ピアスと未練と別れ話。
石衣くもん
ピアッサーと未練と別れ話。
目の前の小さな機械が、とても凶悪なものに思えた。本当は、こんなもの使いたいだなんて思っていない。元より痛いのは嫌いだ。
ピアッサーを睨み付けるようにして見詰めていると、優しい声が
「怖いなら、やめようか、みちる」
なんて、降ってきた。
ぶんぶん首が取れるんじゃないかってくらいに振って、やめない意思表示。だって、
「大丈夫だし」
「そ、なら消毒するから」
こっちにおいで。
優しい青さん。お父さんとの方が年齢が近い青さん。それを良く思っていないうちの両親。そのことを弁えて、私を手離そうとする、酷い人。
酷いのに、こんなに優しい。
本当はピアスになんか興味ない。何度も言うが、痛いのは嫌い。
それでも、青さんに傷を付けて欲しい。あわよくば、その責任もとって欲しい。
そんな打算と妥協を、別れの条件にした。私にピアスホールをあけてくれたら、別れを
彼は困った顔で、
「別れる男にわざわざ傷をつけられてどうするんだ」
と言った。
大正解、私はあなたに傷物にして欲しいの。本当は、機械じゃなくて、あなた自身に傷物にして欲しかったのだけれど。
「穴を開けて暫く経ったら、塞がらないように、たまにファーストピアスをくるくる回すと良いよ」
私の耳を消毒液で濡らしながら青さんが言う。青さんの耳たぶにはピアスホールだったものの痕がある。前に、ピアスあけてたのと尋ねたら、恥ずかしそうに
「若気の至りだよ。一目惚れしたピアスがあっから衝動的に買って穴あけたんだけど、片方なくしてしまってね」
それ以来つけてなかったから、塞がったみたい。
その話が妙に印象に残っていた。いつもの彼じゃないみたいだった。だから、ピアスホールをあけてもらうことにしたのだった。
「ピアスの穴は右だけ」
「どうして」
やっと承諾したと思ったら、彼は右耳だけなら良いと言った。もちろん猛抗議した。彼から貰えるものには貪欲でありたい。そんな私のポリシーをいとも簡単に彼は曲げさせる。
「前に話した、片方だけのピアス、君にあげるから。それが要らなくなったら、そのピアスを捨ててもう片方もあけなさい」
嗚呼、青さんも私に未練があるのね。だから、私があなたを忘れられないようなことをするのね。
そう思ったら、本当は両方ともあけて欲しいと考えていたことなんてどうでも良くなる。私はピアスが欲しいんじゃなくて、あなたとの消えない記憶を作りたいだけだから。だから、片方で我慢します。
「ね、青さん。私がちゃんと大人になって、まだ青さんがくれたピアスをなくさず大切に持ってたら、また私と付き合ってくれる?」
こういうところが、叶いっこなさそうな未来を夢想するところが、子どもだと言われても仕方ない。それでも考えてしまう。あなたと、私の大人の未来を考えてしまうの。
「……そうだね、じゃあ、それまではお別れだ」
針が耳たぶに触れる。まだ、穴はあいてない。傷はついていない。
まだ痛くないのに涙が溢れた。痛い、胸が痛い。
「今日で、君に会うのはおしまいにするよ。さよなら、みちる」
痛い、とっても。心臓がずきずきする。
かしゃ、と音がして耳たぶに穴があいた、それでも胸の方が痛い。
早く、早く大人になりたい。泣いてる理由を、
「そんなに痛かった? ごめんね」
なんて、勘違いされないくらい、早く、あなたに相応しい大人になりたいと願うしかなかった。
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