ブルーマーキュリー【近未来SF×ディストピア×未知の植物を駆除しよう！】

三 エビフライ定食（カレートッピング）

　五十階（かい）外（がい）区画（くかく）の第（だい）四職員（しょくいん）食堂（しょくどう）は大学生（だいがくせい）時代（じだい）の学生食堂を思（おも）い出（だ）す雰囲気（ふんいき）。

　いつもガヤガヤしていて、いろいろな料理（りょうり）を作（つく）る厨房（ちゅうぼう）の混沌（こんとん）とした臭（にお）い。

　窓際（まどぎわ）のカウンター席（せき）から見（み）える展望（てんぼう）窓（まど）の向（む）こう側（がわ）。VIRGO（ヴィルゴ）敷地（しきち）外も、続（ぞく）日本（にほん）国（こく）特別（とくべつ）指定（してい）都市（とし）赤円（せきえん）市、そしてさらにゲートの向こう側の青銀（せいぎん）竹（ちく）の群生地（ぐんせいち）。

　外（そと）からVIRGOのビルを見上（みあ）げると、赤（あか）い窓（まど）ガラスなのに。この食堂（しょくどう）や廊下（ろうか）、オフィスから見る窓は普通（ふつう）の透明（とうめい）だ。外（そと）側からと内（うち）側から見るのは違（ちが）う。

　ご飯（はん）茶碗（ぢゃわん）は、小盛（こも）り・中（ちゅう）盛り・大（おお）盛り・特大（とうだい）盛りの四種類（しゅるい）。

　サービスの味噌（みそ）汁（しる）。

　定食（ていしょく）。

　ラー麺（めん）やカレーライス、丼（どん）もの。

　小鉢（こばち）やドリンクコーナー。

「エビフライ定食、お願（ねが）いします」

　家庭的（かていてき）な味（あじ）に仕上（しあ）げてくれているであろう定食セットを受（う）け取（と）って、ID（アイディ）カードをかざして会計（かいけい）を済（す）ませる。会計は〇（ゼロ）桜（おう）。一日三食までは無料（むりょう）。小鉢（こばち）は一日三鉢、ドリンクコーナーも一日三杯（ばい）まで無料。

　福利厚生（ふくりこうせい）もしっかりしているから、ビルから出たくなくなるんだよな。（ただし、危険職（きけんしょく）なので、離職（りしょく）率（りつ）や殉職（じゅんしょく）率は他（ほか）の職種（しょくしゅ）に比（くら）べて、高（たか）いけれど。）

　窓辺（まどべ）のカウンター席（せき）の近（ちかく）くのテーブル席で、先（さき）にエビフライ定食を食（た）べている藤佐（とうさ）君（くん）を発見（はっけん）。時折（ときおり）、窓の向こうを眺（なが）めている。

「はぁ～」

　きつね色（いろ）にこんがり揚（あ）がったエビフライ三本を目（め）の前（まえ）にして、ため息（いき）ばかりついて元気（げんき）のない彼（かれ）はわたしの異動（いどう）のことをもう知（し）っているみたい。

「そんなに憂（うれ）いていると、『竹取（たけとり）物語（ものがたり）』のかぐや姫（ひめ）みたいね。大丈夫（だいじょうぶ）？」

「はい！でも、瞳宮（とうみや）さんは大丈夫じゃ無（な）いですよね？」

「ええ。

　詳（くわ）しくは言（い）えないけれど。わたし、第六課を出ることになったの」

「残念（ざんねん）です。まだまだ、瞳宮さんの下（もと）で学（まな）びたかったです」

「貴方（あなた）、いつも、そればかりね」

　彼はエビフライ定食ばかり食べる。

　わたしだって、天丼（てんどん）とか、エビシュウマイ定食とか、他（ごか）のエビ料理（りょうり）も食（た）べるのに。

　吹（ふ）っ切（き）れたのか、藤佐君はエビフライを一本パクパク食べて、エビフライのしっぽまで、口（くち）の中（なか）に入（い）れてしまった。

「瞳宮さんから学ぶことは多（おお）いです」

「そうじゃ無いわよ。

　エ・ビ・フ・ラ・イ」

「あー、はい。

　エビフライ、美味（おい）しいですよ」

「そりゃあ、他人様（たにんさま）に奢（おご）ってもらうエビフライは美味（うま）いだろ！」

　第五課の小鈴木（こすずき）君が藤佐君の短（みじ）く切（き）りそろえられた髪（かみ）をグシャグシャになるまで撫（な）でまわす。

「はい、小鈴木先輩（せんぱい）」

「小鈴木君、藤佐君に奢ってあげてるの？」

　違う課なのに、妙（みょう）に二人は仲（なか）が良（い）い。同期（どうき）では無いらしいけれど。

　まあ、藤佐君って、甘（あま）え上手（じょうず）だから、可愛（かわい）がられるんだろうな。

「はい。でも、一日一食。コイツ、ID再発行（さいはっこう）中（ちゅう）なんですよ。

　もう、こんな時期（じき）にID無くすなよ、藤佐！」

　わたしはID再発行の話（はなし）をしっかりと聞（き）かずに、食べ残（のこ）すのが当（あ）たり前のエビの殻付（からつ）きしっぽを食べる藤佐君の誤嚥（ごえん）の可能性（かのうせい）が心配（しんぱい）になって来る。

「貴方、しっぽまで食べてるの？」

「はい」

「まあ、栄養（えいよう）はあるかもしれないけれど、喉（のど）に詰（つ）まらない？

　よく噛（か）んで食べなさいね」

　チラリ、チラリ。

　食堂利用者（りようしゃ）からの視線（しせん）が熱（あつ）い。

　喉の動（うご）きを監視（かんし）しているのね、ご苦労（くろう）さま。

　わたしは人間（にんげん）よ。そして、たまたま、偶然（ぐうぜん）に、突発的（とっぱつてき）に、第八課の課長に任命（にんめい）されただけ。

　よく寝（ね）るし、よく食べるし、トイレだって行（い）く。バイオドールのように、寝ずに、食べずに、排泄（はいせつ）もせずに、動（うご）き続（つづ）けるなんて出来ないのに。

　でも、食堂内には嚥下（えんげ）機能（きのう）を再現（さいげん）出来ていない機械（きかい）人形（にんぎょう）が混（ま）ざることもあるなんて、信（しん）じているのか。

　でも、わたしはずーっと内勤（ないきん）だから、青銀竹の群生地を巡回（じゅんかい）する反（はん）VIRGOのバイオドールなんて物騒（ぶっそう）な輩（やから）とは接触（せっしょく）したことが無い。

「瞳宮って、バイオドールなんじゃ無い？」

「そうそう、思った。思った。

　職場（しょくば）恋愛（れんあい）しないのに、VIRGO敷地外から出歩かないんだって」

　とうとう我慢（がまん）しきれず大きな声（こえ）になりつつある、噂（うわさ）好（ず）きとお喋（しゃべ）り好きの、よりによって後方（こうほう）支援（しえん）の第五課のお嬢（じょう）ちゃんたちだ。

　周囲（しゅうい）にいた第四課と第七課の女性（じょせい）職員が一斉（いっせい）にその二人を注意（ちゅうい）しに集（あつ）まり出した。

　わたしは外野（がいや）の噂話（うわさばなし）を気（き）にせず、藤佐君にタルタルソースをすすめる。

「藤佐君、タルタルソースいる？」

「いえ、俺はソース派（は）です。

　でも、今度（こんど）はタルタルソースに挑戦（ちょうせん）してみます」

「ここのタルタルソース、美味しいのよ」

　白（しろ）いお皿（さら）にこんがり揚がったエビフライ三本、サラダ。またまた、真（ま）っ白なご飯茶碗に真っ白なライス。わたしたちは同じエビフライ定食を食べている。

　彼の定食がわたしの定食と違ったのは、タルタルソースがついていないのと。白いライスの上には、カレーのトッピングが追加（ついか）されていたこと。

　この食堂を離（はな）れれば、わたしは第六課のオフィスでも、新設（しんせつ）の第八課のオフィスでも無い場所（ばしょ）へ向（む）かわなくてはならない。

　地下（ちか）一階の病床（びょうしょう）を見舞（みま）わなくてはならない。

　そこに、保護された星屑（ほしくず）原典（げんてん）こと赤き輪の担（にな）い手（て）、プリンセスが保護（ほご）されている。

　藤佐君との朝食もおしまい。名残（なごり）惜（お）しいけれど、会（あ）いに行くべき子に会いに行かなくてはいけない。