自称勇者のリザードマン、少女に拾われ世界を知る。
おしゃべりデイジー
少女との出会い:前編
男は旅の第一歩を踏み出した。
長年住んでいた村を背に、傍から見てもわかる高揚感に包まれていた。
細かなうろこを震わせ、たてながの瞳でまっすぐ空を見つめ、緑色の肌で日の光をこれでもかと吸う姿はさながら『勇者』のようだった。……ただ、たくましい尻尾が半分ほど断ち切れているのが不格好ではあるが。
その名を『ジャロウ』生まれて二十年ほどの退屈に、村を飛び出たオスである。
「ついにこの日が来た。田舎臭い故郷を捨て、古い私にも別れを告げよう」
そんなことを独り言ちながら、ジャロウは歩き始めた。余裕に口元を緩ませる彼の頭の中には、ヒトの住む町へ出てからの華やかな生活が浮かんでいた。
まずは日銭を稼ぐため、ユウシャというものになる。
それから名を上げ、共に戦う部下を従える。
毎日のようにサカバへ行き、美味いサケとサカナを喰らう。
日々を繰り返すうちに家を買い……そうだ、自分の町をもつのも悪くないか。
想像の『勇者』がしているようにまた、現実でもそうあれると考えていた。
絵空事を描いているうちに、その勇者は森に差し掛かった。族長の家からくすねた地図には村と町の間に森があるなどとは書いていなかったが、彼は気にも留めない。
(ちょうどいい、食えるものでも探すとするか)
腰に下げた剣を抜くこともなく、ずかずかと森に入り込んでいった。
*
「また、同じ道……か?」
旅の初めに感じていた高揚をすでに失いつつあった。
誰に見られるでもなくきりりとした表情を作って歩みを続ける男は、頼もしくも見えるし何も考えていないようにも見える。
高い木々に遮られ彼が気づくことはなかったが、すでに陽は落ち始めていた。夕時を告げる空腹感も「旅は疲れるし腹も減るものなのだろう」という初々しい思い込みにより無視され、時間間隔を失っていたのだ。
リザードマンは集団で狩りをする。
魚を獲るにも獣を射るにも、獲物を孤立させそこを複数体で仕留める。日常生活も集団行動が基本で、鱗を干す際も床に就く際も、みな仲間と共に行動していた。
それゆえ彼にとっては『ただ独りで歩き回っている状況』自体が慣れないことであり、村での経験は知らぬ間に伸びてくる不安の添え木となっていた。
がさがさっ ギャーギャー びゃうびゃう ざあーっ
森の中ではいろんな生きものの気配がする。
(私の動向も誰かにとらえられているのだろうか)
そんな不安がジャロウの頭をよぎった。
私が狙われるなど、そんなことあるはずがない。
自分はユウシャであり狩人だ。たかが森に飲み込まれることなど……。
一旦落ち着こうと足を止めたその時。
すとんっ、と軽く鋭い音とともに腹部に痛みが走る。
――どこからか矢が飛んできていた。
「……っ!」
すぐさま彼は剣を抜き、姿勢を低くした。間一髪さきほどの射撃は腹部をかすめるだけで済んだが、どうやらそこそこ知恵のある相手のようだ。鱗の薄い部分は腹側だということを知ったうえで狙って放たれている。
「小賢しい!出てこい!」
前方の草場に声を投げかけるのと同時に、後方にある岩陰から2匹の小柄な獣人が踊り出てきた。
コボルト、仔犬のような顔をした二足歩行の毛むくじゃらは、巧みにも鉱石でできた短刀を持ち獲物で遊ぶように切っ先をゆらつかせている。
「馬鹿め。本当に出てくるやつがあるか」
完全に自分の方が上だと心得たのだろう。ジャロウは大きく切りかかった。
ばさり。片方を軽く一刀のもとに切り伏せ、腰を抜かせたもう一方に血に濡れた剣先を突きつけた。
「私はユウシャ・ジャロウ!愚かなコボルトよ、お前にも大事なものがあるだろう。手を引くならば命だけは助けてやろう」
余裕の名乗りであった。コボルトに言葉が通じるなどとは思ってはなかったが、『台詞』を扱う機会にずっと憧れていたのだ。
もちろんそんな言葉が通じるわけもなく、また草むらから矢が飛んできた。
「ぐっ!?」
見事ジャロウの肩に命中した矢は、彼をよろつかせた。
その隙にと草陰から短刀をもった射手が襲い掛かったのだが、リザードマンは背面にも武器を持っている。そう、太尾である。
(甘いわ!)
彼の尻尾が波打ち、奇襲を仕掛けたコボルトの腹を打つ……はずだった。
「ッ!そうだった!」
弾き飛ばすイメージをもって薙ぎ払われた尾だったが、今の彼は『尾切れ』の状態だ。短い尾では長さが足りず、コボルトの接近を許してしまった。
小柄な敵は難なくジャロウの背に取りつき、力いっぱいに短刀を押し込んだ。
うぎゃあっ、と声を上げるジャロウ。苦しむリザードマンを尻目に、腰を抜かした仲間を抱えコボルトは茂みの奥に逃げ込んでいった。
*
残されたのは、両断されたコボルトの死骸とトカゲのうめき。
ジャロウの瞳には涙が浮かんでいた。
情けない。自分の背丈の半分もないような相手に後れを取ってしまったのだ。
いや、相手が逃げる選択をしていなければもしかすれば――――。
恥は次第に恐怖へと変わり、その強い感情は彼の本能を呼び起こしていた。
(とにかく、安全な場所に逃げないと)
肩に刺さった矢を折り、背中の短刀を抜き取った。血は出ているものの幸い鱗が守ってくれたのか傷は浅いようで、頑丈に産んでくれた母に感謝を覚えていた。
「しかし旅というのは少し怖い想いをするぐらいが面白いのかもしれんな!」
恐怖を追いやるよう、笑顔を作りつつ彼なりの大きな声で締めくくった。
そしてふと周りを見回してみると、先ほど自分の腹をかすめてそばの木に刺さった矢が目に入った。
注目すると小さな矢じりがぬらぬらと甘い香りの黒い液体で濡れている。
まさか。『毒』だ。
夜が迫っていた。
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