第29話 嫌な予感

  佐藤はすぐに水辺に飛び込んでいき、遊び始めようとした。知佳と小林はその後に続き、ゆっくりと景色を眺めた。

 佐藤は喜びと無邪気さを体現しているような奴だった。濡れるのも気にせず、ビーチで過ごす時間を楽しんでいた。

 一方、知佳は少し控えめな性格だった。海辺の静けさが好きで、穏やかな時間を過ごしていた。ゆったりとした服装で自由に動き回り、決して急ぐ様子はない。

 小林は、自信に満ちた態度と洗練されたスタイルで、謎めいた雰囲気を持っているように見えた。サングラスをかけ、飄々とした雰囲気を漂わせながらも、その行動には温かみがあり、人を惹きつける。


 水辺で遊ぶと、佐藤の気立てのよさが際立つ。水しぶきを上げながら、海を満喫している。知佳は海岸に立ち、砂浜に打ち寄せる波を見ていた。一方、小林は浜辺に腰を下ろし、小さな笑みを浮かべながら二人を眺めていた。


 爽やかな潮風が吹き抜ける海辺で、足元に広がる砂浜を歩きながら、俺は心地よさに包まれた。目の前には広大な海が広がっており、青い水面はまるで天国のように美しく輝いていた。砂浜には多くの人たちがいて、子どもたちが波打ち際で遊んだり、カップルが手をつなぎながら歩いたりしていた。俺はぼんやりとした目をよく知る女性三人組に目を移した。本を持って読む気でいたが、妙に目を惹かれてしまう。


 夏の日差しを浴びながら、佐藤、知佳、小林の三人は海で遊んでいる。佐藤は淡いブルーのフリルのついた水着を着て、長い髪を風になびかせながら、浅瀬に足をつけて波と遊んでいると言った感じだった。彼女は海に少し入って笑いながら、海水を手ですくって投げ合って遊んでいた。フリルのついた水着が揺られ、キラキラと輝く海水によって、彼女の美しい脚が際立って見える。由美は、長い髪をなびかせながら、はしゃぎ回っていた。


 一方、知佳は落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした服を着ていて、海風に優しく揺れている。花柄のワンピース型の水着を着て、泳いでいる。彼女は上品に泳ぎながら、周りの景色を見ていた。時々、浮き輪に手をかけて休憩することもあった。その姿勢はいつも穏やかで、ゆったりとしていた。


 そして、サングラスにビーチサンダルという、クールで自信に満ちた小林。黒いビキニを着て、佐藤の相手をしている。


「由美ちゃん、麻衣ちゃん、こんなにきれいな海で遊べるなんて、本当に最高だね」


 と知佳が言った。佐藤は


「そうですね、いい天気で、気持ちがいいですね」


 と微笑み、小林は


「私も同感。海は私たちのストレスを癒す場所ね」


 と返答した。


「そういえば、小さいころは直くんとよく海に来ていたな。いろいろなことが変わるのに、海は変わらないね」


 浮き輪に浮かぶ知佳が独り言のように言った。小林は驚いて知佳の方を向いた。


「橋本くんとは幼馴染とはいえ、小さい頃からそんなに仲がいいものなの?」


「うん、よく家族で海に来たよ。泳いだり、砂の城を作ったりしたよ」


 佐藤は二人に水をかけ、会話を中断させた。


「さあ、2人とも! 遊びましょ!」


 知佳は佐藤の熱意に微笑み、小林は苦笑する。


「よし、じゃあ思いっきり遊ぼう」


「えぇ、そうしましょう」


 海に来ることはあっても、遊ぶことは大人になってからはしなくなった。そもそもの話、海に行くことも減っているということもある。何より一番の理由は疲れるからだ。こういうところがモテない理由になるのだろう。本当は遊びに付き合うところまでがセットで、ただ海に連れて行けばいいというわけではないのだろう。世の男性諸君、お疲れ様。俺はそこまで付き合うことはできない。加えて、女性三人に対して男一人というのはあまりにも肩身が狭い。居心地は悪くないが、人の目線を意識しだすと途端に悪くなる。それに、今日はこれで終わり・・・ではないのだ。少し休ませてくれ。


「その前に、せっかく海に来たのにのんびり本を読んでいる人いるじゃないですか?」


「直くんのこと?」


「橋本くんはあんな感じでいいんじゃない? この後も付き合わせるんだから」


「なら私だけ遊んできますね」


 そう言うとその場が凍ったかのように、知佳と小林は動きが鈍くなった。


「何故そうなるの?」


「そうだよ、由美ちゃん。私だって直くんと遊びたいのに」


「じゃあ、この三人で先輩を遊びに誘いましょう」


 俺は、飲み物を買う為に売店に来ていた。流石に夏の暑さには敵わなかった。売店には様々な飲み物が揃っていた。水やお茶も考えたが、結局スポーツドリンクを買った。汗とともに塩分も失われるので、スポーツドリンクは水分補給には適している。俺は買ったスポーツドリンクを片手に、小説の続きを読もうとしていた。

 俺が戻り、早速本を読もうとした時に声がかかった。


「せ〜んぱい、私たちと遊びましょ?」


 間延びした声で佐藤が俺にそう言った。佐藤の少し後ろを見ると知佳と小林もいる。


「俺に構うな、好きに遊んでてくれ。俺はこれから小説を読むんだ」


「そんな事、言っていいと思ってるんですか? 初めから先輩には拒否権はありません。さぁ行きましょう」


 いや、めちゃくちゃな事言ってるな。初めから俺に拒否権はなかったらしい。知佳や小林も何も言わない。佐藤だけなら何とかなったかもしれないが、この様子だと彼女らもこの事に賛成なのだろう。仕方ない、少し付き合ってやるか。


「分かったから腕引っ張るな」


 さっきから、知佳と小林の冷たい目が怖い。佐藤も必死なのかかなり俺に密着してくる。女性特有の柔らかさが直に伝わるため、俺も気が気じゃない。


「いや、離しません。離したら先輩逃げますよね」


「いや、逃げないから。こんな暑い中逃げる気力もないから」


 流石に暑い夏に鬼ごっこなんかしてられないだろ。そんなことしてたら熱中症まっしぐらだ。良い年下大人がそんなことでは笑えない。いや、ほんとに笑えない。


「由美ちゃん、そろそろね?」


「橋本くんもこう言っているんだし、もう離してあげたらいいんじゃない?」


「分かりました。でも先輩、ほんとに逃げませんか?」


「だから逃げないって。それで、何をして遊ぶつもりだ?」


「砂山崩しです!」


 砂山崩しは、簡単な遊びで子供から大人まで楽しめる。砂と棒があればどこでも遊べる。手軽に楽しめる、準備不要のこの場にぴったりの遊びである。


「海の定番ゲームだな、砂山崩しするのなんて何年振りだ?」


「小さい頃はよくやったよ、直くん?」


 俺が余計なことを言ったせいで、知佳がいらん事を口にした。俺には冷ややかな視線が当てられていた。


ただの・・・砂山崩しじゃありませんよ?」


「どういうことだ?」


「どういうこと?」


 俺はこれからする砂山崩しについて何か不安な事を言う佐藤に俺は目を細めてそう言った。小林も何か感じ取ったらしく俺と同様に詳しく話すように佐藤に聞いた。


「これからするのは罰ゲーム・・・ありの砂山崩しです」


 佐藤の発した言葉は、俺の不安要素であり嫌な予感が的中したものだった。


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