第47話 調べ、抗う

 マクベトが引き起こした、王宮での大規模反乱事件は終息を迎えた。


 呪詛で汚染された壁や廊下の洗浄、怪我人の手当が急ピッチで進められていく。


 そんな中、「マトリ」の本部ではマクベトの討伐とアリアネルの救出のために臨時対策本部が設営されていた。


 部屋に集まっているのは、晴明、ブルーセ、ミシェル、イサドである。


「くそおおおお一体どうなってんだ!! マクベトが生きてるなんて、聞いてねえよ!!!」


 叫んだのはブルーセだ。イサドがそれをなだめる。


「気持ちはみんな同じですわ、ブルーセ」

「……すんません。しかしほんとによ、どうなってんだ……? 死んだ奴が実は死んでないなんて、反則じゃねえか」


 それに解答するように晴明が口を開く。


「征服者、だ」

「え?」

「マクベトが姿を現した時にちらりと言っていた。自分は征服者だとな」


 その場にいた者全員がマクベトの言葉を思い出す。


『この世界を主宰する権利をもつ「征服者」だ!!』


「征服者……なんか聞いたことあるわね」

「鋭いな、ミシェル。我々は一度、この言葉を聞いたことがある。孤児院の倉庫に現れたグッドウィンが言っていた言葉だよ」

「ああ! いたなあそんな奴!」


 孤独な幽霊、グッドウィンは「征服者」になる研究をしていたと言っていた。


 とても強い魂を持つ者。魂だけで行動でき、他の肉体を乗っ取って無限に生き続けることができる、恐るべき人間。


「本当に反則よね。殺されても死なずに、無限にリベンジできるなんて。そんなの反則よ」


 ミシェルは苦々しげに呟いた。


 すると、ドアが開いて一人の男の姿が見えた。ルカノール王である。


「やあ、遅れてすまない」

「陛下。お疲れ様ですわ」


 ルカノールは微笑し、席に着く。

 

「みんな無事のようだね。安心したよ。戦いの様子は私の耳にも入ってる。必死の健闘に感謝するよ」

「王様はこんなところにいていいんですかい? いまはめちゃくちゃ忙しいんじゃ?」

「仕事を抜け出して来た。なに、君たちが気にすることは何もないよ。……イサド、さっそく始めてくれ」


 ルカノールの言葉に頷き、イサドは話を切り出した。


「みんな知っての通り、ジャイルズの正体はマクベトでしたわ。アリアネルの体を乗っ取り、ヤツはまんまと逃げおおせましたわ。我々はマクベトを倒し、仲間を救わなければなりません」


 その言葉は状況確認であり、決意だった。大きな地図を取り出しながらイサドは続ける。


「マクベトの大まかな居場所は掴んでいますわ。王都のはずれに「グリムの森」という森林地帯がありますの。ヤツはアリアネルの体を乗っ取りながらそこに潜んでいるはずですわ」


 地図には大きな〇印が書かれており、一目でマクベトの位置が分かるようになっている。


「今もアリアネルは体を乗っ取られてるのよね? なんていうか……ショックよね。私たちの仲間が敵になってしまってるなんて」


 沈痛な表情でミシェルが呟いた。別人と化したアリアネルを、マトリの面々は思い出さずにはいられない。それを引き継ぐようにして口を開いたのは晴明だ。


「先ほども話題に上りましたが、この世界では死んでも魂だけが残るという、特異体質があります。「征服者」というもので、マクベトはまさにそれだと思われる。ルカノール王、聞いたことはありますか?」

「ああ、知っている。死んでも滅びない人間がいる、というおとぎ話が各地に伝わっている。まさか本当にいるなんて思いもしなかったが」

「……その征服者ですが、攻略の手がかりはないのですか? 何か弱点があるとか、倒された逸話があるとか」

「いや、それがほぼ無いんだ。あくまでおとぎ話レベルの話で、文献も乏しい」

 

 マクベトの存在は晴明ですら感じとることはできなかった。


 完全に肉体と同化し、異物の気配を完全に消すことができる。潜伏という意味なら晴明より上だ。


「……恐ろしい敵だ。平安京でもここまでの怪物は見たことがない」

「ああ全くだ。だがだからこそ立ち向かわなければならない。そこでマトリの諸君にも協力してほしい」

「協力って、何をすればいいのよ?」


 ミシェルが尋ねると、ルカノールは椅子から立ち上がる。


「文献が乏しいと言ったが、調べてみなければ分からない。というわけで、全力で調べることにしたんだ。案内しよう、ついてきたまえ」


 

 ◆◆◆



 ルカノールとマトリ達がやって来たのは、王宮1階にある書庫だった。


 10名ほどの職員がたくさんの書物を必死になって読んでいる。大量の蔵書を前にルカノールが言った。


「征服者について、ほんの少しでも手がかりになりそうな本を集めている。マクベトを倒す方策を探すためだ。君たちにも加わってほしい」

「調査タイムってわけだな。いいぜ。このままじゃ勝ち目なんてねぇしな」

「ええ、望むところよ。仲間を取られてタダで済ますもんですか!」


 ブルーセとミシェルは積み上げられた本を開く。それに続き、晴明も机についた。


「よし、やろう。果てしなく地味な作業だが、これもまた戦いだ。マクベトを倒すため、そしてアリアネルを救うために、我々も戦おう」


 晴明の懐から大量の符が飛ぶ。式神である「揚羽」だ。式神たちは机の上にある本を次々に開いていく。ブルーセが仰天し、壁際に後ずさる。


「おいおい、こりゃあ……!」

「30体の揚羽を全て動かし、全てに本を読ませる。得た知識は全て私の頭に入る。こうすれば少しは効率がいいだろう」

「そんなことまでできるわけ?! 究極の時短じゃない!」


 驚く周囲だが、晴明は苦笑いして汗をぬぐう。


「もちろんこういうのは体力を使う。何しろ思考を30分割するわけだからな。じっと座っていなければならない。それに1時間おきに小休止を挟まないと、さすがの私でも知恵熱が出てしまうだろう」

「だ、大丈夫なんですの!?」

「少しくらいなら問題ない。私が平安京で主計寮に勤めていた頃はこれくらいの事務作業をこなしていたものだよ!」

「そうなのかよ?! 平安京おっかねぇな!」

「あ、いや、流石に今のは言い過ぎだった」


 とにかく大丈夫だ、と晴明は言った。それを覚悟と受け取り、周囲の者は全員頷く。


「アリアネルもきっと苦しんでいる。それを救えるのは我々しかいない。なに、これぐらいの苦労は苦しみのうちにも入らんさ!!」


 晴明は心でそう叫んでみせた。


 マクベトを倒す方法は果たして見つかるのか。果てしなく地道な戦いが幕を開けた。

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