第9話 部屋。

 女将が娘と入れ替わるように戻って来た。


「さっきの娘は私の子供なんですよ。この店の看板娘なんです。私が言うのも何なんですが、本当にいい子でね。名前はメイダっていうんですよ」


 こちらからは何も尋ねていないにも関わらず、女将は自慢気に娘について話しはじめた。


「アミールはあんたの子供ではないのか?」


 いい機会だと、ギルは女将に尋ねる。彼女は何を訊ねられたのかすぐに理解出来ない様子で、小さな目をパチクリと見開いていた。まさかアミールの事を尋ねられるとは思いもよらなかったようだ。理解した途端、あからさまに不機嫌になる。ふんっと鼻を鳴らし、右手を腰に当てた。


(あの娘の性格はこの女譲りのようだな)


 ギルは不遜な態度の女将の姿を眺めながらそんなことを思っていた。


「あの子は三ヶ月前にここに母親と泊まったんですけどね、朝になるとあの子を置いて母親はいなくなっていたんですよ。ほんと、酷い話しですよ。だから、私らが面倒を見てやってるんです」


 そう吐き捨てるように言うと、女将はもう話す事はないとばかりに立ち去って行った。

 その後、しばらく経ってから泊まる部屋が整い、ギル達は二階へと案内された。部屋はアミールが狭いと言っていたとおり、寝台二つ置いただけでいっぱいになっていた。


「この部屋には鍵がないようですね……」


 先に部屋に入ったシアが呟く。後から来たギルも扉を確認する。


「ふむ。まあ、俺達以外に客はいないようだし、気にすることもないだろう。これからは外で寝ることも多くなるしな」

「……そうですね」


 お気楽主義のギルとは違い、シアの表情は優れない。そのままフレイアを抱き上げたまま、部屋の中へ入って行く。


「……ギルは扉側の寝台を使ってください。私とフレイア様は奥の寝台を使います」

「了解」


 ギルは扉を閉めると、荷物を空いた場所にどさりと置いた。寝台の上に腰を下ろし、そのままごろりと長身を横たえる。シアは窓際に置かれた寝台の上にフレイアをそっと座らせた。


「お疲れになったでしょう。少し眠ってください」


 フレイアの前に屈むと、シアは慣れた手つきでフレイアの靴を脱がせはじめた。

 

「すみません! この扉を開けてくれませんか?」


 扉の外からアミールの声がする。ギルが扉を開ければ、桶を持ったアミールが立っていた。


「あの、お湯がいるかと思って、勝手に持ってきたんだけど……」

「おお! 気が利くな。ありがとう」


 ギルはアミールから桶を受け取り、シアのところへ運ぶ。


「ありがとうございます。とても助かります」


 桶を受け取ったシアが丁寧にお礼を言えば、アミールはとても嬉しそうに相好を崩した。


(本当に良く気が利く……)


 シアはアミールの姿を観察しながら、彼の才能がこんなところでくすぶっていることをとても残念に思った。


「女将さんが夕食を用意するから、是非ここで食べてくださいと言ってるんだけど?」

「それは有難いな」


 ギルが応じれば、シアも頷く。


「では、お願いします。日が落ちた頃に下へ行きます」

「日が落ちてからだね。分かった」


 日が沈むまでには二時ふたときほどあった。ひと眠りするには充分な時間だ。アミールが汚れた湯と布を持って出て行くと、ギルがシアに声を掛ける。


「俺もひと眠りする。シアも眠れるときに眠っておけよ」

「そうですね」


 顔や手足など汚れを拭うと、フレイアは気持ちが良かったのだろう、すぐに眠りに落ちた。穏やかな顔で眠るフレイアの隣に、彼女を起こさないように気を付けながらシアも体を横たえる。

 この旅で良かったと思えることが一つだけあった。

 王宮にいた頃、フレイアは良くうなされていた。

 だが、こうして一緒に眠るようになってから、彼女が悪夢によって魘されることがなくなっている。


「必ず王宮へ無事にお連れいたします」


 シアは誓うように囁くと、そっとフレイアの体を両腕に包み込み胸元に抱き寄せたのだった。

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