10話
過度な愛情を注ぐ兄の束縛に耐え切れず、自由を求めて都筑に恋をした里佳子。一志はそれが許せずなお一層、彼女を監視したのだろう。
結果的にそれが都筑と里佳子の仲を深めていった原因かもしれない。
俺の予想だと今回の里佳子失踪事件に都筑は関係しているはずだ。
本人の無意識だろうが、都筑が里佳子の名前を呼ぶたびに愛しそうな表情になる。おそらく都筑も里佳子を思っているのだろう。
「俺には里佳子ちゃんが籠の中の鳥に見えましたよ。気の毒だった……」
都筑はそう言って窓の外に目を向けた。
一志は苦し気な表情をして都筑を見ていたが、やがて諦めたように腰を落とし今度は深々と土下座をする。
「頼む、都筑君。里佳子に合わせてくれ、どんな姿でもいい、あの子に会いたいんだ」
「どんな姿でもって……」
言われた都筑は困惑したように土下座をする一志を見た。
「頼むこの通りだ。里佳子が見つかれば君を罪には問わない。約束する、墓場までこの秘密は持っていく。椿さんも了解してくれるね?」
突然投げかけられた言葉に俺は戸惑ったが、この場では頷いておくしかないだろう。
正直、墓場まで持っていける自信はないけれど。
「え? ええ、まぁ」
「ちょっと待ってください。お兄さん、顔をあげてください。何度も言いますがここに里佳子さんはいません。それにどんな姿でもってどういう意味なんですか。縁起でもないですよ」
都筑は驚いたように立ち上がって、一志の肩を揺する。
それでも一志は顔を上げようとせず、畳みに頭をこすりつけて懇願する。
「頼む、頼みます、都筑さん……俺の里佳子を返してください」
俺はそんな一志の姿を見ながら、すぅっと心の一カ所が冷えていくのを感じていた。
俺の里佳子、一志の言葉からは里佳子に対する独占欲のようなものが透けて見えた。
どんな姿であろうと里佳子を連れて帰りたい、それは本当に兄としての愛情なのだろうか。
目の前の一志が薄気味悪い存在のように思え、俺は激しい嫌悪感に包まれていた。
「やめてくださいお兄さん。頼みますから顔をあげてください」
何度目かの都筑の言葉で、一志はようやく顔をあげた。
目元が真っ赤に腫れあがり、一志の感情の爆発が演技ではないことが理解できた。
だからといって目の前の男に同情する気持ちも湧かない。
里佳子は一志の側から去るべきだ、すぐに逃げ出すべきなのだ。
「申し訳ないのですが、明日から仕事で海外に行くんです。これ以上お話していると疲れてしまうので、もうお引き取り下さい」
そう言って都筑は窓の外へ目を向けた。
彼が庭の寒椿を見るのはこれで何度目だろうか。
俺もつられて庭に目を向け、その視線を追うように一志も窓の外を見た。
「庭が気になりますか?」
俺が都筑に尋ねる。
「え?」
「さっきから外を気にされているようだから。寒椿、綺麗に咲いていますね」
「……ええ、まぁ」
俺の言葉に含みを感じたのだろう、一志は唖然とした表情で立ち上がった。
最近何かを掘り起こしたのだろうか、寒椿が咲いているあたりの花壇だけ、不自然なくらい草が生えていなかった。
「……まさか……里佳子はあそこにいるのか?」
「は?」
都筑は怪訝な顔をして一志を見るが、その表情に一瞬だけ影が差したのを俺は見逃さなかった。
「……そんな……り、里佳子?」
一志は獣のような唸り声をあげて、窓を壊さんばかりの勢いで開くと、靴下のまま庭へ躍り出た。
そしてそのまま一心不乱に土を掘り返す。
「里佳子……里佳子……待ってろよ、兄ちゃんが来たぞ、今出してやるからな…里佳子……」
「何やってるんですか! お兄さん」
真っ青な顔をして都筑が止めに入ろうとするが、俺がその前に立ちふさがって行く手を阻む。
一志は何かを確信したかのように両手で柔らかい土を掘りかえてしていく。
温かい土で守られていた寒椿の地肌が覗けてきて、花は寒そうに揺れ動いた。
一志は手が縮こまるのも無視して、ひたするら土を掘り返していく。
しばらく抵抗していた都筑だが、やがては諦めたかのように俺の隣に立ち、黙ってその様子を見守っていた。
ガサガササ。
掘り返された土が寒椿の横にうず高く積もっていく。
コツン。
やがて、一志の手が何か硬いものに突きあたった。
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