二章 元悪役令嬢、新婚(監禁)生活スタートです!
第17話
* * *
マティルダはゆっくりと瞼を開いた。
耳に届くのは小鳥の囀りと、強烈な花の甘い香りだった。
(ここは……?)
視界に映るのは花や緑に囲まれた天井だった。
マティルダが手を上げると花がある。
そして首を横に動かしても花、足元に視線を向けても花。
どこを見ても花だらけである。
(花……?どうして花が?もしかして、ここは天国なのかしら)
しばらくボーっとしていたマティルダだったが体を起こす。
マティルダの周りに敷き詰められるように置かれていた花々を両手ですくってから首を捻る。
「起きた?」
「……っ!?」
「よく寝ていたね」
「あなたは!」
黒いウサギの仮面をつけて、こちらを見ていたのはやはり『ベンジャミン』だった。
いつもキッチリと結えているパープルグレーの髪は緩く肩で束ねられている。
そして彼は右手で仮面を掴んで外す。
意識を手放す前に見た濃い紫色の瞳がこちらを見つめている。
(夢じゃなかった……)
ベンジャミンの素顔を初めて見たマティルダは目を見開いた。
眉目秀麗とはこのことを言うのだろう。
好みもあるかもしれないが、乙女ゲーム攻略者であるローリーやライボルトとは比べものにならないほどの美しさと色気である。
目の下に泣きぼくろがあることも要因だろうが、パッチリとした目元に通った鼻筋。
薄い唇が弧を綺麗な描いているのを見つつ、顔面に見惚れていた。
(こんなに綺麗な人っているのね)
彼は花をひとつとってマティルダの髪に飾りつけて遊んでいる。
不思議な行動は前々から見られたが、魔法の指導以外でこんな風にマティルダに触れてくることは一度もなかった。
マティルダは黙って言葉を待っていたが、ベンジャミンは何も答えない。
ここがどこなのかを問いかけようと口を開いた。
「ベンジャミン様、ここは……?」
「僕の家だよ」
「何故、花がこんなにたくさんあるのでしょうか?」
「マティルダが好きだって言っていたから集めてみた。嬉しい?」
「えっと……嬉しいですけど」
「そっか」
ベンジャミンと普通に話せているということがまず奇跡だが、どうやらマティルダとの何げない会話を覚えていて喜ばせようとしてくれたことのようだ。
はにかむように笑う顔が可愛くて再び見惚れていたが、今はそれどころではない。
マティルダがくすぐったいと感じて首を横に振るとヒラヒラと頭から花びらが舞った。
とりあえず、どこか懐かしく感じるログハウスのように茶色の木で作られた壁。
天井には垂れ下がった照明と木で作られた家具や棚。
シンプルだけれど温かみのある部屋は今は花だらけである。
「今日からここがマティルダの家だよ」
「はい……!?」
マティルダはベンジャミンの言葉に耳を疑った。
先程、ここはベンジャミンの家だと言っていたのにどういうことだろうか。
まだ自分は夢の中ではないかと考えていた時だった。
「僕と一緒にここで暮らそう」
「わ、わたくしとベンジャミン様がですか!?」
「そうだよ」
ベンジャミンは当然と言わんばかりに頷いた。
しかし、いくら考えたところでベンジャミンがマティルダの面倒を見るような発言をするかが理解できずにいた。
今まで先生と生徒のような関係だったはずだし、ベンジャミンからそういう雰囲気を感じたことは一度もなかった。
機嫌が良さそうに微笑んでいるベンジャミンに、マティルダは控えめに問いかける。
「どうしてでしょうか……?」
「マティルダは僕のだから」
「……っ!?」
「捨てるなら頂戴って言ったでしょう?だからマティルダは僕がもらった」
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