12話

「紗里さんはあなたのパートナーですか?」

「いえ、助手みたいなものです。下手をしたら俺よりも感が鋭いところがあって、いつも助けられています」


 あえて霊感と言う言葉を使わず、勘が鋭いと表現したのは男がお祓い屋という職業に疑念を抱いているからだ。


「そういう相手がいるのは羨ましいです。私は今1人きりですから」


 愛人と暮らしているのかと疑っていたが、どうやらそうではないようだ。

 妻と娘の話をないがしろにし、仕事に没頭している間に家は崩壊、気づけばたった1人取り残されていた。俺の目には目の前の男がそんなうら寂しき中年男に映って見えた。


 なんだか他人事とは思えず無性に同情心が湧いてくる。


「2週間前にお邪魔した時、奥様と娘さんの方がこの家に住んでいるんだと思ってました。お2人はあなたと別居している、と話してましたから」

「そうですか。2人が出て行ったのは2年前です。その後1年ほどは1人でこの家に暮らしていたのですが、正直気持ちが塞ぐんです。以前は明かりの灯った家に帰ってきていたので気づかなかったのですが、夜はとても不気味です。1人でいるとついついよくないことを考えてしまって。2人が霊を見たというのもあながち嘘ではないのかもしれないと思っています。今さらそんなこと言ったって遅いですが」


 男は自嘲気味に笑う。

 俺は頭の中でさまざまな考えを巡らせた。


「あなたご自身はここで霊的なものに遭遇した経験はないんですか?」

「ええ、全く。鈍感なんですかね。夜になると何か居そう、という予感はしますが実物に出会ったことはありません」


 男が鈍感なのではなく、それが普通の感覚なのだ。

 暗闇を見れば何か居そうと感じる、怖い映画を見れば後ろに誰か立っているような気がする、けれどそれが現実になることはない――普通ならば。


 今日は一度も霊に出くわしていないが、確実にここには存在している。そのことを忘れてはならない。


 当初は形ばかりの除霊を行い「力不足で元凶となる霊を祓いきれなかった。危険が迫らないようこの家を出てください」と促すだんどりだった。

 ここから離れれば気分も変わり霊も見なくなるだろうというのが俺の考えだったのだが……。


 男によるとあの母娘は2年も前にこの家を出て行っている、にも関わらず未だにあの状態だ。

 回復どころか徐々に生気を奪われているのでは、と思える悲惨な有様。

 あの老女はこの家にとり憑いた地縛霊だと考えていたが、違うのだろうか。


 頭の中がごちゃごちゃだが、俺がインチキお祓い師である以上、この一家のためにしてやれることはもうない。幸い男は霊が見えない体質のようだから、霊を祓ったふりをしてこの依頼を終えようと決めた。


 俺が話をまとめにかかろうとしたとき、ちょうど廊下の方から紗里が戻って来た。

 紗里は物言いたげな表情で、廊下の奥を指さしている。


 おいおい、何か見つけたのか。

 俺はうんざりとした気分を押し殺し、男に尋ねる。


「……お尋ねしますが、あの廊下の奥には何があるんです?」

「廊下の奥……ですか? ちょうど突き当りに娘の作業部屋がありますが?」

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