第11話 人攫い。

 剣を抜いた男達が奇声を上げながら一斉にギルに向かって襲い掛かって来る。

一方ギルは、怯えるどころかどこか楽しそうだ。口角がぐっと上がる。


「おらよっ、と!」


 状況とはあまりに不似合いな呑気な掛け声と共に、ギルは近くにあった四人掛けのテーブルを軽々と持ち上げた。一瞬で顔を強張らせた男達に向かって思いっきり投げつける。


「ぐわっ……」

「ぎゃあっ!」


 先ほどまで威勢の良かった男達の悲鳴が店内に響きわたる。


「こらこら、店の中で剣を振り回すなんて、お行儀がなってないぞ! お家に帰ってちゃんとママに教えてもらってから出直して来なさい」


 自分は人様の店で大きなテーブルを投げつけたことなど綺麗さっぱり忘れてしまっているようだ。男達を下敷きにしているテーブルの上に足を載せ、ぎゅうぎゅうと踏みつけながらギルは説教を始めた。

 シアは額を押さえる。


「……単に、貴方が暴れたかっただけなのでは?」


 シアは視線を動かいた。店の端でアミールが呆然と立ち尽くしている。


「アミール」


 名前を呼ばれたアミールはびくりと体を震わせた。


「すぐに警備兵を呼んできてください」

「わ、分かった!」


 はっとした表情を浮かべ、アミールはそのまま店を飛び出して行く。


「ま、待てっ!」


 店を出たアミールを止めるため、厨房に隠れていた店主が慌ててまろび出て来た。


「ひっ!」


 店主の鼻の先をかすめ、短剣が壁に刺ささる。


「動かないでください。次に動いたら、今度はあなたの頭に刺さりますよ」


 底冷えするような声の方へ顔をひきつらせた店主がぎこちない動きで視線を向ける。そこには短剣を手にしたシアが冷ややかな目で店主に狙いを定めていた。店主はへなへなとその場に座り込む。女将は壁際で放心した体で腰を抜かしていた。

 シアが男達を見張っている間に、ギルがロープを見つけて来た。


「これで俺達を縛るつもりだったんだろ?」


 ギルは見せつけるようにリーダーであろう男の目の前で縄の先をクルクルと回す。男は口惜しそうに奥歯をギリギリと鳴らした。ギルは人の悪そうな笑みを浮かべると、男達を縛り上げていく。


「連れて来ました!」


 アミールが衛兵を連れてきた頃には、店主を含め人攫いの男達は全員縄で縛りあげられていた。


「この者達は、人攫いです。そこの少年の母親も三ヶ月前にこの男達に攫われています。すぐに調べてください」


 衛兵達にシアが説明をする内容にアミールの目が大きく見開いていく。


「……そ、それは、本当なの? 母さんが俺を置いて行ったんじゃ……」


 シアの方へ手を伸ばしながらアミールがよろめくように歩いて来る。


「違いますよ。あなたの母親はこの男達に攫われたのです」

「攫われ……て?」

「そうです。私達にしようとしたように、催眠薬を混ぜた食事を食べさせ、眠っている間に攫ったのでしょう」

「そ、そんな……」


 膝から崩れ落ちていくアミールの体をギルが抱き留める。


「おまえの母親をどこへ連れて行ったのか、衛兵達があの男達から聞き出してくれるだろう。今まで良く頑張ったな」


 ギルの声を聞きながら、アミールは目に涙を溜め小さく頷いたのだった。

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