綴じた本・3
16:本の中身
私に依頼をしてきた三宅義孝と連絡が付かなくなって1カ月経つ。
彼は椿の書いた作品を読んで激昂し、私のところへ妹を探してほしいと頼みに来た。
その依頼を受けた私が数カ月かけて調査をし、紗里が生存している可能性が低いこと、犯人はやはり椿である可能性が高いことを伝えた。
紗里の行方については、三宅自身ある程度覚悟ができていたため驚きはしなかったが、絶望感は大きかったようだ。
数日ほど音信が途絶えたのち、1カ月ほど前に直接椿と対面するという連絡を寄越し、私の制止も無視してそのまま姿を消した。
椿は間違いなく三宅義孝と会ったはずで、彼の消息を知っているのは彼をおいてほかにはないだろうと考える。
果たして依頼人は生きているのだろうか……それとも…。
「椿さん、もう一度聞きます。ひと月ほど前、彼がここを尋ねてきたはずです。その後、三宅さんがどこへ行ったかご存じないですか?」
「知る訳ないだろ、そもそもあのストーカー男が紗里の兄だなんて、今初めて知ったんだ。確かにあの肥え太った醜い男がやってきたが、居留守を使って会っていないさ」
椿はどこまで本当のことを言っているのだろう。
表情からは判断できないが、確かに自分を付け回していた気味の悪い男が紗里の兄だと知った時、椿は素直に驚いていたように思えた。
三宅本人に会っていれば紗里の話が出るはずで、一度会話をしていれば彼が三宅紗里の兄だとすぐに分かるはず。
椿は本当に三宅義孝と接触していないのだろうか。
私は別の方角から攻めてみることにした。
「確か、この本を書くように勧めたのは紗里さんでしたよね?」
「ああ……そうだ」
「だとすれば不思議なことですね。紗里さんはもう死んでいるのに……そうでしょう?」
「…………」
椿は不安そうに目を左右に動かしながら体を揺する。
「私はあなたに霊は見えないと思っています。あなたが霊だと思っていたものは全て幻覚ですから、霊感などありません。なのに、どうして数ある事件の中からこの3件を取り上げたんでしょう」
「何?」
「あなたは5年以上この仕事を続けています。全国規模で依頼を請け負っているため、多数の事件をこなしてきているでしょう。なのに、その中からよりにもよってこの3件を選んだということは、罪悪感の成せる業でしょうか」
「どういう意味なんだ」
揺すっていた体の動きを止め、椿は軽く私をひと睨みした後、カーベットの染みに目線を落とした。
「家に死体を隠したせいで家に囚われ身動きができなくなった一族の事件、好きな女を手に入れるために家族を手にかけようとした男の事件、そして行方不明になった妹を探す兄の事件。あなたはどうしてこの3件を選んだんですか?」
「それは……なんとなく……紗里がこれを進めているような気がしたから……」
どこか心もとなげなその口調からして、本当にその通りなのだろう。
贖罪の意識から無意識にこの3件を選んだのか、それとも何らかの意志が椿にこの物語を選ばせたのか。
「物語の最初に、紗里さんが本の執筆を進めた、と書いてあったので、私はこの物語になんらかの意図があるのではと思い読み返してみたんです」
「…………」
「この作品の中には紗里さんの居場所へとつながるヒントが散りばめられていました」
「…………」
椿はふいに観念したかのように、ソファーに背を持たせ静かな瞳で私を見た。
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