綴じた本・2
9:少女の霊
椿は目を細めて私を睨みつけていた。
自身の中で葛藤があるのだろう、時折頭を振って何事が唸っている。
私はこの機会に、彼が霊だと思っている現象に答えを出していった。
「2つ目の事件で見た狸ですが、あれはあなた自身が小説で書いているように<生きた狸>でしょう。霊でもなんでもなく、普通にそこに存在したんです」
「俺は満緒がペットの種類を明かす前に、それが狸だと指摘した。普通なら犬か猫を想像するのに、俺は相手から話を聞く前にそれが指摘できたんだ」
だから、なんだというのだろう。それが霊力だとでも言いたいのだろうか。
「申し訳ありませんが、あそこは地元では有名な寺で、別名<狸寺>とも呼ばれています。野生の狸が良く集まってくるようで、ネットで調べれば一般人のブログにもたくさん出ています。実際に狸の像も建っているくらいですからね」
「だから俺が事前に知っていたとでも?」
「ええ、あなたは事前調査をして寺が狸を祭っていると認識していました。その流れで満緒さんと会話をしたので狸が頭に浮かんだんでしょう。別にペットの種類を外したからといって、それで満緒さんの信頼がなくなるわけでもありませんしね」
確か小説に書いてあったのはこんな会話だった。
『それじゃあ満緒さん、早速依頼の話に移りたいんですが、動物の霊を供養してほしいってことでしたね』
『ええ。実は最近飼ってたペットが亡くなって、そいつが今でも俺の周りに出てくるんですよ』
『もしかして狸かな?』
別に何でもない会話だ。
満緒はもともと椿を疑っていたため、あっさりとペットの種類を当てられたことに驚き、椿に信頼を寄せていった。
椿なら自分の計画通りことを進めてくれるのではないか、そう確信したんだろう。
けれど満緒にとって失敗だったのは、椿の観察眼を舐めていたことだ。
椿は満緒の嘘を簡単に見破り、父親殺しという最悪の犯罪を犯すことを防いだ。満緒にとっては悪夢でしかないが、周りの人間にとっては幸運だったはずだ。
「寺がその後どうなったか知りたくないですか」
私が言う。
「どういう意味だ」
「あなたの小説に書いてあるところは全て訪問してみましたよ。最初の事件では殺された母娘の夫、2つ目の事件では寺の住職、最後の事件では依頼者本人に会って話を聞きました」
「…………」
「今、あの寺で住職は一人で生活されています。奥様と離縁し、息子とも縁を切ったそうです。あなたには大変感謝されていましたよ。自分は息子の悪事を分かっていながら、子供可愛さでそれを断罪しなかった。それどころか、さらに罪を犯す手助けをするところだったと」
「…………」
何を考えているのだろう、椿は無言で絨毯の染みを見続けていた。
私は構わず話し続けることにした。
「最後の事件で見た少女の霊に関しては典型的なパターンです。あなたが屋敷に入ったとき、少女らしき霊を目撃しています。失踪した妹が毎晩枕元に出てくるという依頼を受けている訳ですから、そういった幻覚が見えたんでしょう」
「……」
「あなたが屋敷に入ったとき、少女の顔ははっきりしていなかった。それもそのはず、あなたはその時点で少女の顔を知らないんです。霊として思い浮かべることなどできないはず」
だが、その後案内された部屋で椿は写真立てに入った少女の顔を確認した。
「あなたに霊力があるのなら、今現在の……つまり14歳の少女の霊を見ているはず。なのに、あなたは小学生くらいの少女を見たんです。なぜなら、あなたが見た写真は小学生の頃の里佳子さんだったからです」
――両親らしき2人の男女と、学生服を着た若い頃の一志、そして小学生くらいの少女が映っていた。まだあどけなさの残る可愛らしい少女だった。
「写真を見たことで、あなたは少女の顔を認識しました。だから来たときには見えなかった霊の顔が、帰り際にははっきりしていたんです。とても分かりやすいじゃないですか。あなたには霊など見えていないのです」
椿は苦しそうに目頭を押さえ、疲れたといった風に背中をソファーにもたせ掛けた。
「何とでも言うがいいさ。お前の言いたいことはそれだけなら、もう帰ってくれないか。俺には霊が見えない、ただのほら吹きだ、それでいいじゃないか」
「いえ。そう言うわけにはいきません。私は依頼を受けているんです。紗里さんを見つけてほしいと」
「だから、ここに紗里はいないと何度も言ってるだろ」
紗里の居場所は頑として吐こうとしないが、椿の様子には当初のような威勢はない。僅かながら疲れが見えてきているようだ。
このまま彼を追い詰めていくしかない、私は腹をくくって話を続けた。
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