二 ソワソワする鼻と耳と目

 昨日きのうよるつかれて疲れて、はやめにた。

 でも、いま寝苦ねぐるしくてきて、昨日の夜片付かたづけられなかった社会しゃかい宿題しゅくだいわらせた。

 おとうさん世代せだいどものころいていたデジタル宿題じゃい。宿題用紙ようし手書てが解答かいとうだから、サインイン・アウトした時間じかんがバレない。

 お父さんは宿題の九わりがデジタル提出ていしゅつだったらしい。でも、世界せかい全部ぜんぶこわれちゃってから、「子どもの教育きょういくはどんな世界現象げんしょうきてもいようにアナログで」となっている。デジタル教育以外いがいは、かみ鉛筆えんぴつ復活ふっかつした。


 目覚めざましのアラームは六時にセットしてある。まだ、一時間はんくらいあるから、二寝しよう。そうおもったけれど、無理むりだった。

「ングッ……」

 鼻詰はなづまりの原因げんいんはわかっている。9BMナインビーエムせい耳鼻じびえん

 いつも、駆除くじょ器具きぐ赤色せきしょく透明とうめい帆立ほたてりんあたまうえせてはいる。

 駆除活動かつどう完全かんぜん義務ぎむになる十六歳の誕生日たんじょうび以降いこう、「Aアンチ9BMナインビーエムワクチン」をつか、打たないかえらぶことが出来できる。この大人おとなけワクチンさえ打てば、9BMナインビーエム粒子りゅうし過敏かびん反応はんのうせずにむのに。子どもの身体からだ未発達みはったつで、ワクチンのふく反応はんのうえられないから、打っちゃ駄目だめ

 帆立輪を頭の上に載せて駆除活動地域ちいきあるまわるだけで、帆立輪が半自動じどう駆除活動をしてくれる。


 みみと鼻のあなおくがソワソワしていたのは、昨日の夕方ゆうがたまで。

 9BMナインビーエム粒子にたいする過敏症はかゆみからはじまる。

 帆立輪が駆除してくれるのは、青銀せいぎんちく。ある特別とくべつ時期じきの駆除活動中に竹がれると粒子はる。もちろん、わたしとおなじように活動している人たちも飛び散らしている。

 その時期は、夏至げしまえの五月から。それと、冬至とうじ前の十一月から。それぞれ一か月間程度ていど9BMナインビーエム粒子が観測かんそくされる。

 スギ花粉かふんやシラカバ花粉とはちがう。未知みち粒子。

 六階てのには、9BMナインビーエム粒子浄化じょうか装置そうちが無い。六年前に電気屋でんきやさんでった卓上たくじょう加湿かしつ器で十分。

 くすりたよる前に、入浴にゅうよくして問題もんだいの微粒子をあらながすことが大切たいせつ


 でも、本当ほんとう我慢がまん出来なくなって、自分の部屋へやから三階のリビングルームへりて、くらなかたな薬箱くすりばこさがす。

「キュウちゃん、どうしたの?」

 おかあさんが物音ものおとづいて、きて来てくれた。

「お母さん、鼻と耳がソワソワする」

「本当に、耳まで反応するの不思議ふしぎよね。

 キュウちゃん、耳をかないで」

「だって、耳と鼻はつながってるって、耳鼻じび科の国有くにあり先生せんせいってたじゃん」

「お薬使つかうのはまだはやいから、とりあえずかおを洗ってもう一度寝なさい。

 まだ、四時四十分よ」

「はーい。おやすみなさーい」

 あと、一時間二十分耐えれば、あさはん早食はやぐいして、薬をめる。

 三階の洗面所せんめんじょで顔をジャブジャブ洗って、自分の部屋にもどろうと階段かいだんのぼり始めたら、発作ほっさのようにのどがうずき始める。


 何度か我慢がまんして、おとてずに六階まで階段を上る。

「エッグションッ、エッグションッ、エッグションッ、ハッハッハッハエッグション」

 部屋に戻ると、クシャミがまらなくなる。

 いきをするのもくのも、クシャミの合間あいまにしなくちゃいけない。くるしい。

 それでも、目隠めかくしをしてベッドでよこになった。

 痒い痒い痒い。

 耳のなかが痒い。

 るほど耳の穴をっ掻いても、痒みはえないのはわかっている。だけれど、我慢出来ない、

 飲み薬の錠剤じょうざい症状しょうじょうは落ち着くのに、まだ中途半端ちゅうとはんぱな時間のせいで飲めない。

 わたしはまれながら、なみだながしてあかちゃんだった。ワンワン泣くのを「垂泣すいきゅう息吹いぶき」なんて格好かっこうく言っても、無意味むいみなのに。

 小学校しょうがっこう一年生のころは耳鼻炎の悪化あっか通学つうがくちゅうから半泣きで、学校にいるあいだも、ずっと泣いていた。下校げこうする頃には泣き疲れて、保健室ほけんしつ下校だった。



「グエッ!」とかえった。

 そのいきおいで、かすかに猫背ねこぜに。自分では飛び起きたつもりだったのに。

 目隠しをはずした世界せかいは、自分の部屋の天井てんじょうのはずだった。

 くだけた帆立輪のあか破片はへんが目隠しと一緒いっしょあおかがや竹藪たけやぶちていく。

 竹藪?

 どうして、安全あんぜん住宅街じゅうたくがいに世界一危険きけん未知みち植物しょくぶつ、青銀竹が自生じせいしているのだろう。

 ギュッギュッギュッ。

 わたしの目はわたしのおなかつめる。

 わたしのお腹から、青銀竹がえていた。そして、まだまだびていく。けたパジャマは赤くみがついていた。あと、そのへんころがっているなにかはわたしのお腹の何かだったもの。

 いたいとか苦しいとかはかんじなかった。

 寝癖ねぐせだらけのお兄ちゃんは一生懸命いっしょうけんめい、竹を割っている。

 自分の部屋には、勉強べんきょうづくえとベッド、クローゼットがあるはずなのに。

 ベッドすら見当みあたらない。見えるのは不可思議にただうごく竹。

「キュウちゃん、大丈夫だからな!

 母さん、一五八イチゴハチばん

 青銀竹が生えて来た!いそいで!」

通報つうほうしなくちゃ!」

 一、五、八。

 お母さんがこういう場合ばあい緊急きんきゅう通報ダイヤルに電話をかける。

 <こちら、十五夜じゅうごやきょくです。たけですか?そらですか?>

 電話のオープンスピーカーからこえるこえ機械的きかいてきな自動音声おんせいではなく、人のこえだった。

「竹です」

 <では、住所じゅうしょを>

たけはら硝子がらす丁目ちょうめ九の六。六階建ての一軒家いっけんやです」

 <窓塚まどづかさんのおたくですね。そのまま電話をらずに救助きゅうじょってください>

「急いでください!子どもが竹につらぬかれてるんです!」

 <わかりました。最寄もよりの竹が原病院びょういん赤廻せきかい装置そうちきがありますので、そちらに搬送はんそうしますね。

 ちなみに、竹は一階の真下ましたからですか?>

「いいえ。三階からやぶってはいって来てました。

 藤佐とうささんから伸びています」

 <マップで確認かくにんします。

 ……十五夜局には、空きとどは出ていませんね。

 藤佐さんは三日以上いじょう外出がいしゅつされていますか?>

ななうらのお家なので、おいが無くて、わかりません」

 キーンリーンキーンリーン。

 とおくからちかくへせまって来たサイレンのおとが止まって、バタンバタンと緊急車両しゃりょうのドアの開閉かいへいおん夜明よあけ前にひびわたる。

 ドドドドドッと家の中の階段をがって来る、くろ防護ぼうごふくとブーツ姿すがたの救助隊員たいいんがわたしに近寄ちかよろうとするお母さんとお兄ちゃんを羽交はがめにする。

撤退てったい!撤退!

 危険きけんです!

 ご家族かぞくがってください!」

「撤退?

 どういうことですか!キュウちゃんをけてください!」

「ここは安全あんぜん空間くうかんでは無くなりました。

 避難ひなんしましょう」

 あっというに、お母さんとお兄ちゃんは救助隊員のかたかつがれて、そとへ避難してしまった。

 わたしの部屋だった空間には、わたししかいない。

 もう、助けは来ない。

 わたしは、このまま、巨大きょだいな青い竹藪に、ブルーマーキュリーの世界にのみこまれてしまうだろう。

 嗚呼ああ。どうして、気づかなかったんだろう。

 斜め裏の家の異常いじょうがわからなくても、窓のこうをのぞき見れば良かった。未知の竹に串刺くしざしになってからじゃ、窓のカーテンすらけられない。

 部屋の天井近くについている通気口つうきこう付近ふきんには、9BMナインビーエム粒子が詰まりに詰まって、キラキラ青く輝いていた。目で見えるくらい、青い微粒子だらけだった。

 わたしは、昨日の夜から寝ている間、これをつづけていたんだ。

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