第307話 本題
「ところでシーマ、俺をフィデールまで呼びつけた理由は何なんだ?」
ひと通り再会の挨拶と紹介が済んだ頃になってロナルドさんが俺に聞いてきた。
「この前ロナルドさんに家をもらったじゃないですか?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「あの家が小さくなってきたので、新しい家が欲しいんです。しかも、家ではなくて宿屋のような感じで。お金はお支払いしますのでルート商会の知恵と経験を結集した大きな宿屋を作って欲しいんです」
「ふぅ…。久しぶりに会ったと思ったら難しいこと言いやがって…」
「もしダメならステラさんに話を「馬鹿野郎!!」…」
「ステラに話したら、やれって言われるに決まってんじゃねえか…」
「だったら…」
「…わかったわかった。何とかしよう。それでどのくらい時間はもらえるんだ?」
「特には決めてませんが、早ければ早いほどありがたいですけどね」
「まぁそうだよな。だとすると、ある程度こっちに任せてもらうしかないんだが、どんな風にして欲しいとかっていうのはあるのか?」
「これを見てください」
俺は予めみんなから聞いていた要望を書き込んだ簡単な絵をロナルドさんに見せた。
「ん? これは…。キッチンと食堂が結構広いな…。客室にあるコレはなんだ? 全部の部屋にあるようだが…」
「そこは湯浴み場にしたいんですよ。ドアを付けた個室にして、お湯もその場で捨てられるようにして欲しいんです」
実際は、そこに俺が鍛治スキルで作った浴槽を置く予定なのだが、今この場で言ってしまうと必ず面倒なことになるのが分かりきっているので、あえて言わないことにした。
まぁ、いずれバレるんだろうけど、それは出来るだけ後の方がいいに決まっている。
「なるほど。よく考えられてるけど、難しいことには変わりない。でも、それはこっちの仕事だ。いろんな手を尽くして何とかしてみせるさ」
「ありがとうございます。期待してます!!」
「まぁいいってことよ。それにこの絵を見てから何故だか知らんが、コレを良いこと仕上げたら後々大きなお金になって返って来るような気がしてるんだよなー」
「…」
「まぁ、商人のカンってやつだ。そうでなくてもきっちり仕上げてやるから安心しろ。完成したらどこに連絡すればいいんだ? お前らまたどっかに行くんだろ?」
「そうですね。今すぐどこってことは決まってませんが、コスタに1度戻るか、このまま王都に向かうかってところじゃないでしょうかね。いずれにしてもみんなと相談してからになります」
「なぁシーマ...、グランツに腰を据えてみないか?」
「...」
「お前やシェリルが近くにいればルート商会もどんどん大きくなれる気がするんだ。今すぐじゃなくてもいい。一応考えてみてくれ」
「...残念ながら、グランツには大変お世話になったエリオさんの風魔亭がありますので、グランツで宿屋をやることはないです。ただ...」
「ただ?」
「コスタの精龍亭には戻ることにしてますし、何気にこのフィデールも個人的には気に入ってますので、どちらかに残る可能性が高いとは思います」
「そうか。出来ればグランツがいいんだが仕方ない。コスタかフィデールであれば近いからそれでもいい。我儘を言うようだが心に留めておいてくれ」
「わかりました」
俺のことも言ってはいたが、本音はシェリルのことなんだろう。この若さで商人としてほぼ独り立ちしているんだからそばに置いておきたいのは当たり前で、しかも実の娘だしな。その気持ちは分からないでもない。
この冒険に出た当初はコスタに戻ることを前提に考えてたけど、今となっては国境の街であるフィデールも捨て難い。いろんな食材がある上、ロビンさんがいるエピリシアのサザンベールも遠くないしな。
コスタの精龍亭は両親の形見としてとても大事なものだが、それに縛られずに俺は俺の人生を生きてもいいのかなって思うようになった。
コスタを出てからいろんな出会いが俺を変えてくれたんだ。
これからはどんな出会いが待っているのかな…。
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