11:三回戦目 VS篠藤

「はあああああ!」


 俺は篠藤に押し負けて後ろに吹き飛ばされた。篠藤はそれを好機ととらえたのか跳び上がり、そして俺の真上から光の刃の斬撃を放ってきた。


「ははははは!僕は最強なんだ!勇者なんだあああ!」


 俺に押し勝ったのが嬉しいのか、狂喜の声を上げながら弧状の斬撃を放ち続ける。俺はソレをスルスルと避けて、爆心地から離れた。


「さあ、会場の皆、僕に力を!」


 剣を振りかざし、篠藤は光を集めてそのまま俺に特攻してきた。篠藤の凄まじい威力の斬撃を刀を沿わせて後ろへと流す。


「小癪な!【オーバードライブ】!」


 魔力が収束し、光が膨らむ。俺は足を強化してその場から一瞬でいなくなった。次の瞬間、俺がさっきまでいた場所もろとも、舞台の足場のほぼ半分という広範囲を光の爆撃が舐った。


(すげー威力)

「逃げてばかりか!?圭太ァ!」


 光の飛ぶ斬撃を上半身を反らして一回転して避ける。更に篠藤本体が切迫してきて、連撃を繰り出すので、俺はその全てに刀を沿わせてあらぬ方向へと流し続けた。


「っ、うおおおおおおおお!」


 一気呵成に腕の筋肉を膨らませ、連撃の威力と速度を上げてくる篠藤。その速度と威力は目を見張るものがあった。


 最後に渾身の力を込めた斬撃が放たれて、俺はソレを風刃を一瞬纏った刀で防いで後ろに吹っ飛んだ。空中で体勢を立て直して、音もなく地面に着地する。


「はあ…はあ…ははは、手も足も出ないか?避けてばかりいても、じり貧になるだけだぞ」

「…そうかもな」

「…っ、なんだ、その態度は!圭太、君やる気あるのか!?」

「やる気はあるぞ」


 俺は息を深く吐き出して、刀を肩に担いだ。


「悪いな、どうしたもんかと悩んでたんだ。でももう大丈夫だ。こっからは俺も本気でいくよ」

「今まで本気じゃなかったって?強がりが、見苦しいんだよ!」


 篠藤は額に青筋を立てて剣を振るった。俺はそれに対して、強化した刀を打ちあわせる。凄まじい衝撃が会場を揺らした。


 篠藤の表情は驚愕に染まっていた。それはそうだ。今までつばぜり合いすらできない程、俺と篠藤の筋力には差があったのだから。だが、今はその差が縮んでいる。


 つまり、篠藤はこの瞬間、弱体化したのだ。


「…どういう事だ、圭太…!」

「何がだ?」

「何故、僕を見ない!何故この土壇場で僕を無視できる!?」


 剣を振るって俺を弾き飛ばす篠藤は、血走った眼で俺に叫んだ。


「だってお前、俺に意識されればされる程強くなるだろ?」

「君は僕を意識せざるを得ないはずだ…!何故必死にならない!?何故失うことに無頓着でいられるんだ!?」

「いや、そもそもあんな提案、飲むわけないだろ。…それに、思い出したんだ。俺の本来の目的を」

「目的、だと…?」

「俺の目的は、お前と喧嘩することじゃない。この大会で優勝までいくことだ」


 俺は刀を構える。


 篠藤のスキルは、篠藤の言葉を信じるならば『注目される事』がトリガーで、その効果量は『篠藤自身が満足できるかどうか』で増減する。


 そして今の会場全体では、篠藤と俺を応援する声は大体5:5っぽい。どちらも話題性があるし、同い年だし、篠藤はイケメンで俺は意図したものではないが狐面というブランドがある。つまり、観客は現在、多くの人が俺と篠藤両方に注目しているはずだ。


 むしろ、耳をすませば男連中からの『そのイケメンを打っ倒せ、狐面!』という悲痛に満ちた叫びが聞こえてくる分、軍配は俺に上がっている。


 この状況で、篠藤が満足するとは思えない。恐らく篠藤の自己強化はこれまでの試合に比べて格段に堕ちる事だろう。


 では、篠藤はどうしたか。篠藤は、俺が篠藤を注目するよう仕向けたのだ。


 訳の分からない御託を並べて、あからさまな挑発で俺を乗せようとした。


 俺がやったことは単純。そのテーブルから降りただけである。俺の目的はもっと先。篠藤を倒すことではなく、優勝することなのだから。


 悩んだというのは、もととは言え腐れ縁だった篠藤に全力でぶつかるかどうかだった。乗ったうえで切り伏せるか、乗らずに確実に切り伏せるかのどちらかという事。


 だが、優勝を目指すのであればここで全力を出すのは愚策すぎる。ただでさえ大門寺さんとの闘いで手の内を晒してしまったのだ。これ以上手の内を晒すのは綱渡りすぎる。


「悩んだけど、俺はお前じゃなくて自分の目的を優先することにした」

「…っ!」

「という訳で、とっととお前を倒して先に進ませてもらう事にする。ほら、掛かって来いよ篠藤。もう終わらせよう」

「僕は眼中にないってか…!僕の事なんてどうでもいいってか!?」

「ああ。そう言ってるが」


 剣を振るわれるので、俺はそれを弾いて流してカウンターを入れる。篠藤はそれに何とか反応し、斬撃を繰り出しながら声を荒げた。


「君は知らないだろうけどね、僕は君に憧れてたんだ!」

「はあ?」

「君は中学生の時に僕に出会ったと勘違いしてるが、本当は小学生の時には既に僕は君を知っていた!」


 斬撃同士がぶつかり合い、俺と篠藤は距離を取る。


「当時いじめられっ子だった僕は、君に助けられたんだ。覚えてないかい?君は僕を虐めていた中学生たちに水を浴びせ、その上から石灰を浴びせて僕を救い出してくれた」

「…」


 そんなことあったか?あー…言われてみれば、そんな事もした気がする。


「小学生なのにそんな判断が出来る君に、僕は心底しびれたよ。その時は僕も逃げ出したから、君の顔位しか見れなかったけど…中学で君を見て、あああの時の少年だってすぐに分かった」

「…それがどうした?」

「僕にとって君はヒーローだったんだ!」


 足を止めて、篠崎はそう叫んだ。


「…で?」

「そんな過去のヒーローを追い越して、僕はプロの冒険者になった!僕は君に直接縁を切ると宣言して、君に僕という存在を劣等感と共に刻みつけようとした!僕のヒーローである君が僕を一生注目し続けるように!」

「うえぇ…なんだそれ、気持ち悪い」

「ついでに愛原とか言う、君にとって害悪でしかない女を引き離してやることにした。愛原は君に劣等感を抱いていたからね!そそのかすのは簡単だったさ!」


 俺は顔をしかめた。


「なんなの、お前…」

「なのに、そこまでしても君は僕に注目してくれない!理由はさっき分かったよ!あの女だ…あの女がいるから、君は僕を直視してくれない…!」


 ヤバい事を言い出した。俺は思わず後ずさる。


「やめろ、俺にそっちのけは無いぞ」

「君を打ち負かす。今度は確実に、僕という存在を君に刻み付けてやる。そしてあの女を奪って、邪魔をしないようにする。さあ、どうだ?ここまで言われて、君は僕に何も思う所はないのか!?」


 …そんな事言われてもなあ。


 俺は少し悩んで言葉を選んだ。そして口を開く。


「どうでもいいからとっとと来いよ。時間の無駄だ」

「…」

「プロの冒険者だろお前。世間を知らないガキでもあるまいし、俺に甘えてくるのも大概にしろ。縁を切ってきた奴にいつまでも執着する程、俺は暇じゃない。お前だってそうだろ?」

「…はは、はははは…」


 笑い出した篠藤に、俺は刀を鞘に納めて腰を落とした。


 もう終わりにしよう。正真正銘愛想も尽きた。


「―――アアアアアアアア!【オーバードライブ】ウウウウウウ!」


 光の刃を輝かせ、篠藤は魔法を発動させようとした。


 俺は足を強化して地面を蹴った。そして、篠藤の背後に着地して、抜いた刀を鞘に納め直す。


「お互い、今度こそ縁が切れると良いな」


 次の瞬間、篠藤の首から魔素が噴き出して、篠藤はその場から消え去ったのだった。




11:三回戦目 VS篠藤




「圭太、決着はついたのか?」

「おう」


 来客スペースの一室で、爺ちゃんにそう問いかけられたので、俺は力強くうなずいた。空気が一気に弛緩する。どうやら結構心配をかけていたらしい。


「もう大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

『ケイタなら大丈夫だと信じてたゾ』

『リリアも~!』

「もちろん、私もです!」


 爺ちゃんと婆ちゃんも穏やかな顔をして頷いてくれた。


 さて、これで今日の試合は終わりだ。後は明日に向けて英気を養うだけである。


 職員に聞いてみると、試合も終わったし日が落ちるまでに帰ってくるのであれば会場内に限り出歩けるらしいので、気分転換もかねて会場の出店を見に行ってみることにした。


 気が付くと爺ちゃん達は鬼月やリリアを連れて一足先に遊びに行ってしまったので、陽菜と二人だけで祭りみたいに屋台が並ぶ会場内をブラブラと歩く。


 楽しい時間になるはず…だったのだが。


「狐面ですよね!?ファンなんです、握手してください!」

「サインください!」

「アドベンテレビの者なのですが、お時間よろしいでしょうか!?」


 と、俺の顔を見て集まってきた人に飲まれて、俺は撤退を余儀なくされたのだった。


 人がいない会場内の場所に何とか逃げ込むことができ、俺は祭りで買った仮面ライダーもののお面で顔を隠してどんよりとした雰囲気でうなだれていた。


「…疲れた。今日で一番疲れた…」

「まさかこんなに人気になってるなんて、知りませんでした…あの、服を売ってるところもありますので、パーカー系のものを買ってきます。フードとお面を付けてたら、流石にバレないでしょうし…」

「ああ、頼んだ…」


 陽菜に水を渡されたり椅子に座らされたりと介抱を受け、何とか体力を回復出来た。また、陽菜が会場に消えていくのを俺は見送った。


 しかし、この人混みの中陽菜を1人で行かせてしまってよかったのだろうか。


「…心配だ。やっぱり追いかけようかな…」


 という訳で立ち上がると、不意にすぐ近くに人がいる事に気が付いた。


 フードを被った女だった。


「…圭太。久しぶり」

「…お前、もしかして加奈子か?」


 フードから覗くその顔は、酷く暗く顔色も悪いものだったが、幼いころから見慣れた少女のものだった。


「悪いけど用事があるんだ。それじゃあな」


 俺は嫌な予感がしてベンチから立ち上がった…が、手を掴まれる。


「…待ちなさいよ。話したいことがあるの」

「…手短に済ませてくれ」


 俺はげんなりした表情で、仕方なく愛原に向き合う。とりあえず手は振りほどいた。


 愛原は俺が座っていたベンチに座って、小さくつぶやいた。


「圭太と裕二の試合、凄かったね」

「見てたのか」

「うん。二人とも、凄い強かった…それに比べて、私はもう駄目みたい」


 愛原の顔が歪む。


「もう知ってるかもね。私、失敗しちゃったの。前回の崩壊ダンジョンの時に、ボス攻略中に出しゃばって、けが人も出しちゃった。活動もしばらく禁止だって、団長から凄い怒られた」

「…」

「圭太がいないと何もできない奴って言われるのが嫌で、圭太と縁を切ったのに、その結果がこれよ。情けないったらないわよね」

「結局、なにが言いたいんだ」


 そう問いかけると、愛原はボロボロと泣きだした。


「…やっぱり、撤回できないかなって…あ、謝るから…仲直りしてよ…」

「…は~…篠藤といい、お前ら、学校の外で活動してきたんだろ?何やってたんだ、今まで」


 俺は髪の毛を掻いて愛原に口を開いた。


「甘えるなよ。一度亀裂が入った関係なんて、そう簡単に元通りになる訳ないだろ。例え幼馴染だったとしても、あそこまで言われちゃ愛想も尽きるってもんだ」

「…」


 言い返してこない。久しぶりだな、こんな状態のこいつを目にするのは。親からもらった人形を無くしてしまったり、友達と大喧嘩をしてしまったり、とにかく失敗すると、コイツはこうしてめそめそと泣き続けるのである。


 そしてこういう時、俺は必ずと言っていい程愛原をフォローしていた。愛原は妹のようなものだったし、それが幼いころから続けてきた慣習でもあったのだ。だから俺は何の疑問もなく愛原を慰めていたのだが。


 でも、今はただ迷惑なだけだ。お互いの為にもならないし、ここで仲直りしても悪い事しかない。つまり、ここで愛原の手を取る理由が無い。


「お前一つのパーティーのリーダーやってんだろ?仲間の命を預かる身分で、何他所のパーティーのリーダーの前で泣いてんだ。お前の仲間は今なにやってんだ?」

「…知らない…連絡は、くれるけど…」

「失敗してもまだ連絡くれてるってことは、見捨てられたわけじゃないんだな?だったら、今は他人の俺に構うより、仲間に目を向けた方がいいと思うぞ…そういう事だから、いつまでもここにいないでそいつらに会いに行けよ。そんな話をされても、お門違いだ」


 流石に今から陽菜を追いかけても間に合う訳がない。ここを移動すれば合流も面倒くさくなるから、俺は愛原を追い出すことにした。


 ただ、愛原は動く気配が無かった。静かに泣いている。俺はまた重々しく息を吐きだした。


「…分かったよ。縁切りは撤回させてやる。ただ、友達には戻らない。そうだな…10年後くらいにするか。時間が経って、色々のみ込めるようになったら、一回飯でも食いに行こう。そんくらいの関係が俺らには丁度いいんじゃないか」


 俺の言葉に、愛原はしばらくして小さくうなずいた。


「…っく…ぐすっ…分かっだ…っ」


 愛原はその後、しばらく泣いていたが、ゆっくりと立ち上がってふらふらと人混みの中に消えていった。


 俺はその小さな背中を見送って、天井を仰いだ。


 人生ってのは、どうしてこうも平常心でいさせてくれないものなのか。


「お、お待たせしました~!パーカー買ってきましたよ!」

「圭太君、やほ~」

「よぅ、神野」

「神野っち、久しぶり~」


 陽菜がやってきて、俺にパーカーを渡してくれる。


 そして、そんな陽菜の後ろには綾さんがいた。ギャル二人も一緒にいる。


「…なんで綾さん達が?」

「偶然そこで会ったので、連れてきちゃいました!」

「連れてこられちゃいました~、圭太君、準決勝進出おめでとう~!」

「な、なるほど…」


 綾さんのお祝いの言葉に、俺は素直に嬉しくなる。


「圭太君、かっこよかったよね~、陽菜ちゃん!」

「かっこよかったです~!」


 陽菜と綾さんがきゃっきゃと笑う。


「神野、お前婚約者いるんだったら先に言えよな~!」

「そうだよ~、ぬか喜びさせて、神野っちってば罪な男~!」

「…陽菜?どうして言っちゃったの?ねえ陽菜…顔を反らすなおい…!」


 そうしていると、ふと陽菜が俺の顔色をうかがってきた。


「えへへ、折角だから皆で遊びに行った方が楽しいかなって…あの、迷惑でしたか?」

「…んにゃ、そんなことはないよ。それだったら、坂本の奴も呼んでやるか」


 俺は笑って、パーカーを羽織って立ち上がった。


「よし、今日は俺のおごりだ!全力で遊ぶぞ!」

「お~、神野っち太っ腹~!」

「ごちになりまーす!」


 という訳で、準備もできた所で俺はやっと会場に遊びに出る事が出来た。


 坂本も途中で合流して、心行くまで屋台を楽しんだのだった。


 さて、宿泊施設に戻ってきて、俺はベッドに腰掛けながら、意識を入れ替えて次の試合の相手について考えていた。


 明日は準決勝、そして決勝か。とりあえず四位以上は確定だな。


 だが賞品の中に交じったカースドアイテムを得るためには、やはり一位を取らないと確実ではない。


 勝ち上がったのは俺、魔法剣士のルイン、優勝候補筆頭の王竜水、そして優勝候補として名前は上がらなかったが、運も味方して勝ち上がってきたレベル6の冒険者が1人。


 対戦相手は明日のくじ引きで決まるらしいから、今はとにかく全員の映像を見て研究するしかない。


 さて、どう戦うか。備え付けのモニターをじっと眺める。まずはルインの試合の動画を研究しながら、思考の海に没頭したのだった。

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