おまえはどうおもってんの



「なあ、夏っておわったんだよな?」

「おう」


 二限と三限の合間の休み時間。

 始業式、HRを無事に終えて、さっそく次から通常授業。億劫おっくうながらに机から教科書やノートを引っ張りだしていると、かたわらへ砂漠に迷い込んだライオンみたいなのが近寄ってきた。

 むさ苦しさをたてがみで形容してみた。クラスメイトにして悪友、敦賀つるがリョウタである。


「おかしい。今日は九月二日だろ? なら、二日前にはもうおわってるはずだ」

「……おう、たぶんみんなおもってるから安心しろ」


 思考が被ってるのがむかつくが、言いたいことはわかる。


 教室には俺たちとおなじく、どこか弛緩しかんした空気がたゆたっている。

 机にぐだっと身をなげだすもの。シャツの首元をつまんで下敷きであおぐもの。うしろの壁ぎわに集まって休み中の出来事を駄弁だべっているもの。

 来年に受験をひかえた高校生といえど、さあこれから授業だと息巻くものは一人もいない。休み明けだし、そんなものだとおもう。

 くわえてこの暑さだ。やる気を出せというほうが無理な話だろう。


 そんなクラスの様子をひととおり眺めてから、憐れむようにリョウタがつぶやいた。


「なんかこう、ぬるま湯地獄ってかんじだな。生気ってもんが感じられねえ」

「そのたとえは、地獄の鬼に失礼なんじゃないか? あちらさんはもっとハードワークだろうし、こんな休みボケした連中といっしょにされたくはないだろ」

「まずクラスメイトが地獄に送られてるコトにツッコまない? 差し置いてなににフォローいれてんだよ」


 呆れた顔をして手前の空席に腰をおろした。夏休み中のバイトがはかどったのか、まえに会った時よりもいっそう日に焼けている。

 垂れた目つきと相まって “まっくろパンダ” という言葉が浮かんだ。それはもう熊なのでは。


「……うっわ、こいつもう授業の準備とかしちまってるよ。やだねぇ、優等生にでもなりたいのかい? ぼうや」

「そっちこそ、勉強がいやだからって逃げ出したりしちゃだめだからな。あんまし先生に迷惑かけんなよ」

「したことねえわ。おまえ、おれをなんだとおもってんの?」


 ため息をつき、なんとなくそろって窓の外をみた。

 ちょうど体育の授業があるらしい。体操服の集団が校舎からぞろぞろ出てきている。あれは一年生だろうか。この炎天下におもうところがあるのか、なんとも哀愁をさそう表情を一様にうかべている。

 種目は……野球か。グローブを持っているし、倉庫から出てきた体育教諭がボールのはいったかごを押している。グラウンドをつかうのは男子だけのようだ。女子の姿はない。まあ、ここからではクラスもわかりはしないが───。


「しかしまあ、ってのは事実かもな」


 沈みきった声で現実に引き戻された。

 彼が向ける視線の先、反対の廊下側の席に目をやる。この暑いさなか、とりわけホットな一角がある。


「なんでも、休みのあいだにになられたようで。舞台はとなり町の花火大会だったそうな」

「……ああ、それで」


 その手の話題にはうといが、なんとなく雰囲気で察していた。


 はたからみれば、となりあった席の男女がただ話しているだけだが、表情や口ぶりからかもしだされるオーラがこう、事実を物語っている。彼ってあんなふうに笑うんだねとか、彼女って意外におしゃべりだったんだねとか。

 まわりの人間もなんとなく空気を読んで、なのか自己防衛のためか、円を描くようにスペースをつくっている。たしかにあの場につっこんでいきたいとはおもえない。


「……同情はしておく。おまえの席、あの真後ろだもんな」

「サイアクだ、とはいわねえよ? けど目と鼻の先で消しゴムわたしっことかされるとさ、自分の存在意義についてかんがえたくなっちゃうんだよ。汗水たらして授業をうけてるだけのおれの人生って、なに? って」


 たった一限分の時間でそうとう精神にダメージを負ったらしい。新学期初日から難儀なんぎなやつだ。


「お疲れさま、よく毒吐かずに耐えられたな」

「浅井のヤツ、ラグビー部の主将になってから苦労してるらしいからな。それにボウズを呪うような男にゃなりたくねえし」


 などと、無機質な目をして応答する。へんなポリシーをもってるらしい。


「せいぜい前からプリントわたされるときに、しっかりヤツの目をのぞきこんでやるくらいだ」

「最悪だな、おまえがおとこをかたるなよ」


 それでもきっちりねたそねむのが彼という人間である。

 頭のうしろに手をやりふてくされている友人をみて、安心感みたいなものが湧いた。我ながらどうかとおもうが、人間、変わらないものを見ると親しみをおぼえてしまうものらしい。


 あーヤダヤダ、これからさらに増えるんだろうぜ、とかぶりをふる悪友に、生温い視線をおくりつつ頬杖をつく。


「こっからさき、文化祭にクリスマス、お正月と、イベントわんさかめじろ押しだもんな。独り身の目がとどく場所でイチャつくカップルなんて、さっさとなにがしかの法で規制されりゃいいのに───そういや、帰りのHRで文化祭の実行委員きめるってよ。津田センセと高島がはなしてるの聞いたわ」

「……あー、もうそんな時期か」


 うちの高校の文化祭は十月に行われる。規模はふつう。内容も出店や演劇、クラス展示が主で、ほかに文化系の部活……バンドの演奏、和菓子の販売、伝統芸能の体験会、といった、まあ特筆すべきもののない、けれど学生たちにとっては重要で待望の行事のひとつとなっている。


 ただ、ひとつ特徴的な点を挙げるとすれば、その体制。

 文化祭を束ねる委員に “管理かんり委員いいん” と “実行じっこう委員いいん” の二種類があることだろうか。簡単にいうと、管理委員は文化祭の企画から運営全般を、実行委員は準備から当日までの運営補助を行うメンツ───となっている。


 一般的なイメージの文化祭委員が “管理委員” で、“実行委員” はその秘書といったところか。

 なんだか遠回りな制度のようにもおもえるが、うちの文化祭が以前まで一学期に行われていたことの名残りらしく、手伝えなくなった三年生の穴埋めとして講じられた策なんだそう。


「決めるって言っても、文化祭までもう二か月もないだろ。そんなんで間に合うのか」

「さあ、しらね。管理委員のほうは四月のアタマに決まってるし、そっちは夏休み中もうごいてたんじゃねえの?」


 しょせんは寄せ集めということか。実行委員といっても名ばかりで、実態は管理委員のいわば下働きのようなもの。そのため進んでなりたがるような者は少ない。


「うちのクラスの委員って、高島さんなんだっけ」

「そ。女子に優しく、男子は笑顔でこき使うタイプ。友だち付き合いとしちゃわるくない性格だが、あの下について働くとなるとべつだよなぁ」


 と、これまた前方に目をやる。窓ぎわで友だちとふたり、くた~っとしている子に風を送ってあげているのが彼女だ。しっかり者で、からっとしていて他人との間に壁がないため、話しやすい。

 だれかをアゴで使うようなイメージはあまりないが、中学が同じだったとかでリョウタの方が面識はある。彼にとってはそういう認識らしい。


「……いっそ、実行委員になってみれば? まだ見ぬ出会いってやつがころがってるかもよ」

「ヤですよ。文化祭の委員なんて、好きが高じてはいった連中だろ? 真面目にやってるやつらの輪のなかに、下心で水差しにいくなんて無粋だろ」


 などと、苦い顔でつぶやくリョウタ。

 こういうところは馬が合うというか、根っこに通ずる部分があると思わせられる。それゆえ、他の部分が余計にきわだってみえるのかもしれないが。


 そうしているうちに、気づけば時間が経っていたらしい。

 そろそろチャイムだ、と重たいため息をついて席から立ち上がった。見れば、時計の長針が頂点にさしかかっている。


「ようし、苦行の時間だ。おれはヤツの文房具が床に落ちないことを全霊で祈るとする。おまえはおれの武運を祈っててくれ」

「リョウタ」


 謎のハンドサインを残して離れていく友人を呼び留めた。顔だけこちらを向いた彼に、ひとつ問いかける。


「おまえ、俺が長船と仲良いことに関してはどうおもってんの」


 我ながら急だったとおもう。

 訊かれた当人も当惑したように、あ? と片眉をあげ、あー、と天井をにらむような目をして、


「ほかの野郎に寄りつかれるよりかは、マシか……」


 と、残念そうな顔をして去っていった。

 なにが残念なのかについては、深掘りはしないでおいた。





 時間はゆっくり過ぎて、昼休みになった。

 夏休み明けの影響だろうか。机にすわって授業を受けるだけなのに、むしろそれだけに、平淡で緊張感のない時間が進むのはより遅かったようにおもう。


 三限から四限。たっぷり二時間ものあいだ延々と惚気のろけに当てられ、しなびた雑巾と化して机に伏した友人を横目に、教室をでる。

 学級日誌を片手に職員室まで行き、連絡事項と配布物の有無を確認して戻ろうとした、その帰り道。


「あ、せんぱい」


 階段に足をかけたままの姿勢で頭上をみあげる。

 両腕に抱えたノートの山に、あごを乗っけた長船カナの顔が、こちらを見下ろしていた。

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