かわいい女の子がよりどりみどりだぜ、ひゃっほい
◇
彼女の義理の叔父さん───長船と血のつながりがあるのは叔母さんの方だそう───が創業してから今年で二十年になるらしい。どこか新築の感じがするのは数年前にリフォームしたからとの話。
深緑色の屋根と丸太の壁のログハウス。内装は西洋っぽいデザインで
来店したものに、童話の絵本のなかに入ったような
イートインスペースこそないものの、腹をすかせた帰り道にはおもわず立ち寄ってしまうような魅力がある。
「それじゃあ、今日からよろしくね。近江くん」
「はい、よろしくおねがいします」
俺は長船の紹介で“人員補充ができるまでの臨時のお手伝いさん”という
だが、お手伝いといえど、バイトだ。労働の対価として給料は発生してしまうし、裏をかえせばいただく給料に見合うぶんの働きを求められる。
教室で
学生気分のままでいてはダメなのだ。ぐっと気を引き締める。
「あはは、かおがひきつってるよ。そりゃあせっかくきてくれたんだし、戦力として期待はするけど、無茶をふったりするつもりはないから安心して」
「はい、善処します」
「おっと、だめっぽいな」
俺の緊張している様がへんなツボを刺激したらしい。くすくすと笑いながら背中をたたかれた。
俺に仕事を教えてくれるのは
口調もまとう雰囲気もやわらかく、笑い方がつつましやかなところが特徴的。年齢もたぶんそう変わらない気がする。親しみやすいお姉さんといった感じだ。
「まずはわたしのよこについて、やることをおぼえていく感じかな。ふむふむこういう仕事ねと見ていてくれるといいよ」
身振り手振りをしてくれたが、いまのところちんぷんかんぷんだ。
困って首をかしげると、おいおいでいいから、とさらに笑われてしまった。
「───ふう。話にはきいてたけど、きいてた以上に大物みたいだ。こいつはひさびさに腕がなっちゃうかもだね」
「……お手柔らかに、お願いします」
「ふふ、もちもちさ。開店時間になったらまたくるから、とりあえずそれまではラクにしてなさいな。落ちつかないなら、お店をながめたりしてふんいきに慣れておくと……って、常連さんだし、それはいらないかな?」
それじゃあしっけい、なんていって彼女はレジの奥へと消えていった。
スタッフオンリーと書かれた扉は厨房につながっており、そこでは
小ぶりなお店のため、
俺と、日生さんと、店長の叔父さん。それから、今日のシフトはもうひとり。
「先輩の気配がしました!」
ばーん、と扉が開かれた。もしかしなくても長船カナである。
ぐるりと店内を見回し、俺をみつけて、おお、と吐息をもらした。
「……その反応はなに?」
「幸せを噛みしめているんです。きっちりとした先輩はレアですし、この状況がもうミラクルなので」
きっちりと、というのは身なりの話だろうか。シフトに入るにあたり、店に貸していただいた制服に身を包んでいる。
エプロンや帽子の色等、男女の差はあれど、だいたい彼女とおそろいの恰好だ。
そこに何か特別なものを感じたらしい。それをいうなら、学校の制服も同じような気もするが。
「なにを言ってるんですか。先輩は学校行事でいくスキーと、恋人同士でいくスキーがおんなじだとおっしゃいますか」
「おー、そういわれると説得力があるような」
……いや。バイトはべつに恋人と同義に語られるものではないような。
でもなんだろう。とうぜんでしょう、という目をしながら言い切られると、そんな気もしてくるから不思議だ。
「にしても、俺でよかったのかなぁ。さっき聞いたけど、ここで働いてるひと女の人ばっかりだったんだけど」
「それは“かわいい女の子がよりどりみどりだぜ、ひゃっほい”という意味でよろしいですか?」
「おまえには俺がどう見えてるの?」
ジト目になってにらんでくる。たぶん、俺もおんなじような目をしているとおもう。
「あれだよ、こう……和を乱さないかとか、雰囲気を壊さないかとかいう」
「なるほどそっちでしたか。許します」
「……」
「いまはそうですけど、まえは男の人もいたみたいですし、だいじょうぶですよ。それに先輩は見てくれは平凡ですが、受け答えもしっかりしていますし物腰もやわらかいので」
「……贔屓目じゃないことを祈ってるよ」
褒められてるような、けなされてるような。
初めてのことで緊張したり、先輩店員の
「そういや、なんで俺だったんだ」
次に、気になっていたことを聞いた。
頼ってくれたことはうれしいし、ありがたいけど。彼女ならほかに
ほかに働いている人がみんな女性だったぶん、余計に疑問におもえてしまった。
「そっ、そんな目で見ないでください! 困っていたのはほんとうだったんですから! ……たしかに、先輩といっしょに働けることになんの魅力も感じなかったのかと聞かれれば、認めざるをえませんけども」
「……したたかだよな、おまえも」
意外と俗っぽい理由だったらしい。あの緊迫した様子はなんだったのか。
ともかく。現時点での俺はとくべつ何かを期待されてるわけでもないらしい。
「わかった、なにか技量を見込まれての救難信号じゃなかったわけね。……なんか、安心したような、かえって不安になったような」
「む、めずらしく先輩が弱気っぽい……ちゃんす、チャンスタイムってやつですか」
「よーし、がんばるぞ俺」
新しいことを始めるには勇気がいる。知らない人たちの輪の中に飛びこむのだってそうだ。
少なくとも見知った顔がいるんだし、なんてちょっと前まではおもっていたが。どうやら頼りにならない、というか頼ってはいけないタイプだったらしい。
窓の外を見ながら深呼吸をひとつ。覚悟を決めたおかげか、逆に冷静になれた気がする。
それから彼女と他愛のない話をしつつ、開店時間を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます