と、さり際にキスをして出ていった。
今までは俺の方が身長が高かったせいで、キスをする・・と言う感覚だったが、逆転したせいでキスをされる・・・と言う感覚が強い。そんな事を考えながら洗面台の前に立つと、紅い瞳の白い少女が居た。
誰だコイツ、そうだよ俺だよ俺だよ。長髪は寝癖がついて面倒だし、男だからと坊主も辞さなかった俺が今や、背中ほどの長さの髪を手に入れた少女である。はぁ、バカやって無いで早くも朝食を食べよう。
チャッチャと身支度を済ませ、ベッドに戻り朝食を食べる。流石は病院食、味が薄い。空腹感は無いが、満腹感もない。ペロリと朝食を完食したが、量が少なかった様にも思えない。ふむ、身体の中身を捧げたらだから満たされない?空っぽとは言ったが、底なしとはね。何でも吸い込むピンクの悪魔じゃあるまいし。
「黒江さん、お皿を下げに来ました。」
「どうぞ。」
ベッドの上であぐらをかいてすわって居ると、男性看護師がワゴンを押して入ってきた。俺の近くまで来た看護師は、一瞬止まり、俺の方を見ないようにして、そそくさと出て行ってしまった。何でだろうと考えたが、自分の今の姿を見て思い出す。
「そら、ダボダボワンピースであぐらをかけばパンツが見えるし、下手したら胸も・・・、看護師よ、得したな。パンツは、男物トランクスだが。」
1人部屋で看護師に対し愉悦に浸る。お前が見たのは少女の柔肌かもしれないが、中身はおっさんだ。知らぬが仏、お互いもう会うことも早々無いだろう。しかし、他のサイズの服は無いものか?クローゼットにも、他の服は無かったようだし。
「黒江さん。高槻です、お加減どうですか、眠れました?」
丁度いいと所に高槻が別の若い看護師を連れてやって来た。よし、コイツに頼もう。
「おかげさまで、滞りなく。すいませんが、他の患者衣って有りますか?サイズが合わなくて。」
「分かりました。キミ、女性用か子供用を持ってきてくれ。さて、とりあえず、検温から始めましょう。」
看護師に指示した高槻は、ニコニコと嬉しそうに体温を計り、聴診器で心音なんかを聴く。警察を優先してほしかったが、まだ来ていないのだろう。どうでもいい話だが、絵面だけ見ると表情のせいか、色々と問題になりそうな気がする。
高槻の診察が終わり程なくして、看護師が新しい患者衣を持ってきてくれた。2人が一時退室している間に服を着替える。よし、今度はズボンも下がらない。それを、確認し再度入室を、促すと。高槻が今日の精密検査の予定を話しだした。
内容は身体測定から始まり、血液。尿、CT等人間ドックの内容全てを受診する羽目になりそうだ。しかし、まぁ無理な項目もある訳で。
「先生、血液や尿は無理です、中身が無いんで。」
「中身が無いが?察するに呼吸や心音が感じられない理由に、何か心当たりが?」
顎に手を当てた高槻が、俺にそう話す。昨日の一件で呼吸も脈も心音も無い事を、知っている高槻はいいとして、横に居る看護師は訝しげに俺を見ている。大丈夫、俺が君の立場でもそんな顔をするさ。
「それは何度も説明するのが面倒なので、警察が来てからと言う事で。差し当たって、身体測定やCTから行って下さい。どうしても検査したいなら、試しに血液検査してください。」
「分かりました。血液検査はするとして、段取りが変わったので、調整しましょう。キミ、立て続けで悪いが採血の用意を。それと、CTを順番を変えてもいいから、最速で出来るよう調整してきてくれ。」
再度看護師をパシらせた高槻は、俺の身体のを舐め回すように見ている。観察だと思いたいが、落ちつかない。
「何がありました?」
「いえね。私は臨床研究医でして、これ迄に様々な症例を見たり、論文を読んだりしてきた訳ですが貴方の様な方は見たことが無い。
外観は極度の先天性色素欠乏症、分かりやすく言うとアルビノの方が馴染みが有るかもしれません。その方達に似ています。
次に、触診した感じだと、皮膚の反発は有るんですが、その下にあるはずの筋肉や骨の感触は皆無。昨日の心臓マッサージでも、本来なら胸骨が折れる程度の力を加えましたが、反発はあっても中の感触は無い。
そして、音ですね。呼吸音は有るんですよ、貴方。ただし、気管呼吸音、つまりは、喉辺りまでだけ。声が出せる事を考えると声帯まであるのは保証出来ますが、それ以降は聴こえない事を察するに肺や横隔膜は無いのでしょうし、心音も聴こえない事から心臓、或いは貴方の言う中身が無いがと言う・・・。
極めて、いや、はっきり言って生物としては、死亡しているはずの状態で動く貴方は、これ迄に症例の無い、特異な身体のになっている事が分かります。そして、その特異体質の原因は昨日の変化なのでしょう。今言うのも何ですが、論文を書いて発表したいので、ご協力願えませんか?」
何この医者凄い。まぁ、見て、触れて、聞いて・・・。総合した結果、今の結論に至ったのだろうが、その事実を否定するか容認するかは、その人の資質、柔軟性によるだろう。そして、高槻は否定するのではなく、容認する資質があった。
「いいですよ、実名でなければ。ただ、論文を書く手伝いをする代わりに、私の方からも色々とお願いする事が、有るかもしれません。相互協力でいきましょう。」
「ええ、お願いします。」
お互いガッチリと握手を交わして居ると、病室の扉が開き先程の看護師が採血用品を持ってきてそのまま出ていった。これからCTの順番調整に走り回るのだろう。
「では、腕を出して親指を握り込んで・・・。」
申告通り血液は無かった。通常の採血の様に、真空採血管を使った採血では何も出ず、通常の注射器で採血しようと腕に針を刺した後、押子を引いてみたがそれでも何も吸い取れなかった。
「出ないですね。あ、採血箇所は抑えておいてる下さいね。」
「いや、傷跡はもう無いのでいいですよ。私の身体は今の姿で、老化も成長もせずに巻き戻りますんで。」
「・・・、不老不死ですか。人類の夢、壮大ですね。」
「まぁ、棚ぼたですよ、棚ぼた。」
採血が終わり、CTについては高槻の信頼の置けるスタッフのみで運びとなり、今日は行わない事となった。若人よ許せ、大人の社会は理不尽だ。代わりに身体測定見て行くか?面白みのないロリボディだが。
高槻に、連れられて測定器具のある部屋に行き各種測定。身長は140cm、体重約23kg、その他諸々黄金比。胸は女性の看護師が測ってくれて、ギリギリBカップ無いくらい。まぁ、脂肪を捧げたのだ、無くて当然、邪魔にならないと喜ぼう。元からいらんけど。服を買うのに必要だと言って、スリーサイズのデータも貰った。これで面倒事が1つ減った。
そうこうしているうちに検査終了。昼食間近と言う事で開放され、病室へ帰る前に喫煙室で一服。昨日よりも人が多かったが、特に話しかけられる事はない。まぁ、小柄な成人女性とでも思われたのだろう。事実として俺はアラフォーである。
「昼は何かな〜っと。」
病室の扉を開けて中に入ると、スーツケースから衣類を取り出している妻と、知らないスーツの男2人組が中で待っていた。ここに居ると言う事は警察かな?
「戻ってたんだ。莉菜、こちらの2人は?」
「中央署の伊月さんと宮藤さん。昨日の話が聞きたいんだって。」
刑事2人は難しい顔顔をしながら、警察手帳を見せそれぞれに名乗る。分かるよ、気持ちは。おっさんを訪ねて来たら女性になってるんだし。
「お2人共気持ちは分かりますが、私が莉菜の夫の黒江 司です。事情は妻と主治医の高槻先生と、映像記録で確認してください。」
「分かりました。宮藤、高槻先生を呼んで来い。」
中年刑事の伊月がそう言うと、宮藤は部屋から出ていった。向かった方向的に多分ナースステーションで、高槻の居場所を聞くのだろう。さて、部屋には伊月が残されたわけだが。
「伊月さん昼食は?私の方はこれから、ここで食べるんですが。」
「いやぁ、気にしないでください。他のゴタゴタで、来るのが遅くなって申し訳ない。本来は朝から来る予定だったんですが、例の輪っか・・・、リングでしたか?あれの対応で何処もかしこも、てんてこまい何ですわ。」
朗らかに言っているが、目は鋭い。リングが現れたのは世界各地で、ソーツは場所なんてお構い無しにばら撒いたのだろう。下手すれば、リング出現で死傷者が大勢出ているのかもしれない。
「参考までに、リング出現での死傷者は?」
そう聞くと高槻は内ポケットから、手帳を取り出しページをめくりながら読み上げていく。
「そうですなぁ、私が知っているの限り、今朝までの報告ですと・・・。居眠り運転してリングの支柱?にぶつかった3件、驚いて転んで怪我した4件、交通の妨げ95件、それに伴う渋滞箇所多数。そして最後に、リングに閉じ込められて帰還1件ですな。黒江さん分かりますか、この異常な数字。」
話を聞く限りだと、死者は居ない。怪我人は居るが、それは直接原因ではなく、渋滞を含めて簡易的なもの。あれだけ大掛かりな物が出現したのに、である。ソーツは掃除の依頼でこの星に来た。それは交渉した俺が一番よく分かる。
何せ奴らは技術や資源を放出してまで、自身達の意味である、モノ作りに没頭したいのだから。だからこそ、掃除人が減るのは奴らは的には好ましくない。減れば減った分だけ、掃除の効率が落ちるのだから。
「・・・、死者0ですか。」
「御名答。あれだけの物が急に・・・、まぁ、出現速度は定点カメラで見た限り、そこまで早くなかったにしろ、この数字は異常なんですわ。」
「ちょっと伊月さん、夫を何か疑ってるんですか?」
妻が睨む様に伊月を見るが、等の本人はどこ吹く風。俺を見る伊月の目の鋭さが増す。疑われているのだと思うが、その疑いが何に対してなのかは、正直分からない。常識的・・・、非常事態が起きて、常識を持ち出すのは、如何なものかとも思うが、普通に考えてあれだけの物を、個人で世界各地にバラ撒くなんて無理だ。
「伊月さん、高槻先生を連れて来ました。後、黒江さんの食事の時間らしいんですが、ウチらはどうします?」
考えるよりも先に、高槻を呼びに行っていた宮藤が帰ってきた。そうだよな、俺は食事の為に、ここに帰ってきたんだったが、今の雰囲気だと食べる気も起きない。このまま話を続けるか否か。
「食事はいいです。ただ、これから話も長くなりますから、少し休憩しましょう。伊月さんか宮藤さんタバコは?後、高槻の時間は大丈夫ですか?」
そう3人に聞くと、伊月は首を振りながら宮藤に声をかける。
「私は辞めましたね。宮藤、お前吸うだろ行って来い。」
「ありがとうございます、先輩。いや~、朝から吸う暇なくてどうしようかと思ってたんですよ。では、早速行きましょう、黒江さん。」
「私は午後から非番で、緊急以外は受けないので大丈夫ですよ。あぁ、どうせならここで映像も見ましょうか。」
「なら、私はコーヒーでも買ってこようかな、皆さんブラックでいいですか?」
伊月を残して4人で部屋を出る。高槻はビデオカメラを取りに行くと部屋の前で別れ、3人で喫煙室へ向う。辺りは夜とは打って変わって、看護師や医師が歩き回っている。
「宮藤さん、伊月さんは何なんですか?夫は被害者で疑われる様な事は無いですよ。それなのにあんな言い方。」
莉菜がプリプリ怒りながら、宮藤に苦言を呈す。しかしまぁ、何かを疑われようと、話しをしなければ先へは進めないし、ここで警察と縁を切るのは望ましくない。
「まぁまぁ、落ち着いて莉菜。伊月さんも忙しくて、気が立ってるんだよ。そりゃあ、何か疑われてるみたいだけどね。」
「分かってるわよ、こんな訳の分からない事になってるんだから。でも、司を疑うのは筋違いよ。」
そんな俺達のやり取りを黙って聞いて居た、宮藤が困ったような顔で口を開く。そして、それが俺の・・・、いや、俺達の見落としていた、根本的な疑われる要因であった。
「すいません、黒江さん。伊月先輩が何か、失礼な言い回しをしたようで。どの警官もアレの対応で、休んでないんですよ。まぁ、それと黒江 司さん貴方本物ですよね?」
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