火難より熱く

 火事の現場についたときには、すでに建物は野次馬たちに囲まれていた。


「ソフィア!いるか!」

 ジャロウが声を張り人々を見渡す、だがそこに彼女の姿は無い。一瞬戸惑ったが二階部分が大きく燃えていることを目にすると、建物へと駆け込んでいった。


「すげぇ、さすがリザードマンだぜ」

「誰か中残ってんの?」

 などと無責任なざわつきが広がる中。


「頭低くして!煙は吸っちゃだめだから!」

 ラシルケはリザードマンの背中に声をかけた。そして周りにも呼び掛ける。

「ここに治癒師と魔法使いはいる!?水使えるやつ!」

「っ少しなら!隣の建物は崩すか?」

「いや、ここだけで済ますよ!ギルドから何人か連れてきたから手ぇ合わせて!」


    *


 屋内は熱に包まれていた。だが幸い一階部分にまで火は回っておらず二階へ続く階段もすんなり通ることができた。


「おい!まだ寝ているなどと言うなよ!」

 モーニングコールに勢いよく扉を開ける。だがそこにソフィアの姿は無かった。

 しかし、ベッド端に落ちてある大きな帽子が目につきジャロウは足を止める。


(急ぎ逃げる際に忘れてしまった、と考えるのが自然だが……この帽子は――)

 とにかく、魔女帽子を手に取り他の部屋も探すことにした。



 次々と声をかけながら開けていくが一向に見つかる気配がない。日中だからかソフィアの部屋以外が利用されている形跡は少なく『彼女だけがいなくなった』ことに対する疑念は燻ぶりを強めていた。


 焦りを感じながら廊下を進んでいると、床に赤い斑点のようなものを見つける――血だ。

 その血痕は、火元であると思われ外から放水をうけている部屋へと続いていた。

 ごくりとつばを飲み込む、確認せずにはいられない。

 熱さも忘れ部屋の扉を蹴破った。


 そこに倒れていたのは、燃えている死体……。

 その特徴的な山羊ツノは『宿の主人』であることを表していた。


    *


「あっ出てきたっすよ!おーい!」

 レイたちが心配そうに集まってくる。しかしリザードマンの後ろに他の人の姿は無かった。


「どこにも……見当たらなかった」

 ジャロウは不安の色を浮かべながら言う。

「じゃあもうどっかに避難してるってことっすよ!良かった!」

「いや、この帽子が残されていたのだ」

 『姉から譲り受けた』とかつて語られたそれを二人に見せる。

「リザードちゃん、その帽子何か気になるの?」

「ああ。偉大な姉からのお下がりだと言っていた。そんなものを火事であっても置いて行けるだろうか?」


 姉から、と説明を受けたラシルケはハッとジャロウの顔を見る。

「それなら絶対に捨てたりしないはずだよ、ソフィは」

「あともう一つ不可解なことがあった。二階では……」

 ジャロウは屋内で見たことを詳細に語った。


「死……死体!?!?」

「レイ、今は静かに。知られちゃまずいかも」

 ラシルケは現場を兵士に引き継ぎ、野次馬たちから距離を置く。

「リザードちゃんが仲間を助るために、火事に飛び込んだのはみんな見ているよね?そしてリザードマンと魔法使いの二人組が町を訪れたことも噂になっている」

「その二人が泊まった翌日に店は火災。魔法使いは行方不明で、そこから店主の死体まで出てると知られたら……もうわかるだろう?」

 察しの悪いジャロウでも思い至った。怪しいのはおれたちであると。


「だ、だがあやつはそんなことする者ではない!だいいち風邪をひいて寝込んでいたのだ。火事に気付くことも難しかっただろう」

「そ。つまりハメられそうってこと」

「……じゃあ誰がそんな真似を!」

 鋭い目つきになったレイが口をはさむ。

「昼のやつらじゃないっすか?」



 三人は再度野次馬たちのもとへ近づいた。そのうち、ジャロウが見覚えのある『裏拳を当てた』獣人に詰め寄る。

「いイッ!?あ、あの、なんかオイラに用で?!」

 狼男ヴォームの栗毛が逆立つ。

「貴様、あの時私に敗北した男について知らないか」

「え?ホッズの兄貴スか?それがオイラたちも探してて~見当たらないんス」

「見当たらないとはどういうことだ」

「それがあんさんらが出てった後にいなくなったらしいんスよ。運ぶものがあるとか言って……」


 だ。運ぶ、とはソフィアのことだろう。しかし一階の酒場を見られずにどうやって……。

「あっ!!水路っす!」

 レイが大きな声を出した。続いてラシルケも声を上げる。

「そうか!わかったよリザードちゃん、ついてきて!」

 男に銀貨を一枚投げわたし、二人は酒場の裏手へ走っていった。



 そこには外へ排水を行うための水路があった。この一角には町をぐるりと囲っている壁の下側に、外に繋がる隙間があったのだ。しかも晴れ続きだったからか、すっかり乾いており濡れずに通ることもできる。

 さらに屋内では気にもしなかったが、この位置からでは二階の窓が大きく開け放たれているのも気になった。


「ここからソフィを連れ去った、ってことじゃないかな」

「なるほど。そもそも宿への出入りに一階を通ることはなかったというわけか」

 しかしそれがわかったところで、どうやって探せばいいのか……口にはしなかったがジャロウの動揺は顔を見れば明らかだった。


 手づまりかのような様子のジャロウ見てラシルケはあえて自慢げに振る舞う。

「そこで役に立つのが~これだよ!」

 ソフィアの帽子を指差した。

 そのまま、そんなジャロウたちを遠くから覗き見ていた『先ほどの狼男』に指を動かし言う。

「あと、彼の鼻もね」


    *


「あのう、オイラなんかまずいことしたんスか!?」

 逃げ出さないようジャロウが狼男ヴォームの肩をがっしりと掴んでいた。

「違う。貴様のアニキとやらがまずいことをしたかもしれんのだ。助かりたくば鼻を貸せ」


 ラシルケの案は単純明快、このヴォームに帽子の匂いを覚えさせ道案内をさせようというのだ。

「そもそも他人の帽子なんて嗅ぎたくないス!」

「すまん、許せ。金は払おう。」

 勝手に他人に嗅がせたソフィアに対してか、この狼に対してか、軽い謝罪が宙を舞った。



 『ヴォーム』の嗅覚は亜人種イチ鋭いと言われている。武器を使わずに標的と戦える鋭い牙、単体で馬にも追いつける敏捷性。彼らのような斥候を囲い込むことは、あくどいことを考える集団にとって大きなメリットだった。

「フンフン……確かに、この水路通ってまスね……」

「でかした!リザードちゃんはそのまま一緒に追って!僕らは足をとってくる!」

 ジャロウは狼男とともに水路を越えて草木の茂る町外へ、ラシルケたちは追いつくための移動手段を確保しに町内に向かった。



    ***



 縛られてから一時間?いや、二時間ほどは経っただろうか。熱とだるさで朦朧とする頭を必死に動かしながら、少女は打開策を考えていた。


 揺れや音からして荷台に載せられているのだろう。目隠しで外は見えないが、奴らの声が聞こえる。男が二人以上、女が一人、特徴的な唸りを混ぜているのは亜人の類のようだ。

「でよ!こいつ渡して金が入ればうまいもんうーんと食うってわけ!ジャハハ!」

 特徴的な笑いが考えを邪魔してくる。

「やめろよ。誰かに怪しまれたらどうする」

「はあ?ただ運んでるだけじゃん!何がワリーのー?」

「警戒を怠るな、と言っているのがわからない?杖が無くても魔法使いよ。まったくどこで捕まえてきたんだか」

「ご……ごめんよあねさん」


 どうやら統率はあまりとれていないらしい。そしてわたしを魔法使いだと知っていて攫ったということは、値打ちがわかっているはず、簡単には傷をつけられない。

「んっ!んん……!」

「おっおい!!なんか騒いでるぞ!」

「どうしたんだろう?何か言いたいことでもあるのか?」

 わざと暴れてみただけなのだが、意外にもすんなりさるぐつわを外してくれた。

「み……水を……それから、用を足させてください」


 かなり弱弱しい声を聞いた護衛たちは少し困ったように喋りだす。

「つくまでに死んじまうんじゃねえのコイツ」

「まずいな、こいつは私たちの命よりも価値があるはずだ」

「……わたしは杖がなければ無力です」

 懇願するように少し大きな声を出してみる。我慢の限界を迎えているのは確かだった。


 すると、今までの無駄話では聞こえてこなかった声がした。

「おい、行かせてやれ」

 男だ。近くで聞こえる声よりもかなり落ち着いている。リーダー、だろうか。



 荷車は少し坂を上ったあと止まってくれた。要求が聞き入れられたようだ。「ちょっと離れる。逃すなよ」とリーダーらしき男が話すのが聞こえ、岩場の陰でようやく目隠しを外してもらえた。

 視界の自由がきくようになった瞬間、ちらりと連れてきた見張りを確認してみるとやはりヒトではなかった。白い鱗と蛇のような下半身、蛇人ラミアと呼ばれているその種族は魔法による変化に敏感だ。魔法使い相手の監視には最適だろう。


「ほら、これを飲め」

 用を足すと、蛇人ラミアは水袋を渡してきた。

 さるぐつわをとり、目隠しを外し、水まで。

 寛容なのか、抵抗されたくないのか、どっちにしろありがたかった。


「ありがとうございます。あの、お名前は?」

「言う必要は無いだろう。さっさと戻るぞ」

「じゃあ、ラミアのお姉さん。何故わたしはこんな目に?」

 ラミアは声を小さくして言った。

「……気の毒に。偶然運びたがる奴がいて、偶然あんたが転がってきただけだ」

 この口ぶりからして誘拐の実行犯ではないのだろう。あくまで運び屋、と言うわけか。だったら。

「運び賃の倍、払います。逃してくれませんか?」

「ふざけた事を言うな。今さら逃すなどできるか!」



(この少女、何を考えている?)

 ラミアは困惑していた。

 肝が据わっているのか馬鹿なのか。今回の仕事は割が良すぎると思っていたが、どうにも嫌な予感がする。

 魔法使いの運搬……それも若い女だ。親が借金の形に売り飛ばしたか、もしくはギルドの手に負えない冒険者か。

 だが今はそんな事どうでもいい。無事届けることさえできれば金が手に入る、数週間仲間と暮らせる金が――。


「姉さん!妙な奴らが来てます!」

 一報は風雲急を告げ、ソフィアはまた樽の中へと押し込まれたのだった。


    *


 小高い丘の上から見えたのは先頭を走る一匹の狼、そしてその僅か後方を駆ける二騎の馬だ。

 ただごとではないスピードでこちらに迫っている。


 そのうち一騎が他の二体から突出して駆け寄り、子供の後ろに相乗りしていたリザードマンが飛びかかってきた。

「貴様ら!ソフィアをどこへやった!」

「知……知らねーぜ!俺たちゃただの商人だ!」

「知らばっくれるな!」

 リザードマンは剣を抜き斬りかかる、だが割り込んできた蛇人の鉄棍メイスに防がれてしまった。

「やらせやしないよ!」


 狼人ヴォーム・リザードマン・ヒトの剣士、対するは蛇人ラミアとその仲間である猫人テトメオ二匹。そのうち猫人は剣を振るった事がないのか、終始劣勢に立たされていた。


 難なくジャロウたちが勝利するかと思ったその時であった。


「やーっぱり危ないことになってんねえ!」

 どこからか男の声が聞こえてくる。

「やはり、貴様か!」

 ジャロウはその男の顔に見覚えがある。酒場で殴りあったあの『口笛の男』だ。


 そして後ろには、数十体のゴブリン・コボルトたちが蠢いていた。

「この辺じゃちと顔が利いてね……やっちまえ!」


 一斉に襲い掛かる小鬼たち。だがそこで狼人も投げかけた。

「ホッズの兄貴!オイラっス!こんなことやめましょうよ!」

「お?バカ狼か。あいつもやっちまえ!狼人の皮は金になる」

 呼びかけは無意味だった。直後、衝突が発生した。


(このラミアっ!強いっ)

 ジャロウは予想外の苦戦を強いられた。顔の横で鉄棍が空を切る音が鳴る。

 身体を揺らしながら巧みに戦うラミアは、右手、左手、尻尾と武器を持つ手を変えながら把握しづらい攻撃を放ってきたのだ。


 一方でレイたちもジリ貧だった。近寄ってくる相手に対しては有効打があったが、遠くからの射撃は対処のしようが無い。

「くそっ!ラシルケーー!!何かいい考えは無いっすか!?」

 どこにいるかも把握できないラシルケに叫ぶ。


 その時だった。

 荷馬車の布が勢いよく剥ぎ取られたのは。


 中にいたのはラシルケと、詠唱中のソフィアだ。

「マジっすか!?どさくさに紛れて!」


 指鳴らしの音が響いた後、魔法使いが技を紡ぐ。

「轟け!雷鳴!」

 晴れ渡る空から、ひとすじの雷が後方の小鬼たちめがけ落ちていく。その数は次第に多くなり、一帯にそれらの屍を晒した。

「おつかれソフィ。もう休んでていいよ」

 そう少女を座らせ、毛布をかけてやる。

「さあお前たち!今のを見てもまだやるつもりかい!?」


 もはや戦意は失われていた。

 ゴブリン達は我先にと逃げ出し、口笛男は雷に掠められ瀕死の状態だった。ラミアに至っては武器を捨てるどころか「全て証言しよう」と協力を願い出たのだ。



    ***



「これで、一件落着ということか」

 揺れる馬車の中、深く息をつきながら言う。

「そうっすね!ジャロウさんが火事に飛び込んで無かったら間に合ってなかったっすよ~」

「うんうん。偉いぞリザードちゃん~!でも今度からは、一人で馬に乗れるようになんなきゃね!」

「……善処しよう」


 彼らのやりとりを寝ながら聞いていたソフィアは、なんだかむずがゆい気持ちになっていた。



 町に着くと、兵士たちとギルド双方に事情を伝えた。信用のあるラシルケたちからの情報だ、悪いようには運ばれないだろう。

 その夜はギルド管轄の宿舎に泊まることとなる。有力な魔法使いには町への悪い印象を持って欲しく無いのか、警備まで付いた立派な部屋であった。



「申し訳ない!今日のことは私の責任だ」

 ジャロウは開口一番に謝罪した。

「私が挑発に乗って恨みを買わなければ……こんな事にはならなかったのだ」

 少女はただ黙って聞いている。いつものような無表情だ。


「明日にでも、町を出ようと思う。この冒険者証も手に入れた、少しは一人で生きる事ができるようにならねば」

「……登録、できたんですね」

「ああ!おぬしのおかげだ。依頼をこなして金が貯まれば礼ができるように」

「――だったら」


 ジャロウの言葉を遮ってソフィアが続ける。

「だったら、お礼の代わりに、もう少しだけ……一緒に冒険してくれませんか?」


 ソフィアは、不思議と微笑みを浮かべていた。

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