13:準決勝 VSルイン
会場に上がると、凄まじい歓声がまるで音の雨みたいに俺に降り注いでくる。
向かいからやってくるのは当然ルインだ。長身の美女。切れ長の瞳は細められていて、明らかに俺をじっと観察しているようだった。
口元をわずかに持ち上げて口を開く。
「初めまして。狐面さん。随分と人気があるようで何よりね。この私が相手するにふさわしい敵が出てきてくれて嬉しいわ」
「…褒められてるんですよね?氷の女王様」
仰々しく話しかけてきたので、俺もそれに乗る。だが、俺が呼びかけると彼女は肩をぴくっと揺らした。
「…ごほんっ。ルインと呼んで。その呼ばれ方は…ちょっと恥ずかしいから」
「あー…じゃあ俺も狐面って呼ぶのやめてくれますか?あ、もちろん首狩りとかも無しで」
「…いいでしょう」
まあ、そりゃそうだ。俺だって首狩りどころか、狐面とか呼ばれるのも抵抗あるし。とりあえず、変な所で共感してないでそろそろスイッチを入れよう。向こうもそう思ったのか、表情を切り替えてレイピアを抜いた。
「私の倒すべきは王竜水ただ一人…カミノ、貴方に負けてはいられないの。悪いけど、本気で行かせてもらうから」
「望むところです」
レイピアを、まるで貴族のように背筋を伸ばして構えるルインに、俺も刀を抜いて戦意を高めた。
『ここに至るまで多くの強者と胸躍る戦闘を繰り広げ、勝利を収めてきた隠れた実力者!首狩りのカミノ選手!』
『相対するはありとあらゆるものを氷漬けにし、一刀両断してきた無類の魔法剣士、ルイン選手!』
『狐面の侍と氷の女王が今ぶつかり合う!果たしてリングに残るのはどちらだ!?それでは――――試合開始!』
俺は足を強化して、地面を蹴り爆発させ、一気に加速。真っすぐ行って最速でルインの首を狙う。ルインは俺の太刀筋に冷静にレイピアの先端を乗せて、その一撃を反らした。そして三連撃の突きを放ってくる。
早い。威力を削った速さ重視の動き。威力を犠牲にした分、何か狙いがあるとしか思えない。全て避けて、刀による連撃を繰り出した。
それに対するルインの防御は的確だった。繰り出した斬撃のことごとくをレイピアによって流される。さらに、刀を伝って手のひらに冷気を感じた。どうやら受ける度に刀が冷たくなってしまうらしい。
流石にこのまま突っ込むわけにはいかないと後ろに飛びながら切り払いをして一旦距離を取ろうとしたその時だった。
「―――【氷月】!」
それを待ち望んでいたかのように、ルインはレイピアを俺に追撃するようにして切り上げさせた。距離が離れていた為ルインのレイピアは俺を捉えなかったが、ルインの足元から凄まじい勢いで氷の刃が出来上がり、俺に向かって伸びてきた。
「っ!」
慌てて着地と同時に地面を蹴って宙に飛び、三日月型に伸びる斬撃から逃れる。だが、氷の壁はさらに大きく広がり、複数の刃が俺に向かって伸びてきた。
「デッ…!」
映像で見せていたものよりもずっとデカい!想定外の大きさに俺は空中で身を捻って一部を避けて、避けきれない分を刀を振って砕いた。
「ヤアアアアアア!」
それこそルインの策だった。気が付けば姿を消していたルインが、三日月型に薄く伸びた斬撃…その壁越しに、レイピアを俺に突き立てた。
氷の破片が飛び散る。完璧な不意打ちだった。俺も思わず目を見開く。そのままレイピアは俺を貫こうと伸びる。
「…っ!」
口角が上がる。勝った。この勝負、俺の勝ちだ!
「【風刃】」
強化した足で、風刃で作り出した風の足場を蹴ってその場を離脱。そして、俺は力いっぱい地面に投げたスーパーボールのような速度で空中を跳ねて三角飛び、かまいたちのような速度ですれ違い、ルインの首を切っていた。
「…え?」
凄まじい勢いでルインの首から魔素が噴き出る。俺は着地しながらそんなルインに最後まで刀を向ける。
「こんな、ところで…!」
「なっ」
俺はぎょっとした。なんとルインが切り込みを入れられた首を凍らせて、無理やり魔素の漏出を防いだのだ。
「勝負よ、カミノ!」
地面に着地したルインがまるで引き絞られた矢のように地面を蹴って加速、俺に迫ってきた。凄まじい勢いの突き。俺はそれを避けて、更に素早い動きでの連撃を刀で持って弾き落し続ける。
「シッ―――!【氷蓮華】!」
突きを放つたびに、氷の花が咲き乱れてそれが機雷と化してその場に滞空し始めた。更にルインは俺の逃げ道を的確に潰す場所に氷の機雷を生成し続けてくる。俺は逃げる場所をどんどんと潰されていっているのを感じながら刀を振るい続けた。
顔の横、腰の近く、更に頭上。様々な所で火花が散り、氷の花が咲き乱れる。更に、最後にルインは地面を突き刺し、巨大な華を咲かせた。花弁一つ一つが凍てつく刃だ。掠りでもすれば致命傷になるだろう。
「【風刃】!」
俺はそれらを風の刃の暴風で吹き飛ばした。ルインは目を見張らせるが、そのままレイピアで切り込んでくるのでそれを刀で受ける。
「カミノ、貴方の顔、覚えておくから!」
ルインの涙目が俺を睨んだ。
「…っ、はあ!」
俺は風刃を起動。ルインの足に風の刃で傷を作り、次の瞬間に一気に刀を振るう。ルインの腕を切り、更に胴体に袈裟切りを入れた。
ルインはそのまま消えていき、俺の勝利が確定したのだった。
『狐面の侍が女王を討ち果たし、決勝へと駒を進めた!誰がこのような展開を予想できたでしょう!誰がこの男の登場を見抜けたでしょう!誰もが予想していなかった波乱の展開に、誰もが胸を躍らせている!この先の景色も見せてくれるのか!勝利したのはこの男!カミノ選手だ~!』
『ルイン選手の戦術的な動きは非常に洗練されていました。ただ、ここまで更なる手札を隠し通してきたカミノ選手が一枚上手でしたね。両者ともに注目すべき点が多い良い試合でした』
ルーファという名のプロ冒険者の解説と同時に、大歓声が響き渡る。俺は刀を収めて会場を後にしたのだった。
13:準決勝 VSルイン
「完敗よ!」
「…あ、はい」
試合後、控室で休憩を取っていると急にルインさんがやってきて、椅子を一つ占領しながらそれはもう悔しそうにそう叫んでいた。
ドアの向こうでは職員が立っていて、俺がルインに何かされないか、もしくは俺が不正しないかを警戒しているらしい。
こっそりと職員に「これいいんですか?」と問いかけたが、「カミノ選手さえよければ…」とそれはもう申し訳なさそうに腰を低くされたので、恐らくルインさんが無理を通したらしい。
まあ、一度剣を交じわせた仲だし、彼女の性格的に報復とかそういうのは無いだろうと判断して通して今に至る。
「そんな事を言う為にここに来たんですか?」
「違うわ。賞賛と激励をしに来たのよ。カミノ、よくぞこの私を倒したわ。その腕前はあっぱれというほかない…でも勘違いしないように。私の本領は魔法戦の方に比重が置かれているのだから、もし評価点とかそういうのが無かったら勝っていたのは私だったという事を重々承知しておくことね!」
「それは、えっと…賞賛っていうか、半分以上負け惜しみじゃないですか?」
「…ふっ。この私を下したのだから、決勝戦では無様な姿を見せられないわよ。何せ私にはファンが多いのだから、私に向けていた期待や願いを背負って貴方は決勝戦に赴くのよ。もし無様に負けたりしたら彼らを怒らせてしまうかもしれない」
「…今スルーしました?あの、自覚あるんですね?」
ルインさんはこの部屋に備え付けてあった茶葉パックを使って俺が淹れた緑茶を綺麗な姿勢で啜った。
「…さて、激励をしに来たのは本当だけど、実は個人的に貴方にどうしても伝えたいこともあって来たの。急な来訪、失礼千万なのは承知だけど許してほしいわ」
「…なるほど。それで、伝えたい事とは?」
「王竜水の事よ」
「…フェアじゃない情報を伝えるつもりじゃないでしょうね?」
「え?ああ、大丈夫。別に彼の強さの秘訣とか、そういうんじゃないから。むしろ、これは私の個人的な感情というか、執着というか、そういうのだから」
ふむ、それはルインさんの王竜水を見る視線に関することだろうか。結構分かりやすく睨みつけていたから、事情があるのだろう。
「何から話せばいいかしらね…そうね。カミノ、貴方は私の前世が異世界人だって言ったら笑う?」
「…なんだって?」
いせ…なに?異世界人って言ったか、今。
異世界人。その単語は普通だったら笑う所だろうが、俺にとっては笑えない。何せ異世界人そのものとかかわりがあるのだ。リリアと鴻支部長は紛れもなく異世界人なのである。
しかし、ルインは今前世が異世界人だと言った。前世ってのはどういう意味だ?
「…前世ってのが、小説とかでよくある生まれ変わりの事を言うのであれば…ルインさんは、異世界人としての記憶を持っていると?」
「いいえ、記憶は持っていないわ。ただ…漠然と、私はここではないどこかで生きていたっていう感覚があるっていうか。ふとした拍子に、私が見た事のない全く知らない場所の情景や風景を思い出すことがあったり…知らない事を何故か知ってたりする。氷魔法の使い方も、何故か最初から知ってたし。私が小さい頃、親が私が全く知らない謎の言語を拙いながらも喋ろうとしていた、って」
「…なる、ほど」
俺はその言葉を何とか咀嚼し、飲み込んだ。
「なんでかしらね。王竜水を見ると、デジャヴって言うの?既視感が本当にすごくて。顔や声を聴くと、私の知らない何かが刺激されて、知らない光景や情景を思い出してしまうのよ。例えば、そうね…『歓声』、『お城』、それに『花吹雪』…そして、『殺戮』…」
最後に不穏な単語を呟いたルインさんは、掻き消すように首を振った。
「…まあ情景に関してはいくら説明しても意味ないから忘れてちょうだい。それよりも、特にあの特徴的な剣技。何故か知らないけど、私はあれを見たことがある」
そう言えば、リリアが教えてくれたんだっけ。王竜水の使う剣術スキルが、『竜王剣術』であるという事を。異世界人だったら身に覚えがあってもおかしくはないのかもしれない。
「私がこの大会に出た理由は、賞金とか人気欲しさとか色々あったけど…一番は王竜水と直接剣を交えて、この感覚の正体を突き止めたかったからなの。それに、王竜水ももしかしたら私と同じで、転生者かもしれないし。まあ、貴方に負けた所為で、この目的に関しては果たせずに終わった訳だけれども」
「被害者みたいな顔をされても、大会ってそういうものでしょう…」
「そうよね。だから、厚かましいのは承知の上で貴方にお願いしたいの。是非王竜水の本気を引き出してほしい。私の代わりに、王竜水の剣の神髄を私に見せてほしいの」
ルインさんは頭を下げた。
この大会に出場する者には、それぞれ目的があるのは当然のことだ。そして、ルインさんの目的はとにかくその件に関してだったのだろう。
ルインさんのお願いか。そもそもお願いを聞く聞かない以前に、全力でぶつからなければ王竜水には届かないだろう。つまり、何も変わらないという事だ。
「…元々、大会に出場することを決めた時点で手を抜く選択肢はありませんよ。届くかどうかは分かりませんが、まあそこは祈っておいてください」
俺は目をつむって頭を下げるルインさんに、そう返した。ルインさんは顔を上げて、きょとんとした表情を浮かべる。
「…わ、笑わないの?与太話だって自覚はあるんだけど…」
「笑わないですよ。逆に、興味深い話でした。話に来てくれてありがとうございます」
王竜水もまた異世界人…もしくは、その生まれ変わりかもしれない。この情報は覚えておくに値するものだろう。
そしてルインさんに関しては、後で詳しい話を聞いておきたいものだ。
「ありがとう。カミノ、貴方って良い人なのね。流石は我がライバル!あ、それじゃあフレンド交換いいかしら?あなたとは是非お友達になっておきたいわ」
「ラ、ライバル…まあ、フレンド交換なら全然いいですよ」
俺はレベルを隠す設定で、彼女とフレンド交換をした。
「カミノって真宵手高なのよね。冒険者部が強いって聞いてたけど、昨日の事を考えると評価を改める必要がありそうね。今年は質が良いのが少ない年だったのかしら。部長がああだと、下は苦労するわね」
「その辺はノーコメントで…そう言えばルインさんはどこ高なんですか?」
「聖架の2年よ。…ああ、お嬢様校の方じゃない、共学の方の聖架よ。聖架南高校」
「えっ、そうなんですか?」
「あんなお嬢様校行ける訳ないでしょ。私普通家庭出身だもの」
…だったら当たり前か。でも、ルインさんは所作に凄い品があるっていうか…貴族っぽいから、てっきり女学院の方かと思っていたのだが。
「ま、応援してるから、きっと勝ちなさいよね。そして、いずれまた再戦し、そこで雌雄を決するとしましょう、カミノ!それではその時まで、ごきげんよう」
ルインさんは部屋を出て行った。
…嵐のような人だったな。最初の氷のような印象とは真逆な性格をしていた。
それに、異世界人としての記憶についても興味がある。鴻支部長やリリアは、『魂は存在しないもの』としていたが、もし生まれ変わりがあるというのであればやはり魂は存在するものだと言える。
とりあえずこのことは、ルインさんには悪いが相談させてもらおう。まずはリリアに話を聞いてもらうかな。
「…ん、坂本からか」
スマフォを開くと、ラインに大量の通知が。その中に知人の名前を見つけてタップする。
坂本:田淵が失踪したって噂が流れてる
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坂本:決勝進出おめでとう!最後まで応援してるから、ここまで来たら絶対優勝してくれよ!
坂本:あ、後、失踪したと思われていた田淵だが、どうやら急に会場まで来た親にどつき回されて家に連れて帰らされたんだって。修羅場だったらしいぞ。何があったんだか
…田淵、そもそもまだ会場に残ってたのか。まあどうでもいい情報だな。
決勝戦進出という事で、大量の通知がきている。どれも俺を応援してくれているものだ。思わず頬が緩む。
ここまで来たら優勝したいもんだが、さて、王竜水はそうやすやすと俺に勝たせてくれるだろうか?
俺は映像を見て、王竜水の動きをとにかく頭に叩き込んだのだった。
「いえ、ですから何度も言うように、田淵選手に関しては問題はありませんでしたので…」
携帯に耳を付けながら、選手たちの検査を担うその男は顔を青くさせながら汗を何度も拭き、そう答えていた。
「薬物検査、マジックアイテム類やバフ系魔法の検査、どれも陰性でした。また、受け答えに関しても、多少追い込まれた様子ではありましたが、受け答えの途中で冗談を言って笑うくらいには正常でした。戦闘中はちょっと過激な行動をとっていたようですが、許容範囲内で収まっていました。こちらとしましても万全な状態で大会を進めるべく、国が定めた規定に従って検査を実施しておりましてですね…ええ、はい…」
書類を手に、それに視線を落としながらウロウロとする。
「協会での田淵選手の記録と、今大会での田淵選手の実力がかけ離れている?…そうは言われましても、今大会ではレベルに関しては事前のアンケートで公開するかしないかを選ぶことが出来まして、公開しないを選ぶとたとえ運営側であってもレベルを知る権利はありませんので…」
男は携帯越しで話された言葉を思わず笑った。
「え?ははは、レベルを上げるマジックアイテムなんて、地球上のどこを探しても存在しない、都市伝説のようなものじゃないですか。バフなど、デコレーションみたいに付け加えることはできても、ステータスそのものを直接弄るマジックアイテムはこの世には存在しないはずです。学校の教科書にも載っている常識ですよ?ステータスは基本不可侵なんです」
携帯を右耳から左耳に変えた。
「もしステータスに細工なんてされたら、それを感知するマジックアイテムも技術も無いんだからお手上げじゃないですか。…ありえませんよ、そんな事」
その後も、男は会話を続けていったのだった。
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