私は少年好きのただの女性です

折原さゆみ

第1話 秘密の共有

「き、君はいったい……」

「俺です。如月翔太(きさらぎしょうた)です」


 まさか、目の前の小学校高学年くらいの少年が、同じ塾で働くアルバイトの大学生だと誰が思うだろうか。


 私は子供が好きだ。正直、成人男性にはあまり興味がない。子供と言っても、私の好みの年代は小学校高学年くらい~中学生くらいの成長途中の少年だ。今の仕事は私の天職と言ってもいいだろう。



「こんにちは、折笠先生」

「先生、今日もよろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 個人専門指導塾の講師、それが私の仕事である。塾のターゲットは小学生から中学生。まさに私の好みの少年が集まるパラダイスである。今日もまた、私の癒しの彼らがやってくる。生長途中の未発達な身体つきが目の保養になる。声変りをしていない子供特有の高い声が耳に心地よい。言動の幼さも、大人にはない純真さもすべてが愛おしい。少年、とは言っているが、同年代の少女もまた愛おしい。ただし、少年の方が好きというだけだ。


 折笠睦月(おりかさむつき)、28歳。独身、実家暮らし。仕事は個人専門指導塾の講師。正社員でいくつかの教室を掛け持ち、講師以外の仕事として保護者の対応や営業もやっている。


 6月初め。そんな私がいつものように、塾の準備をしようと生徒が来る前の教室のカギを開けて中に入ると、見知らぬ少年が講師用の机に座っていた。それが冒頭の出来事だったわけだ。


「如月君の親せき、かな?どうして勝手に塾に入っちゃったのかな?あれ、でも昨日はちゃんと鍵をかけて帰ったはずなのに」


 アルバイトの大学生の名前が「如月翔太」だったが、目の前の少年も同じ名前を名乗った。大学生の如月君は、身長175cmくらいの細身で、サラサラの黒髪で色白な肌。切れ長の瞳は世間から見たらイケメンの部類に入るだろう。そんな彼と目の前の少年の名前が同じだという。これが二次元の話なら。


「俺だって、こんなこと信じられないです。でも、折笠先生なら、信じてくれそうだったから!」


 少年の姿を改めて観察する。見た目は小学校高学年くらいに見える。身長は机に座っていてわかりにくいが、150cmあるかないかくらいで、色白でサラサラの黒髪で切れ長の瞳。顔はなんとなく如月君の面影がある。彼と小学生のころに出会っていたらこんな感じだっただろう。


「か、鍵は教室の裏のポストにあったのを借りました。お、折笠先生が異常な子供好きなのも、お、俺は知っています!」


 私は夢を見ているのかもしれない。まさか、現実でこんなことが起ころうとは。とはいえ、目の前の少年の言葉を信じるには証拠が少なすぎる。


「如月翔太(きさらぎしょうた)、22歳、大学生。こ、この服を見てください!」


 少年はアルバイトの大学生の名前を再度口にして、自らの服を引っ張った。


「普通、こんなだぼだぼの服を子供は着ません!ほかに何を言えば俺の事を信じてくれますか?生年月日、大学名、住所と携帯番号ですか!」


 少年は机から立ち上がり、私の前に立つ。確かに、少年が着ている服は彼の身長からしたらかなり大きなものだった。カッターシャツはかなり大きくて袖も余っているし、丈も長い。ズボンに至ってはかなり裾を曲げて履いている。ウエストがゆるゆるでベルトが意味をなしていない。メガネをかけているが、少年の顔にあっておらず、鼻にかからずにずり落ちている。如月君は塾ではメガネをかけていなかったが、普段はコンタクトかもしれない。


「とりあえず、その身体に至った経緯をお姉さんに話してくれるかな」


 ここまで言われたら信じるしかない。私はこう見えて二次元の話は大好物だ。それに、困っている少年を助けるのは大人の義務である。



「昨日、大学のサークルの飲み会がありまして……」


 私たちは生徒用の面談室に移動して机を前に向かい合って座っていた。ここはパーテーションで区切られていて半個室となっているため、外から誰かに見られる心配がない。本来なら今は生徒のために教室の準備をしている時間であるが、緊急事態である。


 とはいえ、正社員の私は塾の開講時間の3時間前には教室に入っている。営業などのほかの仕事もあって早く来ていたことが幸いした。それらの仕事は無視して、子供の話を聞くことにした。塾は夕方の5時開講で現在の時刻は2時30分。外は太陽が昇り、ガラス張りの教室には日光がさんさんと降り注いでいた。


 子供は淡々と自分の姿がこのようになってしまった理由を語り始める。大学、サークル、飲み会、という言葉が少年の口から出てくるのは不思議な感じだ。やはり、彼はアルバイトの大学生、如月君で間違いないだろう。


 如月君は飲み会の帰りに奇妙な女性に出会ったそうだ。


「黒いローブを頭かすっぽりかぶっていて顔はよく見えなかったんですけど、家のアパートの前に立っていて、怪しかったので素通りしたんですが」


 子供は顔をゆがませて思い出したくもないとばかりに首を振る。それでも自分の身に起きたことを私に信じてもらうためか、言葉を続ける。


「『これは呪いだ』って、急に俺の腕をつかんできました。そして、どこにそんな力があるのか、振りほどけないうちに口紅みたいなもので、腕にこれを」


 子供は大きすぎるカッターシャツをめくって左腕を私に見せてくる。そこには赤色で何か書かれている。しかし、何がかかれているかまでは判読できない。字が下手なのか、そもそも文字ではないのかそれ自体もわからない。


『私は……の世界を広めて見せる』


 ふと、女性の声が聞こえた気がして、あたりを見わたす。しかし、教室には私と子供以外誰もいない。


「これを書いた女性は笑いながらその場を去っていきました。追いかけたんですけど、通りを出たらすでにいなくて……」


 気味が悪くなったので、如月君は急いで家に帰って風呂場でシャワーを使って腕の文字を洗い流したらしい。しかし、どんな顔料を使ったのかわからないが、どうしても消すことが出来なかった。


「仕方ないのでそのままその日は寝たんです。そうしたら、朝起きて」


『少年の姿になっていた』


 私と如月君らしき少年の言葉がハモリをみせた。

 

 これはまさに二次元に良くあるシチュエーションだ。だが、これにはおかしなことがいくつか存在する。成人男性が少年になってしまうというファンタジー要素は気にしないことにする。その点を気にしていたら、他の些細な点はどうでもよくなってしまう。


 如月君は、話は終わったとばかりに大きな溜息をついて、机に突っ伏した。私は気になっていたことを質問することにした。


「どうして、その姿で塾に来たの?今の話を聞いていると、自分の身に異変が起きたと知って、最初に声をかけてきたのが私ということになるんだけど」


 気になったのは最初の相談相手が私だということだ。この場合、二次元では異変が起きた時、そばにいる恋人などに話すのが物語のセオリーだ。それなのになぜ、出会って間もない大して親しくもない、塾の上司に相談するのだろうか。


「それは」


「もとに戻る方法にあてはあるの?最初に私に相談したという時点で嫌な予感しかしないけど」


 物語で主人公の最初の相談相手になるのは、大抵その後の重要人物となることが多い。如月君は確かに世間ではイケメンで将来有望そうには見える。そんな彼に相談されることが嫌なわけではない。とはいえ、私は。


「ごめん、私には解決策が見つかりません。君の人生を背負うほどの覚悟もないし、そもそも、6歳も下の男性とは」


「なんで俺が振られた感じになっているんですか?俺は折笠先生に告白なんてしてませんけど!」


 いや、この状況を見れば、誰だって自分に気があると思ってしまうだろう。相手に自分の秘密を話すなんて、よっぽど信用できる相手でないとしないはずだ。少なくとも私はそう思っている。


 いきなり怒鳴りだした少年の顔は、私の好みに合致していた。なんなら、成人姿の如月君よりも今の姿の方に胸の高鳴りを覚える。二人きりで居ることが急に恥ずかしくなってきた。


「どうして俺がこんなことを先生に話すのか、ですけど、な、なんとなく、折笠先生なら、笑わずに信じてくれそう、だった、から」


「萌え」

「えっ?」


 しまった、心の声が口から洩れてしまった。驚いた表情の如月君につい、笑みがこぼれる。


「事情はわかりました。君がアルバイトの如月君だってことはひとまず信じるよ。とはいえ、今日は塾の開講日で、この後生徒が来るんだけど、それまで如月君はどうする?」


 目の前の少年に萌えるのは良いのだが、私も社会人として仕事がある。如月君の話を聞いている時間も給料が発生している。


「いったん、家に帰ります。また塾が終わったらここにきてもいいですか?」

「それは構わないけど」

「今日のシフトは休みになってしまいますが、よろしくお願いします」


 如月君は申し訳なさそうに頭を下げる。さすがに私以外の人間で、少年の中身が大学生だと信じる人はいないだろう。


 こうして、少年姿の如月君は一度家に戻っていった。

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