かわいい女の子がよりどりみどりだぜ、ひゃっほい



 Breadブレッド Bizenビゼン というのがパン屋さんの名前だった。

 彼女の義理の叔父さん───長船と血のつながりがあるのは叔母さんの方だそう───が創業してから今年で二十年になるらしい。どこか新築の感じがするのは数年前にリフォームしたからとの話。


 深緑色の屋根と丸太の壁のログハウス。内装は西洋っぽいデザインで調ととのえられている。

 来店したものに、童話の絵本のなかに入ったようなしょうけいと、ゆったりした落ち着きを感じさせるいこいの場所だ。

 イートインスペースこそないものの、腹をすかせた帰り道にはおもわず立ち寄ってしまうような魅力がある。


「それじゃあ、今日からよろしくね。近江くん」

「はい、よろしくおねがいします」


 俺は長船の紹介で“人員補充ができるまでの臨時のお手伝いさん”というていでお店のシフトに入らせてもらった。

 だが、お手伝いといえど、バイトだ。労働の対価として給料は発生してしまうし、裏をかえせばいただく給料に見合うぶんの働きを求められる。


 教室で漫然まんぜんと授業をうけたり、部活で自分のしたいように身体をうごかすのとはわけがちがう。

 学生気分のままでいてはダメなのだ。ぐっと気を引き締める。


「あはは、かおがひきつってるよ。そりゃあせっかくきてくれたんだし、戦力として期待はするけど、無茶をふったりするつもりはないから安心して」

「はい、善処します」

「おっと、だめっぽいな」


 俺の緊張している様がへんなツボを刺激したらしい。くすくすと笑いながら背中をたたかれた。


 俺に仕事を教えてくれるのは日生ひなせさんという女性。店いちばんの古株……女性の説明にしては言い方がわるいな。いちばん歴が長い……経験者の方だ。

 口調もまとう雰囲気もやわらかく、笑い方がつつましやかなところが特徴的。年齢もたぶんそう変わらない気がする。親しみやすいお姉さんといった感じだ。


「まずはわたしのよこについて、やることをおぼえていく感じかな。ふむふむこういう仕事ねと見ていてくれるといいよ」


 身振り手振りをしてくれたが、いまのところちんぷんかんぷんだ。

 困って首をかしげると、おいおいでいいから、とさらに笑われてしまった。


「───ふう。話にはきいてたけど、きいてた以上に大物みたいだ。こいつはひさびさに腕がなっちゃうかもだね」

「……お手柔らかに、お願いします」

「ふふ、もちもちさ。開店時間になったらまたくるから、とりあえずそれまではラクにしてなさいな。落ちつかないなら、お店をながめたりしてふんいきに慣れておくと……って、常連さんだし、それはいらないかな?」


 それじゃあしっけい、なんていって彼女はレジの奥へと消えていった。


 スタッフオンリーと書かれた扉は厨房につながっており、そこでは長船かのじょの叔父さんがせっせとパンを焼いているらしい。きほんはもう一人か二人がその補助に入ったり、レジに入ったりを行き来するのだとか。


 小ぶりなお店のため、従業員シフトの人数は少ないようだ。

 俺と、日生さんと、店長の叔父さん。それから、今日のシフトはもうひとり。


「先輩の気配がしました!」


 ばーん、と扉が開かれた。もしかしなくても長船カナである。

 ぐるりと店内を見回し、俺をみつけて、おお、と吐息をもらした。


「……その反応はなに?」

「幸せを噛みしめているんです。きっちりとした先輩はレアですし、この状況がもうミラクルなので」


 きっちりと、というのは身なりの話だろうか。シフトに入るにあたり、店に貸していただいた制服に身を包んでいる。

 エプロンや帽子の色等、男女の差はあれど、だいたい彼女とおそろいの恰好だ。

そこに何か特別なものを感じたらしい。それをいうなら、学校の制服も同じような気もするが。


「なにを言ってるんですか。先輩は学校行事でいくスキーと、恋人同士でいくスキーがおんなじだとおっしゃいますか」

「おー、そういわれると説得力があるような」


 ……いや。バイトはべつに恋人と同義に語られるものではないような。

 でもなんだろう。とうぜんでしょう、という目をしながら言い切られると、そんな気もしてくるから不思議だ。


「にしても、俺でよかったのかなぁ。さっき聞いたけど、ここで働いてるひと女の人ばっかりだったんだけど」

「それは“かわいい女の子がよりどりみどりだぜ、ひゃっほい”という意味でよろしいですか?」

「おまえには俺がどう見えてるの?」


 ジト目になってにらんでくる。たぶん、俺もおんなじような目をしているとおもう。


「あれだよ、こう……和を乱さないかとか、雰囲気を壊さないかとかいう」

「なるほどそっちでしたか。許します」

「……」

「いまはそうですけど、まえは男の人もいたみたいですし、だいじょうぶですよ。それに先輩は見てくれは平凡ですが、受け答えもしっかりしていますし物腰もやわらかいので」

「……贔屓目じゃないことを祈ってるよ」


 褒められてるような、けなされてるような。

 初めてのことで緊張したり、先輩店員の長船かのじょに頼もしさを覚えたりで、とっても感情が迷子。とりあえず無難な返事をしておく。


「そういや、なんで俺だったんだ」


 次に、気になっていたことを聞いた。

 頼ってくれたことはうれしいし、ありがたいけど。彼女ならほかに伝手つてもあったんじゃないかとおもう。友だちとか、狂信者さおとめとか。

 ほかに働いている人がみんな女性だったぶん、余計に疑問におもえてしまった。


「そっ、そんな目で見ないでください! 困っていたのはほんとうだったんですから! ……たしかに、先輩といっしょに働けることになんの魅力も感じなかったのかと聞かれれば、認めざるをえませんけども」

「……したたかだよな、おまえも」


 意外と俗っぽい理由だったらしい。あの緊迫した様子はなんだったのか。

 ともかく。現時点での俺はとくべつ何かを期待されてるわけでもないらしい。


「わかった、なにか技量を見込まれての救難信号じゃなかったわけね。……なんか、安心したような、かえって不安になったような」

「む、めずらしく先輩が弱気っぽい……ちゃんす、チャンスタイムってやつですか」

「よーし、がんばるぞ俺」


 新しいことを始めるには勇気がいる。知らない人たちの輪の中に飛びこむのだってそうだ。

 少なくとも見知った顔がいるんだし、なんてちょっと前まではおもっていたが。どうやら頼りにならない、というか頼ってはいけないタイプだったらしい。


 窓の外を見ながら深呼吸をひとつ。覚悟を決めたおかげか、逆に冷静になれた気がする。

 それから彼女と他愛のない話をしつつ、開店時間を待った。


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