取れない車

津嶋朋靖

第1話 呪いの車

 炎天下の秋葉原。緑の制服に身を包んだ二人の女が、重たい機材を身に着け汗だくになり歩いていた。


 彼女達は駐車監視員。一部では「緑虫」と揶揄される職業だが、彼女達の仕事は交通安全を守るために欠かせないもの。

 とは言ったものの、実際にやっていることは、誰も乗っていない放置車両に、黄色い確認標章(この車が放置駐車違反をしている事を確認した事を運転者に告げる黄色い貼紙)を張り付けて、逃げるように去っていく事。


 まるで自分が悪い事をしているかのように……


 実際に悪いのは放置駐車をしていた運転者なのだが、こういうやからは自分がいかに迷惑な事をしていたか自覚がない。自覚がないから、監視員に恨みを向ける。そういう輩との無用なトラブルに避けるには、運転者とは極力接触しない方がいい。だから、標章を貼った監視員は逃げるように去っていくものだが、貼った直後に運転者が戻ってくることも少なくない。


 先ほどもこの二人、英子えいこ夢露美むろみが一台の車に標章を貼った直後も……


「ごめん。その車あたしの」


 と、ギャル風の女が車に戻ってきた。その女に対して英子は……


「もう作業終わりましたので」


 とだけ告げる。


 作業が終わったというのは、この車の駐車違反が確定した事を意味する。もう罰金を払うしかない。ギャルは二人に食ってかかった。


「ひどい! あたしトイレに行ってただけなのに」


 英子は冷静に答える。


「トイレでも、放置駐車は許されないのですよ」

「じゃあどうすればいいのよ?」

「駐車場に止めてから、トイレを探して下さい」

「トイレは緊急事態でしょ?」


 緊急事態と言われて対応に困った英子に代わり、先輩監視員の夢露美が対応する。


「トイレは緊急事態と認めらません」


 なお、通常のトイレ事情では認められないが、裁判で緊急事態と認められる可能性はある。

 ただしその場合、正常な状態で運転できないおそれのある状態で運転した事となり、道路交通法六十六条違反となりかねない。


「先輩すみません。ちゃんと対応できなくて」


 ギャルとの対応を何とか片づけ、次の放置駐車を探しに歩き始めてしばらくしてから英子は夢露美に詫びた。


「いいのよ。英子ちゃんはまだ二ヶ月前に資格取ったばかり。これから、私のやり方を見て覚えて下さいね」


 そんなやりとりをしながら歩いていると、蕎麦屋の前に駐車している黒塗りの高級車を見つけた。さっそく二人は確認作業を始める。


 運転席にも助手席にも人は乗っていなかった。だが、これで安心してはいけない。


 後部座席に人が乗っていれば、放置駐車にはならない。そのために後部座席を確認する必要があるが、この車の後部座席のガラスにはスモークがかかっていて中を見られない。


 こういう時、デジカメをガラスに押し当てれば中を見ることができるのだが……


「待って!」


 今にもガラスにデジカメを押し当てようとしていた英子の手が止まった。


「どうしたのです?」


 英子の質問に答えず、夢露美は統括に電話を掛け、車のナンバーを伝えた。しばらくして電話を切ると英子の方を向く。 


「作業中止よ」

「除外車だったのですか? でも、除外標章が見あたりませんけど」

「違う。あれは、取ってはいけない呪いの車よ」

「呪いの車?」

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