まるで迷った子供のように
(旅……退屈だ)
ジャロウは少しがっかりしていた。
当初は全く気にもしていなかった、歩幅、会話、周囲、そして時間。せっかく村での集団行動を棄てて自由になったはずなのに『他人との二人旅』ではそれらの束縛をより強く感じていた。
「気を引き締めていきましょう。もう少しで森を抜けます」
ソフィア……だったか。少女はそう口を開いた。
「まさか、心が読めるのか!?」
「はい?何考えていたのか知りませんけど、話したいことがあるならどうぞ」
そう言われると困ってしまう、知らないヒトと何を話せと言うのだ……。
ソフィアもまた困っていた。人間以外の冒険者も多くいるが、リザードマンの同行者など初めてだった。
ましてや『自身の毒を治すためわたしを差し出した相手』なのだ。結局命を救いあったとは言え、互いに生存率を上げるためにすぎない行動だと思っていた。
しかしこのリザードマン……ジャロウは自惚れ屋なところがある。ひとことガツンと言わなければ――。
「そのかぶりものは何なのだ?」
先に口を開いたのはリザードマンの方だった。
「え……?」
「ほら、おま、おぬしの頭の上にあるそれだ。いささか大きいのではと思ってな」
ソフィアは大きなとんがり帽をかぶっていた。魔法に集中するために、耳や目をすっぽり覆えるような作りの魔女帽子と呼ばれているものだ。
「ああ、この帽子はもともと姉のものだったんです。だからちょっと大きくて」
「姉も、魔法使いだったのか?」
「はい。お下がりを着てるんですよ。先代の所有者が強力であれば、その人にあやかれる……と言われてますから」
「そうなのか、ならば納得だ。あの罠、並みのものでは死んでいただろう」
「あはは、必死でしたから」
ソフィアの顔が少しだけほころんだ様に見えた。
おお、会話ができた、とジャロウは妙な達成感を抱いた。ならばと続け。
「ではさぞ立派な魔法使いなのだろうな!姉も冒険者だったのか?」
少しの沈黙のあと「ええ、今は休んでいますけど」と返された。
「おお、ならば師事してみたいものだ!そなたも姉から魔法を学んだのだろう?」
「いえ、わたしは独学で……。姉とはそんなに」
また沈黙が流れた。
見えない妖精が邪魔しているような、どうにもできない間だった。
「あーー!な、何だろうあれはーー!!」
我慢できずにジャロウがいきなり振り返り指をさした。なんでもいい、何か会話が続くものを……。
「オ、オオカミです!」
――ジャロウが咄嗟に指をさした先には、偶然今にも飛び掛からんとするオオカミの群れがいた。
*
「はあ、はあ、腹痛ぇ……」
数カ所の咬み傷を負ったジャロウは、息を切らしている。
「……逃げていきましたね」
危なかった。捕食者の接近に気づいたジャロウがすぐに身を盾にしていなければ、鎧を身につけていないソフィアはひとたまりもなかっただろう。
そばには群れの長と思われるひと回り大きなオオカミの首が落ちている。
「あの程度、
「食べる気なんですか?」
「お?ああ皮も売れるし、持っていこう」
「いえ、放置しておきましょう。処理をするにも時間が惜しいですし、新鮮な死骸は他のモンスターを寄せ付けますから」
ソフィアは冷静だった。オオカミの奇襲に対処した喜びを感じる暇も無くジャロウの治癒を始めた。
「しかし、よく気が付きましたね。助かりました」
「お、おう。私の勘は鋭いからな!っ痛て……」
「急に大きな声を出すのも禁止です。あんまり不用心だと、死んじゃいますよ」
「そ……そんなに深刻なのか」
「リザードマンのことはよく知りませんけど、軽い戦闘後に傷が開くのでは良くないでしょう。人間だったら腹にナイフを刺された時点でほぼ死んでますよ」
ジャロウはぞわりとした。表面は治っているようでも、中身は重症なのかと。
それからの道中は、ほど良い緊張感が幸いしたのか順調であった。
次第に道が広がっていき、森の出入り口には
彼らは旅のプロフェッショナルである。何週間も荷車を押しながら町を渡り歩き、満足することなく移り行く。そのため彼らの信仰する神は「旅人にとっての神」だった。
「良き旅をする者には、イノニア様のご加護があります。ささ、足回り品などいかがです?」
ソフィアにも促され、ジャロウは靴を買い替えた。リザードマン用に作られているものではなかったが、さすが旅に秀でるオークだ。その場で大きさを合わせられ、かつ動きやすい革ベルトの履物を作ってくれた。
コボルトの皮や洞窟内にあった鉱石類など重さのあるものを取引し、かわりに内臓の治療薬や水など貴重な消耗品を購入した。
その多くがジャロウに買い与えられたもののようで、当の本人は申し訳なさと仲間がいることの頼もしさを感じていた。
その後も冒険者や乗合馬車など多くの友好的な通りすがりと会話を交え、安全に町までたどり着いたのだった。もっとも応対していたのはほとんどソフィアひとりだったが。
***
「そこのリザードマン!止まれ!」
物見からひげを生やした兵士が声を投げかけた。夕焼けに染まる門前にぴりりとした空気が走り、隣の若い兵士が報告する。
「後ろにいるのは魔女……子供のようです。もしかして人質でしょうか?」
「ん?ああ、あれが噂の。いいや、なら問題ない。」
「問題なし!動いていいぞ」
そのリザードマンは腰の剣に手をかけていたが、少女がすぐ制止していた。
「いやあ!お嬢さん。あんたが噂のトカゲ使い、だね?若いのにすごいねえ」
ひげの兵士はソフィアに話しかけてきた。
「トカゲ使い……?何のことですか」
「ほら、後ろのリザードマン!屈強なオスのリザードマンに言うこと聞かせてるなんてなかなかできないよ!」
妙な誤解をされていた。それもそのはず、ジャロウたちを追い抜いて行った御者や巡回中の兵士たちがソフィアと何度かやり取りをしていたのだ。
物静かなリザードマン――人見知りなだけ――と共に歩く少女。旅程や人との取り決めを下しているのは少女のほうで、その奇妙な主従関係のようなものはたちまち噂となり門番たちの耳にも届いていた。
「わっ私は使われているわけではない!」
声を荒げるリザードマン。
「でもジャロウさん、一人じゃ町まで辿り着けなかったでしょう」
すかさず痛いところを突く少女。
まわり兵士たちは笑いに包まれていた。
町につくとすぐに物を売り、宿を取りに行った。
専門店のほうが高く売れるだろうととっておいたコボルトシャーマンの杖は、実際に魔道具屋でそこそこ高く売れ、久々に屋根のある場所で休むこととなったのだ。実に五日ぶりの安眠である。
一階が酒場で、二階部分が宿泊所という少々うるさい寝床だったが酒場は兵士も利用していることから一応安全性は保障されているらしい。
何も気にせず眠れるということはジャロウにとって心底ありがたかった。村を出てからの日々を指折り数えだす。たった五日、もうくたくただった。
『ユウシャ』になる前に『ボウケンシャ』になる。そうしたら村に行く行商人に手紙でも持たせようか……いや、すでに縁を切っているのにたった数日程度で便りを送るのか?恥ずかしい。
安全な寝床はいまだ冷めやらぬ旅の興奮と町に辿り着けた安堵に満たされていたが、そんなジャロウにとっての非日常的な感覚がセンチメンタルな一面を浮き彫りにしていた。
(しかし、何故まだ尾が伸びてこんのだ?)
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