20話

 自身が手に入れられないのなら、父親と結婚させてしまえ。

 そうすれば女は自分から離れられない、家族になるのだから。


 はっきりいってその考えは異様すぎる。

 異様すぎるのだが、不思議と俺には満緒の気持ちが理解できしてしまった。


「満緒くん、君は京香さんを愛すると同時に、彼女に母親の愛も求めていたんだね」

「…………」

「自分のことを親身なって考えてくれる女性。早い頃に母親をなくした君にとって京香さんは第2の母親のような存在。それが他人に奪われる、それを知ったとき君はきっと裏切られたような気持ちになったんだろう」

「…………」

「ポン吉にしても同じこと。少し前にポン吉に噛まれて手を縫ったんだって? ご住職に聞いたよ」


 満緒は黙って自身の手元に目を落とした。


「可愛がっていたポン吉に噛まれてしまったことで、君の中にポン吉に対する憎しみが湧いたんだ。俺もウサギを飼っていたから分かる。死ぬ間際、あれだけ可愛がっていたのに、反抗して俺に刃向かうようになった。可愛さ余って憎しみが募ったよ。今思えば、俺に体調の変化を伝えようとしていたのかもしれないけど、俺にはそれが分からなかった」


 今となっては想像でしかないが、ウサギは精一杯自身の気持ちを俺にぶつけようとしていたのだろう。

 もうすぐ死んでしまうかもしれない、怖い、不安だ、助けて。

 俺はその気持ちを分かってやれず、ただただ困惑していたのだ。


 ポン吉にしても同じ。満緒を傷つけるつもりはなかったのだろう。

 ただ遊びの一貫で強く満緒を噛んでしまっただけのこと。

 だが、それが満緒には裏切りに感じたのだ。


 ここからは完全に想像の世界だが、満緒は住職に飲ませようと用意していた薬をポン吉のエサに混ぜたのではないだろうか。


 父親に飲ませる前の実験台だったかもしれないし、本当にポン吉を殺そうとしてやったことなのかもしれない。

 これは本人にしか分からないことだろう。


「お腹に……子が……」


 目を真っ赤にした京香がポツリと言った。


「あの頃、お腹に隆さんとの子がいました。まだ隆さんに話す前に満緒に知られてしまって。他の男の子供を宿すなんて不潔だって。それがきっかけで満緒さんは隆さんに激しい怒りを覚えたんです。お腹の子は心労で流産してしまいました」


 完全に当たり屋だ。

 そもそも矢島と京香は婚約者同士、そこへ無理やり横入りしようとしてきたのは満緒の方。京香が婚約者の子を身ごもったからといって、責められる筋合いはないのだ。


 俺は呆れ果てると同時に、満緒に同情した。

 やり場のないその怒りに、俺は激しく共感した。


 満緒を見ていると、自分の若い頃を思い出すからだ。

 両親を失い、可愛がっていたウサギが死に、あの頃は自暴自棄だった。


「いい加減なこというな、くそばああ」


 満緒は未だに自身の非を認めようとしない。

 確かに状況証拠ばかりで、言った言わないの押し問答になる。


「自分のものにならない京香さんを自分の父親と結婚させ、そして父親を殺す。そこに残ったのは、義母と息子、切っても切ることのできない<つながり>だ。戸籍を変えたところで、京香さんが君の義母だった事実を変えることはできないからね」


 そのためだけに、父親を利用し意図も簡単に殺そうと画策してしまう。

 なんて恐ろしいやつなんだ。だが、そんな奴にも親はいる。

 俺はため息をついて住職を見た。


「ご住職がどこまでこの事態を把握していたのかは分かりませんが、満緒さんがあなたを殺そうとしていることはご存じでしたね」


 住職は手を震わせる。

 満緒と京香ははっとしたように顔を上げて住職を見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る