――――― 欠片<カケラ> ―――――

 少年は地下へと続く階段を降り、薄暗い部屋の中で蝋燭に火を灯す。

 少年の吐息に反応するようにゆらゆらと揺れ動く心もとない光源は、薄暗い部屋を柔らかく照らした。

 

 少年は数週間前までウサギをつないでいた部屋の隅に目を向ける。

 銀色のボウルの中には腐ったエサ、隣の青いボウルには虫の湧いた水が入っていた。

 

 ウサギはどこに行ったのだろう。


 少年はウサギがいたはずの場所にもう一度目を向ける。

 本来そこにいたはずの愛らしいウサギはどこにも存在せず、代わりに別の物体が横たわっていた。


 この異臭を放つ薄汚い塊は何だろう。


 どう考えても、この物体の正体が分からない。

 少年はウジが群がる塊を、虚ろな表情で見下ろしていた。


 あの塊に纏わりついている布きれは何だ。

 どこかで見たことがある気がするが思い出せない。

 浴衣のように見える。

 あの模様は椿だろうか。


 ふと、少年の脳裏に誰かと会話している映像が浮かんできた。

 場所は夜の公園で、相手は少女のようだ。


『今日は俺に見せるために浴衣を着てくれたんだね、ありがとう』

『何を言ってるの? こっちに来ないで』


『浴衣の柄は椿だね。僕の名前と一緒だ』

『それ以上近づいた大声を出すわよ、気持ち悪い! あっちに行って!』


『俺が君をお兄さんの魔の手から救ってあげるよ』

『お願いだからあっちに行って! あなたなんて大嫌い』


 椿模様の浴衣を着た可愛らしい少女は、蔑んだ瞳で少年を睨みつけた。


 何かひどい言葉を言われたような気もするが、何も思い出せない。

 その瞬間、少年は棒のようなもので少女を殴りつけていた。

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